#11 廷禮議会
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『廷禮議会』
政圀騎士団第1局、廷内廷禮議会の間
「……以上が現時点での被害報告であります。」
薄暗い部屋の中心でスポットライトに当たる白色のトレンチコートを羽織った男が資料を片手に報告を上げる。
「ふぅーん、で? 犯人はわかってるの?」
薄暗い闇の中から聞こえる軽い声に、緊張しながらも白色のトレンチコートを羽織った男が回答する。
「はっ! 被疑者は第6局所属今田班班長今田 綾女清二郎三曹。現在第3局廷内の喫茶店にて、動向を観察中」
「騎士団の人間だと……? しかも第6局とはどういうことだね、天羽クン。即刻に武力を持って制圧し、アレを取り戻すのだ!!」
「そうだ!」
「あんな危険な物をは早くに排除すべきだったのだ!!」
「断罪しろ!」
「馬鹿なことを言うな! 貴様らは自らの領地じゃあ無いからそんな戯言を言えるのだ! どれだけの損害が出ると思ってる!」
「あ、お茶のお代わりちょーうだい。それと今回の事件と今田班全員の資料を」
「今回はSSレートだぞ! 構うことはない! 街ごと薙ぎ払ってしまえばいい」
「何を言うか! 児夫喰は騎士団にとって貴重な戦力であり、重要な研究材料になりうる。アレほどのコストを払って得た物をみすみす壊すというのかね?!」
「そもそもあんなものが壊れるのか?」
「だからあの時言ったのだ! 捕縛ではなく駆逐しろと!」
「そんな話はどうでもいい! それより我らに何かあったらどうしてくれる! 早急に第1局、2局の両局長で容疑者を追跡、駆逐しろ!!」
鳴り続ける罵倒と保身の声で埋め尽くされた会議室で1人、若い男が空を見つめる。
あーあー。面倒くさいなぁ、爺さん達はそんなに自分らの安全と領地が大事なのかねぇ。
下らないと思う会話程眠くなるものはない。そう言わんばかりに欠伸を惚けていると後ろから声を掛けられる。
「もう! まぁた、代表はー。ちゃんとして下さい、私達まで怒られるんですからね? はい、どうぞ」
膨れながら紅茶のお代わりを注ぐ女性は自身の直属の上司__天羽 雅楽に小さく小言を呟きながりながらそっと側を離れる。
雅楽は自分の部下に叱られて、やっと会議の方へ向き直る。
会議に出席して居る各国の代表達は自分の地位と名誉に拘り、誰が責任を取るかを熱心に話し合っていた。
そのうち数名が机を強く叩き、激しくなにかを訴えて居るが、その声や周りは眼中にない。雅楽の意識の中にあったのは机に伝わった衝撃で、注いでもらった紅茶のティーカップが段々とズレて床に落ちる様子だった。
音を立てて落ちた陶器は粉々に砕け中身の液体を周りにばら撒く。
その様子を観て周囲は先程までの騒がしさが嘘かの様に静まり返る。
正確には落ちたティーカップを見て、ではなく、天羽 雅楽を見て、だったが、そんな些細な違いは意も返さず1人の人間が席を立つ。
「………っかく…………折角さやかちゃんが作ってくれた紅茶が……紅茶がさぁ……」
危機を感じたさやかはブツブツ言う雅楽にそっと声をかける。
「だ、大丈夫だよ? お茶くらいまた入れるから、ね? それより怪我ない……?」
声色だけで伝わる慎重に、刺激しない様に、恐る恐るとした問いかけが裏目にでる。
「なに、女の子に気を遣わせてんだよぉ……あ?」
雅楽の怒気の篭った声色が小さく室内に漏れた途端に空気がカラリと乾燥する。彼の周りからは、身に纏う純白のコートよりも更に数倍白く輝く炎が沸々と溢れ出しはじめた。
「こんな場所で……! 代表ぉ! 失礼!」
白い炎を目にした1名の護衛が瞬時に飛び出し雅楽の背後へ、さやかの前に重なる形へ回り込む。
「悲撃の………!」
後退りしたさやかに止める術は無く、雅楽の近くに移動する護衛が雅楽に触れようとした瞬間に彼の体が白く発光する。
「ぎやぁぁぁぁぁぁああああああ! 暑い熱いあぁあつぅうぅぅいいいいぃぃぃぃぃいいい!」
護衛の全身に白い炎が燃え上がり、悶え転がり回る。
叫び声に包まれた室内に別の声が重なる。
「悲嘆に浸かれ……κωκυτός……!」
突如として室内にこだました声と共に護衛に纏わり付いた炎だけが綺麗に消え、雅楽の炎で上がっていた室温も徐々に下がって行く。
「帰って早々で悪いが、救護班、彼を頼んだ。」
その場に居た人間には目で追うこともできぬ速さで刀を携えた女性が1人、護衛の横に佇み自分の部下に指示をだす。
「はぁああぁぁ! たすかったよぉぉ!氷彩ぉ! もう怖かったんだからね? お帰り! タイミング神だよぉぉ!」
親しい同僚が目に写ったさやかは言うが早いか、大国の貴族を前にしていることなど忘れて、今し方颯爽と現れた女性の胸に飛び込む。
「ほおっつ……。さやか、一体何事?」
抱きつかれた氷彩は握っていた刀をそっと背中の鞘に納めながら状況の説明を同期に頼むが、その同期は小さくか細い唸り声を上げると氷彩の胸に顔を押し付けたままで容量が掴めない。
それもそのはずで、さやかは普段戦場などに出ることのない第1局局長秘書の任に就いて居る。目の前で同僚の1人が焼け爛れた姿を目にしたのだ、その精神的ショックと白い炎の熱気にやられて気が動転していた。
冷たく冷え、女性特有の甘い香りに包まれた氷彩の胸の中で今見た物を忘れていたかった。
騎士団員として情けない気持ちが伝わったのか氷彩はそっとさやかの頭を撫でてくれる。
「第5局、撫井 氷彩殿。彼を何とかしたまえ、君の上官だろ?」
いつのまにか自分に重なる冷たさは温もりに変わっていた。
「何とかしろ? どうせまた下らないことであの、馬鹿をキレさせたんですよね? 自分で何とかしてみては? ……はぁ……こっちは任務で汗かいちゃって、早くお風呂入りたいんですよね……」
面倒くさそうに喋る氷彩の身体はまた、先ほどの温もりを段々と消して冷えて行く。
「なにを言う! 立場と言うものがわかっていないのか! 貴様ら全員逆賊として……」
そう怒鳴り散らす貴族は、こちらを見据えながらさやかの頭を撫でた後、そっと同僚から離れ、音を立てて迫る氷彩に尻込みする。
「どうやら立場がわかっていないのはあなたのようですね、ヤクト卿。逆賊? はっ! あなた方の軍隊で私らを本気で止められるとお思いなのですか? 私達……局長クラスは一人一人があなた方の軍隊を1つ相手にしても余りある戦力を有しております。ここで1人以外全員殺して誰かしらをテロリストとし祭り上げ、制裁と称して国を潰した後に、あなたの家族を血祭りにあげることも容易い。かつてあなた方が私達を使い与国にしたように………」
怒気がこもったその声はさやかの息を白く染める。
「国潰しを成しえる権利と名声が騎士団にはある。私達はあなたの駒ではないのですよ。私の同僚と部下を虐めるのも程々にした方が良さそうですね? ヤクト卿」
氷彩が言葉を紡ぐに連れて周囲の温度が下がりヤクト卿と呼ばれた貴族の足元はみるみる凍りついて行く。
「図に乗るなよ小娘ぇ! 一介の兵隊ごときがッ! ……あっ」
ヤクトは自分の不満を氷彩にぶつけようと、口を開くと同時に微かに動く腕を後ろへ回す。だが最後まで不満を吐き出す前に自らの口を噤む。
氷彩の伸ばした刃先が冷たくヤクトの首筋に張り付いていたからだ。
刀から放たれた冷気とは別のヒヤリと冷えた汗がヤクト卿の背中を伝う。
「…………! クッソッッ……! 覚えておけよ……撫井ぃ!」
強く歯軋りをしながらヤクトはいつの間にか体の自由を奪っていた氷が無くなったことなど気にもとめず自らの席がある場所まで後退りする。
自分の間合いに何も無くなったにも関わらず氷彩は刀を降ろすこと無くヤクトに刃を向け続けるとヤクトと氷彩の間に氷塊が現れる。
氷塊がヤクトの上半身を丸々覆い隠す程になると氷彩は小さな声で「やれ」と何かに命令する。
「ひっ……! まっ……待ってく………れ……?」
氷が自分に飛んでくると思った恐怖で椅子に倒れこむヤクトは氷が明後日の方向に飛んでいくのを見て大きく安堵の溜息を吐く。
氷塊の向かう先には第1局局長天羽 雅楽が居た。
勢い良く雅楽に襲いかかる氷塊は彼の身に纏う炎の熱気によって大量の水へと変わり、雅楽の顔に飛び込む。
「温っ……って撫井ちゃん? お帰りー! てか、いつの間に……?!」
氷彩の存在に今まで気付いていなかった雅楽はびちょびちょに濡れながら氷彩の帰還に笑顔で対応する。
ご機嫌に氷彩に話しかける雅楽の周りからは既に白い炎は消えていた。
それを観て氷彩率いる第5局撫井班の面々が雅楽に掛けていた結界を解く。
「はあぁぁぁ! 疲れた! 」
「撫井局長! もっと早く天羽代表の火ぃ消して下さいよ! こっちはもう死に物狂いで必死だったんですからね?!」
「局長! 今日の昼飯局長持ちですから!」
「残業代弾んでくださいよー!」
次々に愚痴を吐きながら去っていく班員を適当にあしらい氷彩は自分の席に着く。
「さて、そろそろ何の集まりか教えてもらえない?」
氷彩は背もたれに体を預けて状況の説明を伺う。
「あぁ〜、なんかね、児夫喰取られちゃったみたい」
雅楽は先程頼んで置いた資料をパラパラとめくりながら苦笑いする。
「は……? ………はぁぁぁあ?! わ、わわ、私らがどんだけあいつに苦労したと思ってんだ! そ、それをそんな簡単に……!」
驚きを隠せず、目を見開き口をぱくぱくと小さく開閉を繰り返しながら固まる氷彩に、雅楽はもう一つ情報を付け加える。
「しかも、盗んだの身内の人間でしたぁ〜。ははは、うける」
雅楽は苦笑いをしながら先程受け取った資料を氷彩に渡す。
「うけるな! ……6局の所の今田か? なんでこいつが……」
氷彩は資料を受け取り、目を通すと意外な人物が載って居た。
正義感が強く、己の正義を貫かんとする為の努力を怠らない人間で、班員は勿論、多くの部下や同僚から厚い信頼を受けていた。
戦闘では秀でた才は無いものの得意の頭脳戦や観察力で班長として十分な実力を有していたと思う。その実績を買われて、厳格な第6局の班長を命じられた男だ。
そんな男が国を容易く捻り潰せる程の兵器を無断で持ち出すなど考えられなかった。
何かの間違えでは無いのか……? そう思いたい一心で資料を見返すが資料を読めば読む程に今田の有罪は明白になって行く。
渡された資料を何度も読み返す氷彩を見て1人の男が喋り出す。
「自体は早急。1局、2局、両局長に出撃してもらいたいが、1局は騎士団の頭だ。ここを動かれては指揮系統に乱れが出る。それに代表が出撃されるとなれば国1つが潰れかねん。2局は檻獄の守備で忙しいだろう。どうだね? 撫井 氷彩局長殿、逆賊、元第6局所属今田 綾女清二郎容疑者を捉えに行ってみては、先ほども言ったが、自体は早急。状況を理解し、出撃準備が既に整っている撫井班が出撃するのが先決にみえるが」
不敵な笑みを浮かべながらヤクトはさらさらと弁舌する。
悪意の隠す気がない辛辣な使命に氷彩は周りに聞こえるほど強く歯軋りをする。
「貴様……!」
立ち上がろうとする氷彩の動きは開かれる扉によって止められた。
「いやぁ〜。スンマセン。遅れまひひやぁ〜。」
長身の男が大きな欠伸をしながら、ゆっくりと円卓の間へと入ってくる。
「何をしていた! 遅いぞ! 2局二廷 弔寿植郎 局長」
始まってから随分と時が経ってから入って来た二廷に貴族達の矛先が向く。
「いや、いや、すいませんねぇ。二度寝してたらこんな時間まで」
反省した様子を見せる事なく平謝りをする二廷を尻目にヤクトは話を戻す。
「撫井 氷彩局長殿どうしたのかね? 早く出撃したまえ。いつ何時にでも児夫喰が使用されるかも解らぬぞ」
氷彩に対して言い放ったヤクト卿の嫌味は意外な所から反撃を食らう。
「撫井ちゃん? あぁ、行かなくていいよ。今うちの隊の中隊を哲人くんに指揮してもらって周囲を包囲してもらってるから。うちの副官が令状を取り次第即刻出発出来るよう代表から事前に命令があって、準備させてる。そもそも撫井ちゃん任務の帰りで疲れてるでしょ? それに会議に参加してるのもビックリだ! まぁ、おいちゃんは任務で汗をかいた女の子の匂いも好きだけどねぇ……」
そう言いながら近寄ってくる二廷を氷彩は鞘で押し返す。
「それセクハラですからね、二廷さん。……だ、そうだ、ヤクト卿。二廷局長も来られた事だし、私はもうここに居る理由は無くなってしまったので離席させて頂くよ。まだ任務の報告書も纏めなきゃいけないのでね」
氷彩は小馬鹿にした様にヤクトを一瞥し席を立つ。
「余計な事を……」
ヤクトの悔しがる表情を尻目に氷彩はさやかを連れて廷禮議会の間を後にする。
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氷彩が廷禮議会の間を離れてから数分。本来出席しているはずの面子がようやく揃い、二廷の迅速な部隊派遣も相まって先程までの口論が嘘の様に着々と会議は進行して行った。
「政圀騎士団第1局、第2局、両局長並びに廷禮議会議員一同により政圀騎士団第6局今田班所属班長今田 綾女清二郎3曹をSSレートとみなし生死の有無を問わず取り押さえ、またコレを妨害しようとする者も同罪とし、処分する命を出す」
貴族の1人が読み上げる文章をその場に居る全員が静かに聞くと文章が書かれた紙に指印を次々と押していく。
全員が押し終えたのを見届けてから第2局準局長エヴィエス・アロガンシアが紙を受け取る。
「それじゃあ、エヴィエスくん。タカスコポスへ出発だ、現場の指揮は頼んだよ。同期の捕縛だ。胸が苦しいだろうが相手はSSレート判定だ油断しないこと」
柔らかく、だが、強く釘を刺す二廷の忠告を聞いてか聞いてないのかエヴィエスはそっと頭を下げる。
「はっ! 了解であります! それでは、失礼します」
言うが早いかエヴィエスは頭を上げ廷禮議会を後にする。




