#10 協廨
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first memory 7
『協廨』
照りつける日差しがとても辛い。
この世界の現在の季節が春夏秋冬のどこかは分からないが、雲1つない青空と人混みに塗れ熱気が肌に纏わりつく。
暑い。熱過ぎる。暑いんじゃない。熱い。
混雑する街の中ではぐれない様に少し焦げた肌を必死に追う。
前回来た時は夕方だったから分からなかったけど、日中はこんなに賑やかなんて……想像もしてなかった。
道の端には店の看板の他にテントなどを広げた売店があちらこちらに乱立し、色々な場所から売り文句が聞こえる。
聞き慣れた日本語の他に、聞き慣れない言語もちらほらと聞こえてくるので、元の世界の市場とはまた、違った感覚だ。
元々は大きな道だった通りは行き交う人や売店のおかげで随分と狭く感じてしまう。
その通りを抜け、大きな広場に出ると褐色の肌がピタリと止まる。
隣まで来ると目の前にある大きな建物のおかげで自分達のいる場所に日陰を作りやっと少しはマシになる。
「着いたぞ。この建物だ」
こちらを据わった目で見つめる褐色の男__和馬は首だけで目の前の大きな建物を指す。
「協……廨……?」
建物を一目見てそれが何だか分かった。
先日この始まりの町に似た場所に来た時に見た、街のど真ん中に聳え立つ現代風の建物だ。
ラスゲの中では冒険者が復活したり、ギルドなどの事務的な手続きを行う場所で、全ての街に存在するわけではなく、大きな都市にあるのが特徴の定番の形をした建物。それが協廨だ。
「何だ知っていたのか。なら、話が早い。ここで技能資格と空庫を登録する」
聞き慣れない言葉に少したじろぐ。空庫……? どうやら、俺の知っている協廨とは違いそうだぞ?
とりあえず和馬に付き添う形で協廨の中に入る。
「ひっろぉ………」
中はデパートのホールの様になっていて1階から天井まで真ん中部分が吹き抜けになっていた。
そして驚くべきがその広さだ。駅ビルとどっこいどっとこい……いや、もしかしたらここの方が大きいんじゃないか?
1番嬉しいのは室内の温度だ。先ほどのまで暑苦しかった外とは違い完全に管理された空調で汗がすっと引く。
辺りを見回していると和馬に話しかけれる。
「夏比……知っている場所じゃなかったのか……? それに、あまりキョロキョロするな、変な目で見られてるぞ……」
「うっ……」
確かに行き交う人から見られてる気がする。隠れる様にして和馬の後ろに回る。
周りの冷たい目線に釣られたのか純白のトレンチコート姿の男が2人寄ってくる。顔立ちのいい男2人は、まるでヨーロッパの方の国の軍服を思わせる服装で、まさしく紳士と言った感じだろうか。そういやさっきの街でも何人か見かけたな。このクソ暑いのによく着てられる事で。この世界では流行ってんのかな……。
「どうされましたー? 何か、お困りですか」
え? 何ですか職務質問みたいな問いは。まるで俺が不審者みたいじゃないですか! ……いや、うん。はい。すみません。
「あぁ、いや、コイツの技能資格と空庫の登録だ。いままで田舎暮らしでろくに協廨に登録していなかったらしいなぁ、そうなんだよなぁあ?」
トレンチコートに説明する和馬は俺の肩を強く掴み、こちらに睨みを利かせる。怖すぎて頷くことしか出来ない。痛い痛い痛い! 痛いよ! 肩が折れるって! 案内してくれるって言ってるからもう離して? 和馬くーん!
□■□■
その後歩きながら和馬と男達で喋っていたと思うと急に立ち止まる。
「着きましたよ。先ずは技能資格を習得して頂きます。私が案内を」
振り返ったトレンチコートはそう言って左手を少し上げてジェスチャーで誘導する。
「夏比、俺は少し用が出来た。ここからは少しの間別行動だ。そいつらは一般人には良くしてくれる。頼ってやれ」
そう言うや否や、和馬はもう1人のトレンチコートを連れてそそくさと立ち去ってしまった。
和馬を見届けてから俺と残ったトレンチコートも「こちらです」とだけ言い移動を始めてしまったので仕方なく付いて行く。つーか怖いんだよ、このトレンチコート! 腰になんか刀見たいなのと拳銃差してるし……。後、育ちの良さそうなこの顔が個人的に気に食わない。
前を歩くトレンチコートをジロジロ見ていると急に振り返り爽やかに微笑みかけてくる。
「取って食う訳じゃあありません、そんなに緊張なさらないでください。政圀騎士団の名に賭けてあなた様をきちんと案内させて頂きます。」
くっ……! この気取らない優しさが無性に腹が立つ!!
それに。
「政圀騎士団ってなんだ」
ったく。わけわからんこと言いおってからに!
あっ……。また口から余計なことが……自分の口の緩さを後悔しながらそっとトレンチコートを見るとコレでもかと言う程驚いて居た。おい……その始めて蝗の佃煮を食べた時みたいな顔を辞めてくれ、ちょっと面白いから。
「騎士団をご存知ないのですか?! 7大陸の諸国並びにその傘下や連合国が加盟、支援している歴史上最大規模の大規模社会機構で、無限に存在すると言われている座標世界のほぼ全てに影響を与え、共通通貨、共通言語などの世界の基準を創り上げると共に秩序を守らんとする、言わばどの国にも肩入れすることない中立な治安維持組織なのですよ!」
うわ。わけわからん初めて聞く単語が大量に出てきた!
「うるてぃもそしえてりあ?」
「あぁ、失礼。ゴホン! 協廨が初めてなら、社会機構の説明からですね。社会機構とは、志を共にした者達が集い結成される組織や会社または連盟や同盟の総称です。協廨にて申請、設立、管理が可能で規模により、小規模、中規模、大規模の3段階の階級が存在する他、代表による傘下機能も存在します。傘下機能とは社会機構の代表が他の社会機構に加入する事で、加入した社会機構の名前やシンボルを使用することが可能になる機能です。傘下に入れた社会機構の方では合計の人員の実質的な10万人の突破や階級の上昇などを得ることができます! そしてですね……」
急に熱く語るトレンチコートの話を右から左へうけなながしながらラスゲの設定と照らし合わせる。
確かにラスゲにはギルド機能と言って似た様な制度が存在する。まずプレイヤーがギルドと呼ばれるグループを協廨で作り、それを運営出来るコミニティー機能で最大30人を募集することができる。あ、いや、ギルマス抜いたら29人か。
「ぎ……ギルドってのなら聞いたことありますよ?」
それを聞いたトレンチコートは口を止め、目を丸くする。
「君、どこから来たんですか? ギルドなんて200年以上も前の名称ですよ?」
マズイ! 俺のことを怪しみだしたぞ! さっきの和馬の反応を見るに俺は多分異世界人だとバレたら都合が悪くなりそうだから誤魔化さないと!
「その白いコートは今の流行りなんですか? 田舎出なもんで、最近の流行りちゅうもんが分からんとです」
俺の質問を耳にしたトレンチコートは目を輝かせながらまた解説し始める。
「よくぞ聞いてくれました! これは我ら騎士団の制服なのです! この純白は身の潔白と正義、平和の象徴となっていて、この制服を白く保たせるのがどれだけ大変か……!」
ただの爽やかボーイかと思ったけど、なんか意外と熱い男だぞ。コイツ。……いや、いや自分の組織のオタクなだけか……?
「そういえば、歴史上最大規模って、その政圀騎士団はどれくらいの規模感なんですか?」
「社会機構には傘下って機能があるんですよ。社会機構を運営してるしてる代表が他の社会機構へ所属することで、所属した社会機構の下部組織になれる機能です。政圀騎士団はその機能を使って大まかな役職ごとに6つに分かれております! 我々はそれを局と呼んでおります。そして局長を務める6人は必ずAレートを超える必要があり、その実力や信頼があって騎士団を纏めておられます。こうして総勢34万人以上の軍勢が各加盟国の政府、国軍と共にこの世界の安定を図っているのです! 騎士団は民間や国家の武力支援だけでなく、政治も……」
自慢気にトレンチコートが話して居るのを尻目に、この前、和馬に教えて貰ったレートを思い出しながら思考を整理する。
国軍を1つ丸々潰せる奴らが、最低でも6人は居るのか……。
確かにこれだけの武力を持っているなら、高圧的な国や反勢力でも加盟国には容易に手が出せなくなる。それに、これ程の部隊が国同士の間に入っているのであれば少なくとも表面上の戦争や武力等の偏りが緩和される。
数多くの小国や大国が加盟し、活動の援助をして居るのであれば、実際にカタログ通りの武力が無くとも、存在するだけで意義が生じる。よし! 敵には何があっても回さないようにしよう!
それとニィール以外にもレートでの序列は有効なのか。これも覚えておこう……。
「それに、夏比殿だって、特騎の方とお知り合いだなんて! すごいじゃないですか!」
トレンチコートの話し声で思考が止ま……ん? おい待て、トレンチ。なんで、おまっ……俺の名前知って……怖いよ。てか、とっきってなんなん。
不思議そうな顔をして居る俺を見てトレンチコートが語り出す。
「あぁ! そうか、騎士団がわからなければ特騎や特武の事もわからないですよね? 和馬殿が所属している特殊民間武装許可兵とは政圀騎士団に所属してこそいないものの、騎士団に何らかの形で協力することで騎士団から武装、市街地での戦闘許可と騎士団員と同等の権利を得た人達のことを指しているんです。その階級の最上位、特等騎士兵、通称特騎はSレート以上の特殊民間武装許可兵の事を指し局長クラスと同等の権利を得られます。Aレート以上で就任できる上等騎士兵は準局長と同等の権利を。Bレート以上で就任できる一等騎士兵は1曹と同等の権利をそれ以下のレートの者は二等騎士兵として一般騎士団員と同等の権利を与えられます。その中でも現在3人しかいない特騎の1人とお会いできるなんて……私、今日死ぬのかもしれません!」
こいつさっきから騎士団好きすぎるだろ! 熱量が凄い! 熱い! 熱い! オタクくんの早口怖いよ。冷房の温度下げてー! 今ここ、外より暑いよー!
「話していたら着きましたよ。ここが技能資格と、空庫の受付です!」
俺の念が通じたのか、いいタイミングで目的地に着く。ザ! 受付! これよ! これ! ファンタジー世界といったら、こ……ん? なんかただのサービスカウンターだぞ……。
いわゆる冒険者ギルドの受付をイメージしていた俺の期待は砕け散る。まぁ、確かにデパートの中にそんなもんないか……。
ぼーっと受付を眺めていると、受付で何やら話していたトレンチコートが書類の束を携えて戻ってきた。
「さ! 書くものは大量にありますよ!」
そして思い出す。俺は文字を書くのが心底嫌いだと。
「帰っていい?」
「ダメです」
そんな即答で爽やかに言わなくてもいいだろ! オタク! バカ! あほぉぉぉぉ!




