#9 初期武器配布
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『初期武器配布』
後片付けよし! 匂いよし! うーん……あ! そう、そう、これを忘れちゃあいけない。これと、これ!
そそくさと最低限の準備だけを済まして鉄臭い部屋を後にする。
□■□■
「ほら見てみろ、お前の相棒が来たぞ」
そう言われた俺は顔だけを和馬の視線の先、開け放たれた扉の方を向く。
「はぁあいっお待たせ」
そこには掌をひらひらと胸の前で軽く振りながらいつ見ても変わらない笑顔を振りまくロゼさんが、2つの小さなアタッシュケースを携えて立っていた。
「えぇぇ? ロゼさん? ロゼさんが相棒なの?! ……ごめんなさい。僕は女の人にしか興味ありません他の人を当たってくださいお願いしますこのとおりです」
ロゼさんの急な登場に驚きつつ、きちんと交際をお断りする。
「違う違う! 私じゃないわ。これよ、これ!」
ロゼさんはそう言いながら慌ててアタッシュケースを床に置くと、それを開く。
開けた中身を手に取りながらこちらに手渡してくれた。1丁の拳銃と……何だ? 手のひら大の木片? 何だかよくわからないものを手渡されて困惑する。
「銃と……何ですか? これ」
アタッシュケースの中身を見た瞬間に引きつった顔の和馬を尻目に、木片を指差しながらロゼさんに問いかけた。
「あぁ、これはね、フォールティングナイフって名前の刃物で〜持ち運びしやすいように持ち手の柄の部分に刃を収納できるようになってるの……ね?」
そう言いながらロゼさんは実際に刃を出したり閉まったりしてみせてくれる。今刃が出る時に若干、刃全体が歪んで見えた様な……。目の錯覚か……?
「し・か・も! 噐灰仕様でーす!」
そんな疑問を遮り、ロゼさんは乾いた音を立てながら拍手をする。噐灰? 噐灰ってさっき説明にあった噐を使った道具か。つい先程知った情報が出てきて自分の頭の中でガッツポーズを決めていると、今まで足を掴んでいた和馬が急に手を離した。和馬さん? 人の体はもっと親切に扱って?
和馬の手に支えられて宙ぶらりんになっていた下半身は、支えを無くしたことで重力に乗り自由落下する。
「ダァアッッ‼︎」
激しく打ちつけた腰への衝撃に奇声を発するも、誰も見向きもしてくれない。なんなら和馬なんて悶えてる俺を跨いでロゼさんの方へ向かって行っちゃうレベル。
「ロゼ、何を考えている……?」
少し怒気をこもらせた和馬の声がロゼさんを問いただす。
「そんな怖い顔しないで? なっちゃんに高レートの物なんて渡さないわ。今はたかがD-3よ?」
そういいながらロゼさんは、俺の手からフォールディングナイフを取り上げると和馬に渡す。
「ほら、呪寿も掛けてないでしょ?」
和馬は少しの間、ナイフを調べる様に触りその後、こちらへ投げ渡す。
ふわりと舞うナイフはゆっくりと円を描くように落ちてくる。
「っととと、セーフ…………で、ジュジュってなんですか?」
体を起こしナイフを拾おうとすると思っていたより手前に落ちて行く。それをなんとか前のめりで捉え、先程出た呪寿と呼ばれる単語の意味を聞く。人気の歌手かなんかかな? 多分次は西の方カナ?
「呪寿。呪うに寿と書いて呪寿。主に血死霧の影響からなる後遺症や怪我、病なんかの災いごとを指すのだけれど、近頃なんかは血死霧や噐灰の副作用やらそれらに仕込まれた罠なんかを言うそうよ」
ロゼさんが親切に教えてくれる。
呪寿。噐灰にはそんな危険性もあるのか。確かに、なんの犠牲やリスクを払わずに強い力を手に入れられる筈もない。
「夏比に噐灰なんて渡して何になる? まさかそこの銃も曰く付きじゃねぇだろうな?」
和馬は何か思うところがあるのか、明らかに先程から声色が怖い。あ、今の別に駄洒落じゃないぞ!
和馬の静かに強い言葉を突きつけられたロゼさんは苦笑いをしなががら和馬の頬を両手で掴み、四方八方に引っ張る。
「何よ〜。怖い顔しちゃって! ハンサムさんが台無しよ? それに何も企んじゃないわ、唯の気まぐれなサービス! それにこっちは普通のガバ系のハンドガンよ」
ロゼさんは喋りながら綺麗な手捌きで銃を弄った後に和馬に手渡す。
和馬に渡った拳銃はその鋭い目つきで睨まれることになる。あちゃぁー! 和馬くん怖いよ、それじゃあ拳銃さんもブルってジャムっちゃうじゃないの? あ、ロゼさんの口元もジャムみたいのついて……いや、ジャムってる……?!
しばらく銃と睨めっこしていた和馬が急に拳銃の上の……えーっと、そう、スライドを引く。
そのまま何も言わずロゼさんに銃口を向け発砲。
ロゼさんは2〜3メートルほどしか離れていない距離から放たれた弾丸をサラリと避ける。
「確かに、何もなさそうだな」
悪びれる様子のない和馬に、でしょ〜? と答えるロゼさんはこちらへ体を寄せる。え、なんで今の避けれて、怒らないの? この人達何もの……?
ロゼさんはしゃがみ込み、目線を合わせてくれる。
「で、なっちゃんには、耳寄りな情報! 和馬きゅんの話を聞いているとやっぱり、神様って奴と会ってみるしかなさそうね。同じ世界軸の座標世界への転送ならまだしも、別世界軸からの、所謂、異世界転移。そんな現象が起り、そちらの世界には特殊能力もないとすると、こちらの世界から呼ばれたってことになる。でも、もそんな芸当はこちらの世界とて神様位しかできそうもないもの。それに神様探すなんて、大層な旅よ? そ・こ・で、暫くはここに泊まって長旅に備える! どう? いいと思わない?」
近くで微笑むロゼさんは本当に綺麗な顔立ちをしている。メイクして、髪を長くさえすれば本当に女性に間違えそうだ。女性の様な匂もするが、少し鉄の匂いも混じっているのだけが残念だけど。あれだけの武器を商品として扱えるならほんのり鉄臭くなる位のメンテナンスが必要なのだろうか。
「ロゼさん、ここに何か付いてますよ?」
自分の口を指さしながら、先ほどから唇についた赤いジャムに気付く気配のないロゼさんに教えてあげる。
「本当? ケチャップかしら……うん! 美味しい!」
そう言いながらロゼさんは口元についた赤いそれを指で掬いペロリと舐めた。
「でーどうする? もう22時じゃ行く宛なんてないんじゃない? とりあえず、暖かいご飯でも食べて情報について話しましょう? 考えるのはそれからでもいいわ」
何か不思議な寒気を感じたものの、その何かは分からず、ロゼさんの言葉で思考は離れていった。
「え? 良いんですか? お邪魔しちゃって」
そう言いながらも気になるのはロゼさんの返事より、和馬の反応だった。
「…………。チッ。で? 幾らぶん取る気なんだよ」
和馬はいつの間にか付けていた時計を確認してから渋々OKサインを出す。
「もう、お金なんか取らないわよ! サービス! サービス!」
そう言うが早いか、ロゼさんは立ち上がり、準備しちゃうわね〜とだけ言い残して扉の向こうへ消えて行ってしまった。
「にしても、もう10時かぁ、早いもんだなぁ。」
天井を見上げながら呟く。
30畳程の何もない部屋の天井には、部屋の周りと中心から照明で照らされているだけだが、昼間の様に明るい。これでは、朝か夜かなどわからなくなるのも頷ける。
ふと上へ向けていた頭を元の位置に戻すと和馬が部屋から出ようと部屋の扉へ手をかけて居た。
「てか、何でそんなにロゼさんの好意を邪険に扱うんだよ」
和馬は握って居たドアノブをそっと離してこちらを振り返る。
「言っただろ? あいつには気を許すなと。あいつは……。あいつとは、あまり深く関わり過ぎると自身の身を滅ぼすぞ。これ以上は何も言えない、何も聞くな」
それだけ言って部屋から出て行く和馬の顔は先程見ていた照明の眩しい残像が残ってうまく表情を読み取れない。
1人残された部屋は、とても寂しくなる程、殺風景に静まり返った。
□■□■
1週間後。喫茶店一階。
朝はコーヒーとスクランブルエッグ、ベーコン、クロワッサン。これが最近の定番の朝食になっていた。
毎晩の夕飯はコース料理で、元の世界ならば数万円程はしたのであろうものが出てくる。本当にロゼさんは何者なんだろう、と思わされてばかりいた。
1人、頭を巡らせながらクロワッサンを咀嚼していると、早々に食べ終わっていた和馬が、カウンターで珈琲の仕込みをしているロゼさんに話しかける。
「確認だが、午後2時に第3局廷内前広場にある"カタスコポス"という喫茶店で良いんだな?」
和馬はロゼさんが仕込みをしているのとは別にある、俺らの朝食用に作ってくれていた珈琲のお代わりを自分のコップに注ぎながら、今日の一大イベントの予定を確認する。
「えぇ、間違いないわ。今田ちゃんに宜しくね? 」
ロゼさんは仕込みが終わったのか、別の作業の準備に取り掛かりながら和馬の話へ相槌を打つ。
この1週間は濃厚だった。毎日体力作りと神言の練習に明け暮れて、疲れていようが何だろうが強引にご飯を口にねじ込まれた。
おかげで筋肉も体力もだいぶ付いた気がする。
食後の珈琲も飲み干して、いつでも出発できる様にと準備をしていると和馬に話しかけられる。
「おい、夏比。最終調整だ。下で軽く手合わせしてから行くぞ」
それに頷くと、和馬はロゼさんから鍵を受け取り地下室への扉へと入っていく。
□■□■
喫茶店地下。
和馬を追って部屋へ入ると、初めて和馬と手合わせした場所よりももっと広い、体育館ほどもあるだだっ広い部屋へ行き着く。どうして地下にこんな施設あるんだよ。絶対なんらかの法律犯してるだろ。
「よし。武装、神言、なんでもありでこい」
数メートル離れた和馬に言われて、すぐさまロゼさんからもらったナイフを左手で展開し、右手に銃を構える。そうそう、ちゃんと言われた通りに弾倉確認と……チャンバーチェック……と。
銃のスライドを引いて1発目の弾をマガジンからチャンバーへ装填する。
「行くぞ! 和馬!」
「あぁ」
1週間前と同じで、和馬は腕をポケットにしまう。舐めやがって! 1週間前の俺とは段違いってとこ見せてやるよ。
和馬の右に大きく回り込む、全速力で! そして神言を心の中で詠唱する。
【命を喰うた泥の人形を引き摺り下ろし、這う故人を攫えば、瞬き、扉に手を掛け、弾き、置き去り、回避、転機、淀を沾へと導く架け橋を疾れ】
「電撃の7章より、【電波線】!」
【電波線】。電気で出来た通り道を作り、その通り道の始まりに触れたものを出口まで電気の速度で移動させる神言。所謂、高速移動だ。
これを使い、走る方向とは逆の方へ移動して和馬の視点を振る。
青く光る電気の線を和馬の左へ引く。
通り道ができた瞬間それに触れる。
これで和馬の左側に出……ない?!
【電波線】で移動した先、和馬の意表を突いたと思ったら和馬の足がこちらに向かって迫ってきていた。
すぐさま受け身を取り、和馬の蹴りを右手で弾く。
「夏比、いいことを教えてやる。お前の世界ではどうだかしらねぇが、この世界では意識は光よりも速い。わかるか? つまり光より遅い電気では俺を追い抜かせねぇ」
「んなっ……! じゃあ【電波線】意味ないじゃん!」
よろけそうになる身体を、バランス感覚と体幹でどうにか持ち堪えさせる。
「そんなことはない」
背後から、正面にいたはずの和馬の声が聞こえる。
振り向こうとした瞬間、背中に軽い衝撃が加わって、体制を立て直そうとしたばかりの体はバランス感覚を失ってよろける。
どういうことだ? 目は離していなかった。瞬きすら、していなかった。なのに背後に回られた……?
頭が混乱している中で、体を無理やり動かし、倒れる際の受け身を取ると、すぐさま銃口を声がした方向に向けるが、誰もいない。
「意識は光よりも速い。ならば意識と同じ速さで神言を使えばいい」
声がした方向を向くと初めと同じ位置に和馬がいる。
何が起こっているのかわからず言葉を失う。
「俺が今行ったのはお前がさっき使った【電波線】だ」
「は?」
おかしい。詠唱もしていない。俺のように事前に心の中で詠唱していたにしても、【電波線】の通り道であるあの青い線が全く見えなかった。
「意識は光よりも速い。ならば意識と同じ速さで謳を詠唱し、意識と同じ速さで線を引く。そうすれば青い線を引き終わる頃には体は移動している。俺が行ったのはただそれだけだ。そして、詠唱を口頭で詠唱しない技術を詠唱破棄と呼ぶ。まだ教えてなかったがその片鱗に触れているとは……もしや才能あるかもな」
「何それ光よりも速く心の中で詠唱してるってこと? 滑舌終わっちゃうってっ!」
和馬が説明している最中もこちとらお構い無しにナイフで切り掛かる。てか、え? まってしかも今褒められた? えへへ。
「心の中で詠唱していたのか。それができるってことはその神言を使いこなし始めているに等しい。いい兆候だな。だが、【電波線】は完全詠唱破棄が前提の神言だということを念頭に置いておけ」
突き出したナイフは綺麗によけられて腕を蹴り上げられそうになるのを拳銃を3発、発砲して牽制する。
「完全詠唱破棄?」
なんか上位互換見たいの出てきました! 何すかそれ。
「神言の一部又は謳の部分だけを省略するのが詠唱破棄だが、完全詠唱破棄は何も唱えずに神言を発動することだ。詠唱を省略している分、詠唱した場合よりも効力は落ちるが……まぁ、そこはいい」
やはり和馬には全ての攻撃を躱されてしまう。
「え? 神言って謳を詠唱してそこで初めて効果を発揮するんでしょ? 省略したら発動してくれないんじゃ……?」
和馬は俺の問いかけに少し考えてから答える。その隙に次の神言を心の中で詠唱する。次は連続だ!
【光る刃、弾くは鋒、交差する鉄は花を散らす】
「まぁ、あれだ。慣れだ」
【命を喰うた泥の人形を引き摺り下ろし、這う故人を攫えば、瞬き、扉に手を掛け、弾き、置き去り、回避、転機、淀を沾へと導く架け橋を疾れ】
「答えになってねぇよ! ついでに! 過撃の3章より、【飛火】」
肺に勢いよく空気を貯めて息を吹き出すと、口から火花が和馬の顔目掛けて勢いよく溢れ出す。
「電撃の7章より、【電波線】!」
和馬が襲いかかる火の手から逃げようと顔を逸らした瞬間に【電波線】で和馬の後方下部に高速移動する。
「セイ!」
これは決まった!
そう思った俺が甘かった。
完全に目潰しで奇襲をかけたと思ったら和馬の手で渾身の蹴りが防がれてしまった。
「終了だ」
え? 終了? 一撃も与えられてないで終わり? そんな馬鹿な……。
和馬にがっかりされたくないその一心で何か言い訳を考えるが、何も思い浮かばない。
「合格だ。俺に手を使わせた。ひとまずはこれで十分だろう……どうした? 浮かない顔して」
和馬の驚きの言葉に耳を疑った。
「いいのか? 俺、一撃も和馬に入れられてないけど」
そう返答した瞬間に和馬が大きなため息を吐いく。
「何言ってんだオメェ。一般人が俺に一撃でも与えてみろ。国が滅ぶぞ」
随分と大袈裟な和馬の例えに自然と笑みが溢れる。和馬もこんな冗談言えるんだな。
「何をニヤニヤしてんだ気持ち悪い。テストは終わりだ。早く出発するぞ」
今日は和馬さんデレデレですなぁ〜。怒られたくないから、そんな言葉を胸に仕舞い込みドン引きしている和馬に明るく返事を返した。




