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第44話 夢の終わり



「先輩……先輩……」


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」



 誰かが遠くで俺の名を呼んでいる。

 俺は、どうなってしまったんだっけ?


 瞼の向こうが光に照らされている。

 ようやく、それを開くだけの力が湧いてきて……目をゆっくりと開けた。


 そこには、俺の顔をのぞき込む美しい少女が二人……。

 天使……じゃないよな。

 ようやく焦点が合い、それが誰なのか気付く。里桜さんと、愛利奈だ。



「あっ……気がついて……?」



 二人の表情が安堵に緩む。

 俺は心の中で苦笑した。天使って——。

 


 ☆☆☆☆☆☆



 俺はどうやら、あのあとすぐにやってきた救急車によって病院に運ばれたらしい。

 赤城医師の応急手当や、そもそも救急車がすぐ来てくれたことにより、俺は命を拾えたらしい。


 青海も、すぐにやってきた警察により逮捕。

 事件は解決へと向かっている。



 もともと赤城医師は、意図しないうちに青海に操られていたようだ。

 スマホを遠隔操作され、メッセージなどを偽造されていた。

 悟さんの死は赤城医師が酔って海に突き落としたからだと。赤城医師にはそんな記憶は無いので無視しようとしたが、僅かな可能性を捨てきれず、あの日飲んだ後、悟さんと一緒に岸壁に向かったことを後悔する日々を過ごしたらしい。


 そんな弱みを生み出し、つけ込んで、青海は俺たち一家と里桜さんの殺害の罪を赤城に着せようとしていた。


 俺が赤城医師を呼び出した後、別の者から俺の家へ八時十五分頃に行くように指示があったらしい。

 だが、俺の指定したやや早い時刻に時刻に現れ、そこから青海の計画が狂い始めたのだ。



「いや、優生君を信じただけさ」



 彼は笑って言う。それが本当かどうかはさておき、彼の決断のおかげで相当有利に戦えたのは事実だ。


 そして、青海はずっと里桜さんをマークしていた。

 悟さんが、何か証拠を残していると確信めいたものを持っていて、その鍵を里桜さんに託したのだと考え彼女を探っていたらしい。

 しかし、何も見つからず苛立っていたところ、里桜さんに対して検査時の病巣の見落としが発生。

 そのまま手遅れになれば、彼の心配は減ったのだろう。


 だけど俺というイレギュラーが現れ、彼女を救った。青海は医療ミスや過去の悟さん殺害の発覚を恐れ、様々な手段を講じることになる。


 俺が港に向かうように仕向け何かヒントを見つけて帰ることを期待し、監視をする。

 愛利奈も里桜さんと同じミサンガをしていることに気づき、ミサンガに何かあると考えストーカーをけしかける——。


 全ての黒幕は青海だったのだ。



 ☆☆☆☆☆☆



 季節は流れ、雪の季節が終わり、温かさと共に春がやって来る。

 あの、夢にまで見た春が。

 美しく咲き誇る桜の季節が。


 茜色の夢は、あの誕生日以降見ていない。

 里桜さんの未来は変わったのだ。それも、きっと良い方向に。


 一旦つきあったものの、実質的に里桜さんとは、一旦別れたのだと俺は考えていた。

 口には出さないけど……里桜さんも同じだろう。


 それでもなお、あの一件の後、以前のように話ができるようになった。

 むしろ、互いの距離が近づいたような気さえする。


 敢えて、また付き合うとかどうこうという話はしていない。

 もしするのであれば……あの桜の咲き誇る公園で——夢を上書きしたい。



 もう、茜色の夢を辿るのは、終わりにしよう。



 ☆☆☆☆☆☆



 ずっと手に掴もうとして、上手く行かなくて。

 心が折れそうになったけど、どうしても見たいと思っていた風景が、思い焦がれた風景が目の前にあった。


 医大近くの公園で、里桜さんがニコニコして俺を見ている。

 里桜さんの向こうに広がる景色は、満開の桜が咲き乱れていた。


 春の陽差しは暖かく俺たちを照らしている。

 桜の花びらが舞って、俺たちを包んでいるようだ。


 真新しい高等部の制服を着ていて、とても顔色も良く健康的で、艶のある髪の毛が風になびいている。



「先輩、上高優生せ、ん、ぱ、い!」


「んー? 改まってどうした?」


「今日、医大で検査をしたのですが、ほぼ寛解したと南先生から言われましたっ!」


「寛解?」


「はい。完治に近い状態だそうです。

 今後も再発の可能性がゼロではないので、検査はあるのですが、もう安心していいみたいです!」


「おお、それは、それは本当によかった」



 俺の言葉で、里桜さんの口角が上がり笑顔がこぼれる。

 この言葉をどれほど待ち望んでいたか。そう思うと、俺の目頭が熱くなる。



「はい! 先輩にはいくら感謝してもしきれません。

 あの日、初めて会ったときから、病院に行って欲しいと促してくださって……先輩はいつも私のことを思って下さり、私を助けてくれました。

 本当に……本当に、ありがとうございました」



 里桜さんは弾ける笑顔で言って、大げさに頭を下げた。

 病気が早く見つかり治るだろうと言われていたとしても、不安に思うことはあったのだろう。


 ひとしきり喜ぶと、里桜さんは急に真剣な顔になり、頬をやや赤らめて俺の目をじっと見つめてきた。



「あの……先輩……私」



 急に声が少し低くなり、里桜さんは表情を引き締めた。

 いつのまにか、彼女の鼓動が聞こえそうなほど距離が近い。



「……——」



 俺が口を動かそうとするのを見て、彼女は黙り込む。

 でも、結局何も言えなかった。

 その代わり……。



「…………」



 俺はそっと里桜さんの背中に腕を回し、抱きよせ、ぎゅっと力を込める。

 里桜さんはそのまま俺に身体を預けて俺の胸の辺りに頬を寄せた。


 風が収まり、静寂が訪れる。

 周りには誰もいないようだ。


 互いにそれを感じて見つめ合うと、どちらともなくくすっと笑った。


 気がつくと、里桜さんは俺を見上げるように顔を向け目をつぶっている。

 俺は彼女に顔を近づけていき……そっと唇を重ねる。


 ざぁぁ。

 風の音に気付いて、互いに空を見上げた。

 抱き合ったまま、里桜さんは離れない。



「先輩、少しだけこうしていさせてください」


「うん。いくらでも!」



 俺の左手首には、彼女から貰ったミサンガがある。


 里桜さんは、感慨深げに青い空を見上げている。

 彼女の手首には俺がプレゼントしたミサンガだけが、ぶら下がっていた——。

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