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第40話 対峙


 真っ暗な部屋の中で、俺は膝を抱え泣いていた。


 約束と言った里桜さんは、力強い足取りで俺の部屋を出て行った。

 涙を流しながら。


 ああ、本当に情けない。

 もっと他にやりようはあったのだろう。

 でも、俺にはもうアレが精一杯だった。


 泣かせてしまった。

 あんなに優しくて、気遣いができる彼女を、俺の考えだけで泣かせてしまった。


 今までの最大の自己嫌悪だ。



「……お兄さま」



 ドアが開き、愛利奈が入ってくる。



「もう……電気も付けないで……」



 電灯がぱっとつき、部屋の中が明るくなった。

 愛利奈は隣に座り、俺に体重を預けてきた。

 腕を伸ばし、俺の肩に手を置いている。


 その温もりに癒やされて、次第に涙は乾いていった。



「俺、最低だよな」


「はい。里桜さまから聞いています。でも、きっと分かってくれますわ」



 前から時々、愛利奈に違和感を抱いていた。

 全てを知っているような不思議な愛利奈の言動の数々。

 多分、愛利奈は——。



「二つ、お願いしたいことがあるけど聞いてくれるか? 一つ目は、愛利奈の手首にあるミサンガを俺に貸してくれないか?」


「ああ、これですか。里桜さまのミサンガも持っているのですよね?」


「うん」



 じゃあ、と愛利奈はあっさりとミサンガを外し俺に渡してくれた。



「それともう一つ。明日の夜、母さんを家から連れ出して欲しい。理由は任せるけど、愛利奈も含め、この家に近づかないで欲しい」


「ど、どうしてそんなことを、わたくしに?」



 愛利奈は俺がこの願いをすることを知っている。

 戸惑って見せているけど、詳しい話を聞いてこないのが証拠だ。


 俺は沈黙で返した。


 多分、愛利奈は未来が見えている。

 恐らくは、俺の「茜色の夢」と似たようなものを見ている。


 初めは茜色ノートをこっそり読んでいるのだと思っていたけど、それでは説明できないことが起きている。


 夢の内容や見るタイミングは俺と異なるのかもしれない。

 それでも、話してもいない俺の思考と同じじゃないと、説明できないことがある。

 

 しばらくすると、愛利奈はふう、と息をついた。



「…………分かりましたわ。お兄さまも、必ず里桜さまの約束を守って下さいませ」


「分かった。必ず。いつも、ありがとな、愛利奈」

 

「うっ、うん……あとのことは、任せといてね……お兄ちゃ……お兄さま。」



 愛利奈は立ち上がり、俺の部屋を出て行った。

 最近、愛利奈は色々と忙しそうにしていて、話す機会が減っていた。

 きっと、その理由は俺の想像通りなのだろう。



 ☆☆☆☆☆☆



 俺はその日、少し早めに眠りについた。

 明日のため、そして……確認のためだ。



 ……茜色の夢は、見なかった。

 未来は、未確定だ。

 そして、俺の判断は少なくとも、大きく間違ってはいない。


 あとは……赤城医師との対決だけだ。


 俺はその日、普段通り学校に行った。

 里桜さんはいつも通り迎えに来たけど、愛利奈に対応を任せて俺は顔を合わせなかった。



「愛利奈ちゃん、おはよう……先輩は……?」


「里桜さま、おはようございます。お兄さまは後から行くって言っておりましたわ。先に行きましょう」


「う、うん……」


 玄関先から、里桜さんと愛利奈の声が聞こえる。

 里桜さんは少し元気が無さそうだ。


 もし、俺が倒れても、変わらず仲良く過ごしてくれるだろう。

 そのためにも、キチンと証拠を残さないといけない。


 その日、俺は普通に学校に行き過ごした。

 放課後になり、急いで家に戻る。


 母さんは、愛利奈が食事に連れ出してくれたそうだ。

 その後映画を見に行き、帰るのは深夜になるのだという。

 かなり無理があっただろうに、母さんを上手く説得してくれたようだ。


 撮影用のスマホの確認をし、問題が無いことを確認する。

 あとは、赤城医師がやってくるのを待つだけになっていた。


 俺は愛利奈経由で里桜さんから赤城医師のLINE連絡先を入手していた。

 それをつかって、赤城医師を、夜八時に呼び出した。



「話をしたいことがあります。下山悟さんのことと、ミサンガのことで。あなたの秘密を知っています。今日の八時に、俺、上高優生の家にいらして下さい」



 これだけで十分だろう。

 分からないことが多すぎるものの、赤城医師より優位な状況で問い詰めれば、ある程度分かるだろう。

 ミサンガのこと。悟さんの名前を出したのは、特に根拠は無い。カマをかけただけだ。だけど、ミサンガは元々悟さんが用意したものなので、何か関係がある可能性が高い。


 俺はリビングのソファに腰掛ける。

 本当なら、ここに里桜さんや愛利奈、母さんの手による料理が並んでいたはずだ。

 部屋の飾り付けも行われ、華やかになっていた。


 でも、今はいつもと変わらない。


 ……午後七時になった。

 俺は、ふと手に握っているミサンガに目をやった。


 二つのミサンガはどちらも同じような桜の木の模様が描かれている。

 同じように見えて、微妙に桜の花のデザインが異なっている。


 そういえば、里桜さんと愛利奈と、身に付けたミサンガを並べて撮った時があったっけ。


 俺はスマホを取りだし、あの時撮った写真を開く。


 ミサンガをつけた手首の向こうに見える笑顔。

 愛利奈、里桜さん、そして俺。

 あの頃は、今のこの状況なんて想像できなくて、全部解決したのだと思っていた。


 あれ?

 そういえば、あの時……?


『一瞬、並べられた二つのミサンガに何か別の模様が見えたような気がした』


 そう感じたのを思い出す。


 二つのミサンガを並べてみた。

 桜並木が描かれている。

 そのまま並べただけだと、何も感じないので、ちょっとずつずらしていく


 ん?

 何か、今一瞬、何かが見えたような。

 注意深くずらしていくと、ある位置で何か文字のようなものが見えた。

 アルファベットだ。上半分を里桜さんが持っていたミサンガ、下半分が愛利奈が持っていたミサンガだ。



「えっと……【Yukario0510】……?」



 ゆかりお0510?

 いや、違う。「由香」「里桜」「0510」……。

 赤城由香さん……俺が愛利奈と旅行先で出会った女性と里桜さん、二人の名前がある。


 これ、もしかしてパスワードじゃないのか?

 パスワードで思いつくのは、ただ一つ・謎の非公開動画の、サイトアカウントだ。

 俺はスマホを取りだし、動画サイトを開く。


 ログインを選択。次に、震える手で例のつぶやきサイトのアカウント名と、パスワードを入力する。



【ログインに成功しました】



 なんということだ。パスワードのヒントがこんな身近にあったとは。

 俺ははやる心を抑え、非公開の動画を再生する……。


 ピンポーン。


 インターフォンが鳴る。

 インターフォンディスプレイを見ると、そこには赤城医師がいた。

 

 おかしい。まだ、七時半だ。

 どうして……?



お読みいただき、本当にありがとうございます!


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