影の討伐と七罪獣
眼前を埋め尽くす大量の影。 そのどれもがルティナを模して作られている。揺らめいているだけで大した動きは無く、シルヴィア達に一考の余地を与えているようにも感じられた。
「タツヒコ……お前、ザングとの戦いでほとんど力を使い果たしてるだろ。回復しといてやる」
長谷川が能力を行使しタツヒコの体力と魔力を全回復させる。タツヒコは礼を言うと苦い顔をしながらルティナの影を一瞥する。
(ルティナ……こいつの力は未知数だ。おまけにこの大量の影。今の俺だとどこまで善戦出来るか……)
大剣を握り締め、力を増幅させるタツヒコだが、それに待ったを掛けたのがシルヴィアだ。 シルヴィアが前に出てタツヒコを手で制すとルティナに向け声を挙げた。
「ルティナ、戦う前に一つ良いかな? 何故君は超越者を目指している?」
そのシルヴィアの声にルティナは可笑しさと怒りが入り混じったかのような声音で返した。
「つくづく甘いねシルヴィア……。君自身も愚かだと君の問いも愚問に聞こえてくる。 全能の魔女と戦った君達なら解るだろう? さっきも言ったけど、この世界は末端も末端だ。 さらに言うとこの世界は上位存在から管理されている。 ここで言う上位存在は天使や神の事だ。 天界や神界に住まう天使達や神々からすれば箱庭のような世界に等しい」
熱が入ってきたのか自然とルティナの語気が強くなっていく。 さらにルティナは続ける。
「ボクは管理される事や束縛される事が何よりも嫌いでね。 だから自由を求めて超越するのさ。 超越して、次元の壁を超えてボクはその先へ行く! 超越の果てへ!!」
ルティナが言い終わると同時に無数の影達が一斉にシルヴィア達に襲い掛かってきた。シルヴィア達は即座に臨戦態勢になり各々の能力を行使した。
*
瞬く間に無数の影に囲まれたシルヴィアは流れるように猛撃を浴びせつつ的確に影達を相手取っていた。 既に無限の速度の中での戦闘へと至っていた。 影達の攻撃をいなしつつ、カウンター気味に切り裂く。が、影に実体などあるはず無くシルヴィアの攻撃は通り抜けた。 その事実にシルヴィアは歯噛みする。
(非実体原理の物理無効か! つくづく面倒くさい……!)
数千の思考と斬撃を同時にこなし、その中から最適なパターンを選び抜く。 そして空間操作を用い、影を空間ごと縫い付ける。
「いくら影といえど空間には干渉しているんだ。そこさえ突ければ問題ない」
さらに弄り、視界に映る全ての影を空間転移で異次元空間に放り込むが、突如顔面を殴り飛ばされた。 完全に認識外からの一撃と無防備だった為、一瞬思考が停止するが体勢を立て直しナイフを顕現させると無限速でそれを飛ばす。 空間操作も併用し絶対に命中するように仕向けるが───。
「甘いねぇ。こんなチャチなナイフで私達を殺そうと? 無駄無駄」
小馬鹿にするような高めの声がシルヴィアの耳を刺激する。 声の方向にシルヴィアが視線を移すと、茶髪のショートヘアーに猫耳が生えた少女と黒髪のセミロングに猫耳と尻尾が付いた少女が立っていた。 茶髪の少女は赤を基調としフリルが付いたヒップボーンスカートを履き、胸だけを布で覆った露出の多い服装をしている。 歯を見せて笑うと八重歯があるのが特徴だった。シルヴィアが投げた八本のナイフを投げ捨て、歯で挟んでいる二本を吐き捨てた。
対して黒髪の少女は黒を基調としたチュニックを着ており、膝丈のスカートを履いていた。 茶髪の少女とは正反対な性格なのか気怠げな表情で顔をしかめてシルヴィアを一瞥していた。
「はぁ……面倒くさい。 さっさと片付けるよ。 全く、なんでこの子と一緒のコンビなの……」
「つれないなぁ。 もっと元気出していこーよ。 私達『七罪獣』が相手になってあげるよお姉さん。 私は傲慢のカルドネア。 そっちの黒髪の子は怠惰のケレス。クスクス」
七罪獣。 その一角の二人が相手にシルヴィアの表情は決して良くはならなかった。 新たな難敵の登場に思わず顔を歪めた。
「さっさと片付けてルティナ様の所へ行くわよカルドネア……こんな面倒くさい事に時間掛けてられないし」
「はいはい。 全く、ケレスちゃんは面倒くさがりなんだから。 という事でお姉さん、死んで?」
カルドネアがシルヴィアに微笑むとその瞬間に『死』の気配が辺りを包んだ。 シルヴィアは直感的に空間操作を行使し、その場から避難する。 シルヴィアによって 歪められた空間がカルドネアの死の気配によって死に追いやられた。 歪められた事実を死に至らしめる事によって何も起きなかった事にしたのだ。
「あらら。 お姉さん残念だね。楽に死ねたのに」
「っ!!」
(あり得ない……。 『七罪獣』……恐らくはルティナの部下か何かだろう。 対峙しただけで分かった。 この子達は強い)
「骨が折れそうだ」
シルヴィアはそうボヤくと剣を顕現させカルドネアに向かって斬りかかった。カルドネアも好戦的な笑みを見せてそれに応戦した。 剣が交わるたびに地形が変わる。 クレーターがいくつも出来、衝撃波が雲を消し飛ばす。
「キャハハハ! そぉれ!」
斬り合いの最中、可愛らしい掛け声と共にシルヴィアの顔目掛けて突きが襲う。 死の力が作用しているソレは掠っただけで万物を死に至らしめる事が出来る。
「っっ……! はあああああ!!」
首を逸らして避け、無防備なカルドネアの左の横腹に斬りかかるがケレスがそれを防ぐ。
「カルドネア、ルティナ様と同じで貴女も遊び癖がある。 貴女の悪い癖よ。 確実に仕留めなさい」
それだけ言うとケレスは二人から距離を取って退屈そうに傍観し始めた。カルドネアは頬を膨らましながら文句を垂れた。
「ちぇっ。 別にちょっとくらい楽しんでも良いじゃん。 ホントに着いてきただけだねケレスちゃん……。はぁ、しょうがない」
その瞬間、カルドネアの雰囲気が一変した。死の気配が強くなり、死の力そのものを纏い始めた。シルヴィアは警戒し、カルドネアから距離を取るがその行為そのものが無意味と化した。カルドネアから離れる事が出来なかったのだ。
(……!? なっ、何が起きて……)
「残念お姉さん。今の私はとっても強いよ。お姉さんじゃ勝てないかもね。 今の私は死そのもの。 概念的な死も物理的な死も……死は万物の終着点。 故に私を殺す事は出来ない」
カルドネアが微笑を浮かべるとそれを直視したシルヴィアの全身から血が噴き出し、膝から崩れ落ち、しばらくしてから地面に全身を預けるようにして倒れる。
「が……あ……ぁ……?」
穴という穴から血を垂れ流すシルヴィアにカルドネアは柔和な笑みを浮かべシルヴィアの顔を撫でる。
「チャンスをあげる。 死の淵から這い上がっておいで。 このまま死んだらそれまでだし、死の淵から這い上がって来れたなら今度は全力で相手をしてあげる。 遊び心が無いとね」
カルドネアは立ち上がるとシルヴィアに見向きもせずに踵を返すとケレスの元へと戻って行った。
「終わったの? カルドネア」
「うん。こんなのがルティナ様の敵なのがびっくりだよ。 弱くて拍子抜け」
調子の良いカルドネアにケレスは軽く嘆息を吐く。
「何でも良いけど終わったならルティナ様の所へ行きましょう」
「はいはい。 全くケレスちゃんは。他に強そうな相手は居ないか探してくるね。 ケレスちゃんはルティナ様の所へ行ってて」
ケレスは首肯するとカルドネアの所から姿を消す。カルドネアは鼻歌を歌いながら腕を頭の後ろへ回して歩く。
「今回は期待出来そうに無いなぁ。 ルティナ様の目的は私達の目的でもあるけど、もうちょっと強い敵が来てくれないと張り合いが無いよ」
そうボヤくカルドネアは視界の前方から何かが飛んでくるのが見えた。 カルドネアがスッと腕を振るうと前方の物体が無理矢理方向を変えられたかのように方向を変化させる。 カルドネアは物体に掛かっている勢いを殺すとそれをマジマジと見た。 それは自分の仲間である七罪獣の一人だった。
「っ!? 嘘……色欲のミレナスちゃん!?」
服はボロボロになっており、ほぼ裸同然だった。 顔や身体にいくつかの外傷があるだけだったが気を失っている彼女の体調を考慮してそっと地面に置いた。その瞬間、カルドネアの耳に敵の声が響いた。
「よぉ……お前も『七罪獣』とかいう奴か?
その女……ミレナスも強かったし個人的に良い思いもさせてもらった。 それと、シルヴィアの仇は討たせてもらう」
「っ!?」
カルドネアが声がした方を向くと長谷川が立っていた。 長谷川に目立った外傷は無くほぼ無傷と言っても差し支えなかった。 カルドネアはそんな姿の長谷川が信じられず、思わず目を丸くする。
(嘘……私達は単体で下級の神や天使なら勝てるのに……それをほぼ無傷で? この男……)
カルドネアは長谷川に強い警戒感を抱くと強く睨む。 長谷川はカルドネアの後ろの方に倒れているシルヴィアを一瞥し、激情を露わにする。
「シルヴィアをやったお前を許さん。 シルヴィアは俺を救ってくれたんだ」
長谷川はそう言って倒れているシルヴィアの可能性に干渉して流れを操る。 運命と因果律を捻じ曲げ、シルヴィアの死という可能性を否定する。 一応の応急処置を能力で行い、まずはカルドネアの討伐を優先する事にした。カルドネアも自分の仲間を倒された怒りで長谷川を倒す事に専念する事にした。
長谷川は片手剣を顕現させるとカルドネアに斬り掛かる。 カルドネアもそれに応じ、激しい打ち合いに発展する事となった。




