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休暇の過ごし方

アイラは自室で読書をしていた。 戦いばかりしてきた身としては休む事も仕事のうちという考えで効率の良い休み方というのも心得ていた。


「ふぅ……一体これからどうなるんだろう。皆の足を引っ張らないようにしていきたいけどなぁ」


軽く溜息を吐き、多少の焦燥感と不安がよぎるがすぐに振り払うと大きく伸びをした。


「んん〜……はぁ。 氷雨さんか。 あの人みたいに私もなってみたいな。 万人を守れる力であると同時に万人を傷付ける力か。シルヴィアさんも柔軟な戦い方が出来てるし、タツヒコさんもちょっと強引だけどちゃんと自分の戦いが出来てる……長谷川さん、あの人に至っては凄まじい数の能力で多彩な戦い方が可能だから、対能力者用の実戦ならあの人が最適だけど……あの性格でどうやったらあそこまで強くなれるんだろう」


アイラは首を傾げながら難しそうに唸る。 自分以外のメンバーの戦闘を思い返しながら反芻する。 各々の理想の戦い方を見出しており、それをしっかり戦闘で活かしきれてるのは素直に尊敬出来た。 日々戦場で強くなれるメンバーに多少の対抗心と自分自身への苛立ちを自覚する。


(私は……私の戦い方が出来てるだろうか。私の理想の戦い方って? まだ自分の戦い方って言うのを私は確立出来てないのかも知れない。能力が未熟なのがその証拠だ……)


アイラは至らなさを感じる。 少しだけ自分の戦闘に対しての不安が頭を掠めた。 しかし不安を取り払い、頬を二回叩くと気持ちを入れ替える。


「ダメだダメだ。 気持ちで負けてちゃ勝負でも負けちゃう。 強くなくちゃ……気持ちでも戦いでも」


自らを鼓舞し奮い立たせる。 そして余計な雑念を取り払うかのように思考に耽った。






「はっ! ふっ!」


魔王城の一角に存在する闘技場で凄まじい連撃を繰り出すタツヒコ。相手をするのは模擬訓練用の木偶人形。 しかしただの木偶人形では無い。戦った相手の戦闘を再現出来る戦闘用木偶人形という何ともハイスペックな人形だった。 それをシルヴィアに無理を言って借りてきたのだ。戦いの最中でもタツヒコの戦闘を吸収し、それを再現し始める。


「くっ! うおおおお!!!」


即座に時間停止と時間加速を展開させ周囲を遅くさせ自身は加速する。 しかし木偶人形も同時に発動させる。 停止した世界でも動けるのはやはり能力の賜物と言えるだろう。肉弾戦に発展したがどちらも互角。 体力が先に底をついたのはタツヒコだった。


「しまっ!?」


足を崩されバランスを崩し、その拍子に能力が解除され視認を許さない速度で攻撃がタツヒコの顔面に叩き込まれた。 声を挙げる事さえ許されずに背後に位置する壁に粉塵を巻き上げながら激突し、あまりの衝撃に闘技場全体が揺れる。


「ぐっ……がっ、はぁっ……っ!!」


血反吐を吐きながら何とか壁から抜けるも四つん這いになってしまい体力的に限界が見えるタツヒコ。 吐血を繰り返しながらもまだその目は輝きを失ってはいなかった。


「はぁ……はぁっ、まだ……まだ、俺も強くなるんだ……」


立ち上がる意思はあるが身体はついてこなかった。 木偶人形は戦闘不能と見なしたのかその場で動きを停止していた。 かなりの時間を要し立ち上がるが木偶人形は動こうとはしなかった。


「もう充分だよタツヒコ君」


その声と共に上空から降り注ぐ無数のナイフが木偶人形を串刺しにすると同時に爆発が起きた。 その技に見覚えがあるタツヒコは満身創痍ながらも振り返ると案の定シルヴィアがそこには居た。


「はぁ……はぁ……っ、何の用だよシルヴィア」


止められた事にイラついたのかタツヒコが不機嫌そうに言い放つ。 シルヴィアは少し悲哀が見え隠れする表情でタツヒコに回復魔法を掛けた上でもう一度優しくタツヒコに語りかけた。


「強く在ろうとするその心意気だけで充分って言ったの。 今のタツヒコ君は自分を顧みずがむしゃらに強さを求めてる……。 そんなのじゃ本当の強さは手に入れられない。 たった一人でこの魔王城まで乗り込んできて私と戦ったあのタツヒコ君はどこに行ったの?」



「強さを履き違えてる……とでも言いたいのか? 確かにそうかもな。 けど、俺は……お前らとは違うんだよ。 お前や氷雨のような判断力や膂力は無いしアイラのように何処までも貪欲になれる訳でも長谷川さんのように多彩な能力と応用力も無い。 あるとしたら、人間としての壁とそれにへばりつく俺のちっぽけなプライドだけだ」


そのタツヒコの言葉にシルヴィアは分かりやすいほどに表情を歪めた。 タツヒコはそれを一瞥するがさして表情は変わらなかった。


「タツヒコ君は私達に嫉妬してるんだね。 正確には私達の持つ力……に」


タツヒコの眉が僅かに吊り上がり、微かに息が漏れる。


「そう思ってくれて構わない。 俺は誰かに守られる事で感じる己の無力さにはもううんざりしてるんだよ……。 たまには誰でも良いから守ってみたいんだ」


「タツヒコ君……」


タツヒコの本音が垣間見え、なんて声を掛ければ良いのか分からずたじろぐシルヴィア。

そんなシルヴィアを尻目にタツヒコは続ける。


「シルヴィア。 かつてお前に戦いを挑んだのは、無限に沸き続ける魔物に対して疲弊しきっていた国民達……しいては世界の事を想って立ち上がった結果だった……。けど俺は負けたんだ。 負けたら何も意味無いだろう。 自分自身の行いが否定されてるようで怖いんだよ……俺は。 臆病だから力を付けたい」


ポツリと語った過去とタツヒコの思い。 それに付随する恐怖という感情が今のタツヒコを形成していったと言っても過言では無かった。


(臆病だから力を付けたいか。 人間の心理を表してるね。 これが……今のタツヒコ君の焦燥感の正体)


シルヴィアはタツヒコを自身の胸に抱き寄せる。


「なっ!?」


突然の出来事にタツヒコは言葉を失い、そのせいで全身をシルヴィアに預ける結果になってしまう。


「そんなに焦らなくても大丈夫。 焦っても気持ちだけが先行するだけだよ。 そしてそれがまた自身を急かす結果になる悪循環にしかならない。 だから、焦らないで。 私は……私達はいくらでも待つから。 自分のペースで頑張れば良い。人を羨む気持ちも分かるけど私達は他人にはなり得ない……自分という個性があるから。 焦らなくても必ず力は付くから」


優しく語り掛けるシルヴィア。 それにタツヒコは内心は大きく揺れ動いた。 タツヒコはシルヴィアの身体を優しく引き剥がすとシルヴィアの目をまっすぐ見つめると吐息する。


「ああ……俺も気持ちばかりが先走ってたみたいだ。 お前に気付かされるとはな。 ありがとう」


「ふふ、これくらい訳無いよ。 仲間が迷ってるのに放っておけないからね。 人は悩みが多いし」


シルヴィアが笑顔を向ける。 タツヒコも多少安心したのかその顔に笑みが出ていた。


「そうだな……。俺も思いつめ過ぎてた。かなり気持ちが楽になれた。 これからは着実に一歩ずつ強くなっていくから……必ず追いついてやるさ」


タツヒコが拳を差し出す。 それにシルヴィアは首肯し微笑むとタツヒコの拳に自身の拳を軽くぶつける。


「待ってるよ。 人間の限界を超えるのを」


「ああ……」


そう言ってタツヒコは踵を返し、闘技場を後にする。 ふと出入り口の壁にもたれかかって腕を組んでいる氷雨が目に入った。 氷雨は腕を組んで目を閉じていたがタツヒコが通り過ぎるのを狙っていたのかのように口を開いた。


「お熱い事で羨ましいわね? 側から見たら告白以外の何物でも無いわよ?」


「うるせー……ちょっと自分でもドキドキしてんだよ。 っていうかいつからいたんだ?」


「最初からよ。 ま、多少なりともあんたには期待してるんだから頑張りなさいよ?」


その言葉にタツヒコは首肯すると歩いていく。 タツヒコの姿が見えなくなると氷雨はフッと口元を緩めると小馬鹿にしたような言葉を吐いた。


「先走り男。 色んなもんに先走ってんじゃ無いわよ」


その呟きはタツヒコに届く事無く虚空に霧散した。そして氷雨も闘技場を後にした。





長谷川は自室で一人寂しく酒を飲んでいた。

グラスに酒を注ぎ飲む。


「ああっ〜……五臓六腑に染み渡るぜ」


そう叫ぶも虚しく掻き消えていく。 静寂に包まれるが気を取り直して飲む。


「ゲェッ……と。 ふぅ、しかしこれからどうなるのかね。 はぁ……不安でしょうがないが人生はこんなもんなんだろうな……」


ボヤいて酒を搔っ食らう。 不安を押し潰すように。


(いくら能力に開花したとは言え、まだまだ俺も納得のいく使い方には至ってねぇ。 氷雨曰く俺が一番強いと言っていたがそうは思えねぇな)


長谷川も長谷川でまた悩みを抱えていたのだ。嘆息を吐くと後頭部を乱雑に掻き、また酒を煽った。


「ちょっと俺も頑張って見ますか。 アイラやタツヒコ、氷雨に人生の先輩としてのお手本を見せてやりてーしな……」


そう言って長谷川は立ち上がり、フラつく足で自室を後にした。

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