無敗の戦姫
存在する全ての世界そのものを氷で覆い尽くした氷雨の世界改変。 そしてその中で行われるは超越した存在同士の戦闘だった。 時間を超越した速度で行われる戦闘の応酬。 当たり前のように行われるそれに付いてくる怠惰神イルザーク。 氷雨の攻撃を受けつつも全身に纏う闇そのものに大した変化は無い。
「くはは! 人間風情がここまでやるとは。 だが我の身体に傷を付けるのは容易では無いぞ!!」
赤目を成す光を滾らせ、嬉しそうに氷雨に猛撃を喰らわせていく。 反応する時間も、躱す時間すら与えない攻撃。 氷雨はその攻撃を認識する前に躱す。 氷雨の中に存在する適応因子がそうさせたのだ。 目の前に対峙するイルザークに氷雨は思考していた。
(思ったよりやるわね。 流石は神なだけある。 あまり手の内は晒したく無いんだけど、どうせ見られた所で変わる訳でも無いわね)
思考をしながらもイルザークの攻撃を捌き切るのは流石と言った所だろう。 今の時点で互いに致命的となる一撃は入っていないどころか無傷と言っても良かった。 氷雨はイルザークに認識を超える攻撃を放つがイルザークの纏う闇に吸収されてしまう。
「"黒炎華"」
黒炎で形成された炎剣を顕現させた氷雨はそれを振るう。 放たれるは無数の黒炎の炎弾
。しかし時間を超越して行動出来るイルザークにそれらが当たるはずも無い。 不意に襲い掛かる強い衝撃に氷雨は顔を歪める。 視線を落とすと脇腹が抉れていた。 続けざまに全身に衝撃が襲う。 荒れ狂う程の激痛の波に揉まれながら氷雨は笑っていた。 それに気付いたイルザークは訝しげな目で氷雨を見やる。
「ついに気でも狂ったか? 小娘」
そんなイルザークの発言に氷雨は口元を歪めて否定した。
「まさか。 私は正常そのものよ。 戦闘の際に生じる痛み……それを味わってたのよ。 やっぱ強者とのバトルは楽しいわね! 行くわよイルザーク…… "氷の方" の私の本気の一部を見せてあげる」
イルザークの全ての攻撃を弾き返すと幾重にも連なった氷の世界にイルザークを閉じ込める世界改変原理の結界を展開する。 それだけに留まらない、氷雨は高揚感を感じながら次の一手を打った。
「 "概念凍結" 。 不変と化した概念世界の中であんたはどうやって抵抗するのかしらね?」
氷雨は世界そのものを構成する全ての概念を凍結させ固定したのだ。 改変や操作すらも不可能となった不変の世界。 そう言った概念ですら凍結している為である。 その世界を作り出した氷雨は周りを見渡す。 やはり、動いているのは氷雨ただ一人だけだった。
全てが止まった世界。 未だ動き出そうとする気配すら見せないイルザークに氷雨は少し落胆したような表情を見せると凍結していた世界が動き出した。 途端にイルザークが氷の世界を穿ち、氷雨に攻撃を浴びせる。
「っと。 危ないじゃない」
「本気の一部を見せてくれるんじゃ無かったのか? 小娘」
危なげなく躱した氷雨にイルザークは嬉々と
した表情で氷雨に問い掛ける。 氷雨はそれに一瞬不機嫌になったがきっちりとイルザークに一撃を浴びせる。
(概念そのものを根底から不変にしたから認識出来てるはずも無いか。 ちょっと本気を出し過ぎたわね)
「本気はこれから出してあげるわよ。 "零絶の炎"」
見た目の性質とは逆の炎、零絶の炎を展開してイルザークに当てるが纏っている闇がそれらを無効化する。
(ちっ、あの纏ってる闇が厄介ね。 恐らくあの闇は変化させる力を無効化する性質が備わってるはず。 その原理を……変化させる力を伴った攻撃は全てにおいて無力化される)
事実、氷雨が行なったほぼ全ての攻撃はイルザークに効いている素振りすら見せていない。 この想像を超えてくる敵に氷雨は無意識に笑っていた。
「ふふふ……あははははは! これでこそ勝負というものよ! もっと見せなさい! イルザーク! さぁ、第二ラウンドよ!」
拒絶の炎を纏い、さらにイルザークからの拒絶の炎に対する認識を拒絶した氷雨はイルザークに必中の攻撃を当てる。
「っ!?」
ダメージがあったらしくイルザークに動揺が走る。 因果律を拒絶した攻撃ならダメージを与えれる……それは一種の賭けであったが氷雨の中には通用するという確信があった。
(ビンゴ……! と言いたいところだけど、あの闇の衣ほとんどの攻撃を無力化するからどうなるかと思ったけど……)
氷雨は未だ攻撃する素振りを見せないイルザークに警戒心を抱きつつも迎撃出来るように拒絶の炎で自身を内包しながら構える。 イルザークは静かに氷雨を横目で見ると呟いた。
「小娘。 我に攻撃を当てれた存在は貴様で二人目。 闇の衣は我ら『七罪神』共通のものだ。 ただの人間風情でここまでやれる貴様のような存在は他にいないだろう」
イルザークの纏う闇の衣が膨れ上がっていく。 限界まで膨れ上がった闇の衣は破裂して、元の大きさに戻ってしまった。 これはイルザークも予想外だったのだろう。驚愕の表情が浮かんでいる。
「何故だ。 何故闇の衣が世界を覆い尽くさん……? まさか、まだ封印が解けて……」
「正解よ。 私はあんたの封印を解いた訳じゃ無い。 シルヴィアの深層意識から精神と力の一部を表に出しただけ。 それに肉体のベースはシルヴィアに依存してるから力の本領も発揮できない。 流石にここまでやれるのは予想外だったけど……そろそろ終わらせてもらうわ。 "過負荷"」
氷雨が力を解放する。 氷雨の過負荷という技は全ての概念や事象にマイナスの効果を付与出来ると言った規格外な技であり、拒絶の炎と並ぶ切り札の一つでもある。 範囲は温度が氷点下を下回っている空間限定だが、今は全ての世界が氷点下を下回っている為、効果範囲は世界全域に及ぶ。
「怠惰神イルザーク……かなり楽しめたわ。私にここまで力を使わせた存在はそう居ない。 そろそろ眠りにつきなさい。 そしてシルヴィアの力の糧となるのよ」
氷雨の纏う空気が一変する。 イルザークも決死の反撃に出るが、概念凍結による不変化により行動そのものが不可能に陥る。 そして氷雨の拒絶の炎がイルザークの身体を貫いた。 イルザークの身体を形成していた闇が不安定になり、徐々に消滅していく。
「ぐっ……おおおおお!!! 小娘ぇ! 貴様、次はこうは行かぬぞ! 我ら『七罪神』全員を敵に回したと思え! 我らの封印が完全に解かれし時、貴様は我が喰らってやる!」
それだけを言い放つとイルザークを形成していた闇そのものがシルヴィアの身体に吸収されていき元のシルヴィアに戻って行った。 シルヴィアは意識を取り戻すとゆっくりと目を開いて氷雨を見るなり表情を曇らせた。
「氷雨……」
恐らく今までの出来事をイルザークの意識を通して見ていたのだろう。 何か言いたげに眉を下げるが、氷雨は疲れの隠せない笑みを浮かべてただ静かにシルヴィアの頭に手を乗せた。
「大丈夫よ……あんたが心配する事じゃない。 ただ、きっかけは与えたんだから奴等を屈服させてちゃんと力を使いこなしなさいよ。 本来の『七罪神』の力はあんなものじゃない。 奴等を屈服させる事が力を使える条件になるわ。 あとはあんた次第よ」
そう言って立ち上がるとシルヴィアをメイル達の元へ送り、過負荷と無限氷獄を解いた。 ガラスの割れるような音と共に世界が元通りに直っていく。 そしてかなりの大技を使った反動か氷雨の身体が崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……っ、無茶し過ぎた。
やっぱこういう大技は使うもんじゃ無いわね」
そう言いつつ氷雨は拒絶の炎で疲労を拒絶して自身の体調を快調にさせた。 そして何事も無かったかのように立ち上がるとアイラに目を付けた。
「アイラ、次はあんたよ。 来なさい」
氷雨の指名にアイラは小柄な体躯をさらに小さくさせて申し訳無さそうに氷雨の前に立つ。
「氷雨さん……大丈夫何ですか?」
「何に対しての大丈夫よ? 体調なら問題無いわ。 あんた達に力を晒したとかの方面でも大したもんでも無いから構わないわ。 だから安心して全力で来なさい」
胸を叩いて胸を張る氷雨。 強調された氷雨の胸が振動に合わせて揺れる。 アイラは自分の胸に手を当てて強く握りしめると覚悟を決めたかのように目つきを鋭くさせた。
「アイラ・シルエート……全身全霊で氷雨さんを倒しに行きます。 この前のリベンジも兼ねて」
そのアイラの言葉に氷雨は思い出したように口元を緩める。
「あぁ……そう言えばあんたと一回やり合ったわねアイラ。 がっかりさせないで欲しいわね。 期待してるわよ?」
「言われなくても。 行きます!」
互いに膨大な殺気を放出し、一呼吸置いてから無限速でぶつかった。




