聖サラスメント学園祭
今、聖サラスメント学園ではたくさんの人でごった返している。 理由は簡単、何故なら……
「さぁさぁさぁ!! 今日から聖サラスメント学園の伝統行事……聖サラスメント学園祭の始まりだああ! 盛大に楽しんで行こうぜ!」
そう。 聖サラスメント学園及びツァイン都市全土を挙げて最大規模の学園祭が行われているからである。 普段は生徒しか入れない聖サラスメント学園もこの学園祭の時だけは一般人にも開放されるとの事。
聖サラスメント学園の生徒達も出し物などに精を出しており様々なものがあった。 中でも一番の人気は一年生の教室で行われているメイド喫茶だった。 一年生の女子生徒だけで構成されたメイド喫茶は大反響を呼び、常に行列が出来ている程だ。
一年生であるアイラも当然メイド服に身を包み、客の案内役をしていた。 白を基調とし、黒の刺繍が施されたメイド服はスカートが短め、さらに猫耳カチューシャと言った人の煩悩を突く殺人的な可憐も相まってアイラ目的の人も多かった。
「い、いらっしゃいませ……御主人様……にゃん」
顔を真っ赤に染めながら押し寄せてくる羞恥心をもはね退け、猫の手を頭に持っていき首を少し傾げる動作をするアイラ。 その姿に恥ずかしさのあまり、そそくさと店内に入っていく者、思考停止する者、鼻血を出す者と反応は三者三様であった。
不意にシャッター音が鳴り響きアイラが撮られる。 アイラが音の出所を探ろうと視線を下の方に持っていくと案外簡単に犯人が見つかった。
「は……長谷川さん!? ど、何処から撮って……!? きゃあっ!」
「良いなぁ……アイラ。 その表情、身体つき、オマケにメイド服に猫耳カチューシャときたもんだ。 撮らずにいられないだろ?」
長谷川が興奮しながら恐ろしい速度でシャッターを切っていく。 ローアングルで展開されるソレは長谷川から見れば至高の眺めだろう。 対するアイラは顔を極限まで赤らめてスカートの中を撮られまいと必死にスカートを押さえる。 そうして自然に前傾姿勢になっていくので、さらに長谷川をそそらせた。
「俺の失われた青春時代はここにあったんだな……アイラがふっ!?」
顔を赤らめたアイラのアッパーが綺麗に決まり、カメラと共に長谷川の顔面が跳ね上がる。
「ああ……俺のカメラっ!!」
長谷川が手を伸ばすも届かず、アイラに思い切り踏み砕かれてしまう。
「長谷川さん……仮にも教師ですよね? 私にそんな事をしてタダで済むとでも思ってるんですか?」
身体を震わせながらアイラが涙目混じりに長谷川に訴える。 長谷川はそれに心臓を打たれるが歳の差を考えて欲しい。
「わ、悪かったアイラ……年甲斐もなくはしゃいでたんだ。 それで、つい」
長谷川がアイラに土下座をする。それを見たアイラも目を点にして長谷川に駆け寄る。
「わっ、わっ……こんなところで土下座なんてしないでください! んー……分かりました長谷川さん。 こんな時くらい童心に帰りたいですよね……今回は見なかった事にしますから早くここから出てってください」
「っ!! 本当か!? すまんアイラ、恩にきる!」
長谷川は光の速さで立ち上がると直ぐさまアイラ達一年生の教室を後にした。 長谷川は走りながらだらしない笑みを浮かべて多くの一般人に引かれていた。
(こういう時に俺の能力が役に立つんだよなぁ……あのカメラを後で "失業保険" で復元しておくか……)
長谷川は全く反省しない男でもあった。
「何か寒気が……」
アイラは突如寒気に襲われるが気にせずに接客に専念する。
「アイラちゃん大丈夫? 無理しちゃダメだよ」
隣にいた九尾がアイラを心配そうに見つめる。 アイラはそれに笑顔を見せた。
「うん大丈夫……心配してくれてありがとう九ちゃん。 まだお客さんも多いし、頑張ろう」
アイラは初めての学園祭に根を詰めて働いていく。
シルヴィア達二年生はデート券なるもので一年生にも負けず劣らずな反響を呼んでいた。女子生徒が多い為か、女子生徒目的が一番多かったが数少ない男子もこれとばかりにデート券でのデートを楽しんでいた。因みに料金は一時間三〇〇〇円である。
タツヒコもデート券を使われデートをしていたがその相手が問題だった。
(こ、こんな事あるかよぉぉぉ……よりにもよって男……)
タツヒコはガッチリとした身体つきの大男とのデートを内心泣く思いで過ごしていた。 タツヒコにとっては地獄のような時間を過ごしたのであった。
「ふぅ……」
シルヴィアは屋上でゆったりとした時間を過ごしていた。 シルヴィアも学園祭なるのもは初めてで最初は戸惑ったが慣れてくれば楽しいものである。
「こういうのも良いかもね……平和の余韻を味わえて」
シルヴィアがボソっと呟く。 戦いに身を置くシルヴィアにとってはこんな風に皆とワイワイ馬鹿騒ぎをするなんて事は考えられなかったが、やってみれば案外楽しいものであった。 そよ風に吹かれながら今しばらく平和な時間を惜しむように楽しんだ。
*
一日にも及んだ学園祭も終わり、シルヴィアの招集の元、全員が揃う。
「さて皆、そろそろ魔王城に帰ろうと思うんだが……悔いは無い?」
シルヴィアが全員の顔を見回し確認する。 全員が全員頷いたのを確認すると空間に触れようと手を挙げる。
「何だシルヴィア、別れも言わずに悲しいな」
「ホントね……今回ばかりはあなたに賛同するわ」
その声と共にラーシアとメアがシルヴィア達の前に現れる。 それについて来るように九尾もいた。
「ラーシアにメア……何? わざわざ別れの挨拶をしに来たの?」
シルヴィアが肩を竦めながら呆れ口調で口にする。
「それに近いものよ……。シルヴィア、あなたとは一度だけで良いから全力で戦いたかったわ。 精々異世界で死なないようにね」
メアはぶっきらぼうに呟くともう一度シルヴィア達を一瞥してから帰って行った。 ラーシアもそれに多少の呆れを見せていたがメアを尻目にシルヴィアの肩を掴んだ。
「……お前達ならどこでもやってけると私は信じてる。 元気でな」
そうシルヴィアに告げると一人一人の肩に手を置いて回る。 長谷川だけは何故か顔面への全力ビンタだった。
「なんで!?」
「……気分だ。 ふふ、じゃあな先生」
ラーシアは長谷川にウインクをすると颯爽と去っていく。 最後に残ったのは九尾だった。
九尾は迷いなくアイラの方へ歩いていく。
「アイラちゃん……元気でね。 たとえアイラちゃん達と離れようと私はアイラちゃん達の事は忘れない。 特にアイラちゃんと過ごした日々は……とっても楽しかったよ」
「九ちゃん……うん、ありがとう。 私も楽しかった。 幸せな日々もありがとね」
アイラと九尾は微笑み合うと軽く抱き合う。
そして九尾はシルヴィア達に一礼をすると駆けて行った。
「全く……人騒がせな奴等だな。 ま、そこが良いんだけどね」
シルヴィアが呆れたように呟くが声色はどこか嬉しそうでもあった。 そして空間を突くと大穴がシルヴィア達を前にしてその口を開く。
「さて、これで本当にお別れだね。 色々あったけどこの世界の人達は愉快で楽しかった。
できる事ならまた来たいな……バイバイ」
シルヴィアは惜しむような表情を見せたが大穴に入る。 それに続いてタツヒコや長谷川、アイラと続いて入ると、空間の大穴が閉じられた。 その様子を一人の少女が見ていたとも知らずに。
闇夜に光る銀髪に水晶のような金の瞳の少女。 華奢な身体に真っ白なワンピースを身に包んでいた。
「……」
少女は感情の一切を感じさせずにシルヴィア達の出て行った空間をしきりに見つめていた。
「今のが魔王シルヴィア……か。 中々面白い。『 ゼロワールド』 に唯一抗う存在……いやシルヴィアだけじゃないな。 あの一味全員か……。楽しませてもらおうじゃない……クスクス」
その少女が愉快そうに笑うと闇夜に消えて行った。




