黒い災厄
吸血鬼狩り事件が解決してから十日程経ったある日の事、シルヴィア達は特に何事も無く平和に学園生活を満喫していた。 そんな折、理事長であるリターナ・サシャウスにシルヴィア達 "転移者" が呼び出されたのは昼の事だ。
シルヴィア達が理事長室に行くとリターナ・サシャウスが椅子に座りながらシルヴィア達を歓迎した。
「こうして正式に会うのは初めてね。 今回呼び出したのはあなた達に知ってもらいたい事があるからなの」
そうリターナは切り出すとシルヴィア達より前の "転移者" について語り始めた。
リターナの話によるとその "転移者" は十年くらい前にこの世界に転移してきて当時の兵装部隊を圧倒する程の実力を持ってたとの事。
全身を黒の外套に身を包み、それと対なる金髪と左右で目の色が違うのが特徴の少女だとリターナはシルヴィア達に告げた。
「ふーん……私達より前の "転移者" か。
それで私達と何の関係があるの?」
「何でもあなた達は悪を滅ぼす事をしてるそうじゃない……? ちょっと彼女を懲らしめてもらおうと思ってね」
リターナはシルヴィア達を見回すと微笑を浮かべた。
「まぁ世界の消滅を食い止める事が私達の世界の生存に繋がるから……だから手っ取り早く悪を倒してる。 ただそれだけ」
「なら尚更やって貰わないといけないわね。 "黒い災厄" を……彼女を止めて頂戴」
リターナは懇願するようにシルヴィアに言う。
「 "黒い災厄" ? それがその "転移者" の二つ名ね。 凄い二つ名ね……」
シルヴィアが呆れたように肩を竦める。 リターナはそれを気にも止めずに嘆息を零す。
「そう。 それが彼女の二つ名。 そして彼女はこの世界の革変者でもあるわ……この世界の魔法のバリエーションを増やしたのが彼女よ。 また彼女は私の教え子でもあったの……最近まで行方不明だったのに今は世界最大の大陸ロス・ロストで目撃情報が入ってる」
リターナは何か確信めいた様子で次の言葉を口にした。
「あの子は世界を確実に滅ぼしに来てる」
「……その根拠は?」
「彼女の側に夥しい程の血濡れた死体が転がっていたからよ。 おまけに超微細高レンズカメラに気付いて狂気染みた笑みを浮かべてたからそう言える」
リターナは頭を手で覆ってしまう。 心なしか声が震えていた。シルヴィアはまだ半信半疑のようだった。
「その "転移者" の名前は?」
「カトレア……カトレア・ブラッドよ」
「カトレア・ブラッド……」
シルヴィアはその名前を鸚鵡返しのように呟くと顔を上げる。
「 "黒い災厄" カトレア・ブラッドの事は分かったわ。 まだ信じれてない部分もあるけど信じるに値する話ね。 世界が滅びるとこっちも困るし、最善の手は尽くすつもり」
シルヴィアが胸を張って答える。 その刹那、理事長室の扉が乱暴に開かれると慌てたようにラーシアが理事長室に入ってきた。そして一目散にリターナの机に乱暴に手を置くと、生唾を飲み込みながら戦慄した様子で口を開いた。
「り……理事長、信じられないかも知れませんが良く聞いてください。 たった今、ロス・ロストが大陸ごと消し飛びました」
「なっ……」
ラーシアの尋常ならざる様子から嘘でない事を悟ったリターナもその言葉に衝撃を隠せなかった。 まさに唖然としていた。
「大陸を消し飛ばしたのは一人の少女らしいです……。 理事長……早く逃げましょう」
「……逃げても無駄よ。 この世界にいる以上、どこに居ようと世界の崩壊は免れない。 そして次の目的は……ここよ」
諦めたように肩を落とすリターナ。そのリターナの様子を見たラーシアも悲痛に顔を歪める。 その刹那、リターナとラーシアは気を失ったのか、同時にに机に伏してしまう。
「!?」
それに一瞬だけ目を見開くシルヴィア達。
「ようこそ。この腑抜けた世界へ……歓迎するわ」
その少女の声が聞こえた時、シルヴィア達は身が凍った。 全身を黒で包んだ姿に光輝く金の髪、そして左右で色の違う瞳を持つ少女がリターナの机の上に立っていたからだ。
「か、カトレア・ブラッド……」
「クスクス……そう心配しなくても今は何もしないわ。 この世界の全ての住人に深い催眠魔法を掛けた……だからこの世界の住人は絶望を知らずに消滅するの」
見下したようにシルヴィア達を一瞥するカトレアはさも可笑しそうに嗤った。
「場所を移しましょうか」
そうカトレアが言い終わる頃には既に景色が変わっており、都市と都市の間の広い更地に場所が移っていた。 地面は所々抉れており、建物の残骸なんかも多々見受けられた。
「街一つを更地にした場所があなた達の墓場となるのよ。 こんな腑抜けた世界、本質的には何も変わらない。 だから私は世界を滅ぼすの」
狡猾に笑いながらカトレアが金と紅の両目でシルヴィア達を見下すように見やる。
「本質的には変わらない? どんな根拠を持ってそんな事を言ってるのかな?」
シルヴィアのその言葉にカトレアは眉をピクリと動かすとさらに口角を吊り上げた。
「常人と少し違う力を持ってるだけで迫害され、恐れられ、そして自分に都合の良い時だけ掌返し……前の世界もこの世界もそうだった」
「だから滅ぼすと? 復讐心を持つな、とは言わないけど限度ってもんがあるんじゃない?」
「人間ってのは追い詰められると何をするか分からないものなのよ。 それにこれは私の暇潰しでもあるの」
カトレアは大仰に手を広げ顔を上に向けるが視線はシルヴィア達を射抜いていた。 暇潰し……これがどんな意味を持つのかそれはカトレアしか知らなかったがシルヴィア達は嫌な予感がしてならなかった。
「まさか……その暇潰しの為だけに世界を……滅ぼすと言うの!?」
「あらら……思わず本音が」
シルヴィアの怒声に戯けたように笑うカトレア。 その小馬鹿にしたような態度のカトレアにシルヴィア達は徐々に怒りが溜まっていく。
「くっ……貴様のような奴を生かしてはいけない! 」
歯ぎしりをするように叫ぶのはタツヒコだ。
それに便乗するように長谷川も各々の怒りをカトレアにぶつけ始める。 その様子にカトレアは大仰に肩を竦め、嘆息を零した。
「ね? 一方の主張は通らず、こうした多人数での意見が尊重されるのよ……これが人間の、世界の本質よ」
その言葉がタツヒコ達の心に刺さったのか思わず言葉を止めてしまう。
「確かに人はそういう面の方が多いのかも知れないな。 ただ、私はあなたを限りなく悪に染まった存在だという認識はした。 大陸を丸ごと消せる力を悪用すれば世界なんて簡単に滅せる……特に罪悪感も悪いという意識も持とうとせず、それを粛々と行うならね。 善という感情が欠落した悪魔……それがあなたよ」
「……善という感情が欠落した悪魔……か。
確かにそれは言えてるわね。 私は私が楽しめればそれで良いのよ。 世界が滅びようが人が死滅しようが私が楽しければそれで良い。 世界は無限にあるのだからまた移動すれば良い……その繰り返しよ。 あははははは!!!」
カトレアは狂ったように笑う。 その様を見てシルヴィア達全員が肝を冷やした。 シルヴィアも業を煮やしたのか殺気を出すと、その雰囲気が一変する。 いつもの明るいシルヴィアでは無く今回は氷のように冷たかった。
「自覚無き悪、これほど罪なものも無い。だから私は全身全霊を以ってあなたを倒す!!」
静かに告げるシルヴィアに場の雰囲気も凍り付く。 一気に緊張が張り詰め、タツヒコ達も臨戦態勢に入る。 カトレアもその異様な雰囲気を読み取ったのか落ち着きを取り戻すと鼻で嘲笑する。
「私を倒す? "黒い災厄" と呼ばれた私も舐められたものね……。 私の能力を教えてあげるわ。 "オールブラッド" という能力よ。 どう足掻いても絶望にしかならない恐怖を味わいながら世界の終焉の時まで楽しみましょう!!」
カトレアの両目が怪しく光る。 絶対の自信を持つカトレアは大仰に手を広げると凄絶な笑みを浮かべシルヴィア達と対峙した。




