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金剛時代  作者: 金椎響
第三章 自己増殖機動要塞
19/20

虚ろな男

 夜に沈んでいた“チェリャビンスク六一”を切り裂く陽光。

 長きに渡る夜の支配を終えて東から太陽が顔を出し、街並みが普段通りの朝焼けに燃える。

 その日の光に照らし出されて、一刀両断された“アルティメイタム”だった残骸が無残にも浮かび上がって見えた。


<まさか一振りで“アルティメイタム”を一刀両断してしまうとは……恐るべし榛木美空>


 さすがのテウルギストも自身の想像を超える威力を叩き出した“力の剣”の威力に驚いている。

 絶対不敗の“アルティメイタム”の思わぬ敗北。そして“アルティメイタム”を見事倒してみせた美空の力。さすがのテウルギストも平生(へいぜい)の落ち着いた態度を保てない。


「……テウルギストさん」


 美空は必死にテウルギストへ呼びかける。


<“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”、“ゼムリャ”、そして“アルティメイタム”……。わたしはあまりにも多くのものを失いすぎてしまったようですね>

「もうやめてください。こんなことは……」

<まさか。あなたがわたしを倒すまで、この戦いに終わりなどありませんよ>


 そう言うと、テウルギストの機影はどんどんと遠ざかっていく。

 美空はテウルギストの機体に近付こうと追い縋るも、その機体はますます離れ去っていく。近付いた分だけ、“白金のサージスト”は離れていく。


<さあ。最後の舞台――南極は“時の門”がわれわれを待っています>



 閉鎖都市(ZATO)“チェリャビンスク六一”に当事国のロシアや国籍不明の救援部隊のヘリコプターやトランスポーターが続々と到着し始めている。

 街の至るところから出現していた“ゼムリャ”も今はその機能を停止させ、次々と自壊していく。


<……終わりましたね>


 テウルギストの“白金のサージスト”の機影がレーダーをはじめとする各種センサーから消失したのを確認して、ODESSAが言う。

 美空の“金剛のエスト”が滑空して大地に舞い降りる。

 舞い降りた先にいたのは、“幽冥のエレボス”だ。

“ゼムリャ”最終形態の攻撃から美空を庇って戦線を脱落した“虚ろな男(ホロウマン)”の下へ降り立ち、あらためて無事を確認する。


「“虚ろな男(ホロウマン)”、大丈夫ッ!?」


“幽冥のエレボス”が受けたダメージは攻撃が操縦区画(サバイバルセル)まで達し、胴体に穴が開くほどの大きなダメージを負っている。

 だが、不幸中の幸いで使用者(シンカー)の“虚ろな男(ホロウマン)”は無事のようだ。


<ああ、お互いにな>


 穴の向こうに座る“虚ろな男(ホロウマン)”の端整な笑みを見て、美空はほっと安堵する。

 そして、次の瞬間には涙が滲んできた。

 思わず手を操縦桿から放して目元を拭う。しかし、それでも迸る涙は止まることはない。


「ごめんなさい、“虚ろな男(ホロウマン)”。本当に、わたしが未熟だった……」


 美空は眉根を寄せて、顔を(うつむ)けた。そういえば、この人に戦いを止められたんだっけ、横浜の美晴の眠る墓地で。美空は危うく、自らの行いの果てに、また誰かを失うところだった。

 そのことは悔やんでも悔み切れない。

虚ろな男(ホロウマン)”はどこかそんな美空を励ますようにして言う。


<いいや、気にするな。おまえが選び取った決断だ。わたしはそれを尊重する。それよりも、次の問題は……>

「南極の“時の門”」


 ウラルスタンの深部の神殿に美空を呼び出して起動させた、テウルギストの本当の目的にして、ODESSAが辿り着かなくてはならない場所。


<ああ。いよいよといったところだ。美空、こうなった以上はもう止めん。気を引き締めてかかれよ>

「……うん、わかった」


 いつの間にか、美空の涙はひいていた。



「まさか“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”を爆破しようとするなんてね」


空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”の作戦指揮所(ミッションルーム)で、ジョエルは心底不機嫌そうに言う。


「それは言いがかりですわ、ジョンストン少佐。“モノリス・ゼロ”の回収は不可能と判断したからこその、爆破措置ですわ」


 対するグラディスはまるで開き直っているかのような態度だ。ジョエルにとってはそれがなおさら腹立たしい。


「それは本当かい? 青霞(チンシア)

「はい。ですが、グラディスさんのテープ爆弾では破壊できませんでした。どうしようかと思っていたところ、落下してきた“ゼムリャ”最終形態の残骸によって、“モノリス・ゼロ”は叩き折れてしまい、光を失ってしまいました」


 青霞(チンシア)の答えに、ジョエルは無言になる。


「結果的に、これで使用者(シンカー)の量産は不可能になりました。まぁ、あなたにとっては目論見が外れて残念でしたわね」

「いいや。アメリカは大量の使用者(シンカー)を容認しない。民間軍事請負会社(PMSCs)と無人機化が米軍の今後の主力戦略だ。ロシアや中国が手出しできない形になってさえいれば、それでいい」


 ジョエルは余裕綽々といった風で笑ってみせる。無論、これが本音かどうかはわからない。単なる痩せ我慢かもしれない。案外、ただ強がっているだけなのかもしれない。


「さて、紳士淑女諸君。これでロシアでのミッションは終了だ。本当にご苦労様。さて、今後だけれどもアムンゼン・スコット基地を目指すために、まずはロス島ハットポイント半島南端にある米国の南極観測基地、マクマード基地を目指そう」

<……ところで、ジョエル>


 不意に流れる合成音声に、グラディスと青霞(チンシア)が顔を合わせる。

“金剛のエスト”に搭載された戦術支援AI、ODESSAだ。しかし、今までこうして人を呼ぶことのないAIがジョエルの名を呼ぶとは。珍しいこともあるものだとグラディス達は思う。


「なんだい、オデッサ」

<叩き折られて光を失った“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”ですが、米軍が本国で回収するまでの間、簡易的に解析したいのですがよろしいですか?>


 ODESSAの申し出を、しばしの間考えこんだジョエルが(いぶか)しむ。


「解析、と言ってもロシア人たちですらわからなかったものを一体どう解析するつもりなんだい?」

<“金剛のエスト”の背部ラックには解析機能を持つ機材が収納されています。それで割れてしまった“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”を調査してみようと思うのです>


 ODESSAの説明に、ジョエルはにやっと微笑と浮かべる。


「構わないよ。最後に米軍の手に帰ってくるのであれば、それまでの間は最強の兵器に預かってもらうというのも悪い話じゃない。それに、どうせ何もわかりはしないと思うからね。必要書類についてはこちらでなんとかしよう」

<ありがとうございます、ジョエル>


 ジョエルの回答に、青霞(チンシア)は眉を(ひそ)める。

 確かに、ジョエルの読み通り、ODESSAの解析能力をもってしても、“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”を解析することはできないだろう。

 それに、“アルティメイタム”を退けた“金剛のエスト”が世界で一番安全な場所であることも疑いの余地はない。

 だが、それでもそう易々と話を取りまとめてしまうのはいかがなものか。万が一にも、ODESSAが“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”から何かを察知する恐れがあるというのに。

 悪いほうに話が転ばなければいいけれど。青霞(チンシア)は後ろ髪を引かれる思いがするのだった。



 医務室から出てきた“虚ろな男(ホロウマン)”を出迎えたのは、老原桜花だった。

 彼女は背中を廊下の壁に預けていたが、彼の姿を見るとすっと背筋を伸ばした。


「命をはって娘さんを守ったんですね、“虚ろな男(ホロウマン)”――いいえ、榛木大翔(はると)


 その名前に、“虚ろな男(ホロウマン)”の表情が一段と厳しくなる。


「……わたしの名を未だに覚えていてくれているとは驚きだ」


 桜花はふわっと花が咲いたようにして笑う。


「あなたはわたしの父、清志とは同志の間柄だったはず。幼い頃には、わたしも世話になっていましたね」

「ずいぶんと前の話だ」

「ですが、あなたは老原動乱の時点ですでに死んでいたはず」


 そこで桜花は笑みを消し、真っ直ぐな視線で“虚ろな男(ホロウマン)”に向き直る。


「どうして生きているんですか?」

「生きているわけではない」


虚ろな男(ホロウマン)”の意外な一言に、桜花は目を見張る。


「わたしは榛木大翔の遺体とエリジウム鋼によって形作られた……人造人間だ」

「……人造、人間」


 信じられない、というのが桜花の率直な第一印象だ。

 いくらエリジウム鋼といえど、はたしてそんなことが可能なのか。

 しかし、テウルギストは自身の体をエリジウム鋼で強化し、その体内に第二・第三の臓器を作り出していた。

 決して、不可能なことではないのだろう。だが、にわかには信じがたい。なんせこうして目の前にいて、普通に会話を交わしているのだから。


「ああ。清志を殺めた刺客との死闘の末に、死に間際の榛木大翔はエリジウム鋼に自身の人格と記憶を転写し、遺体を素材に組み上げるようあらかじめプログラムしておいた、それがわたし――“虚ろな男(ホロウマン)”というわけだ」

「では、怪我も心配しなくていいのですか?」

「いや、今のわたしは本調子ではない。調子が完全に戻るまでには少々時間がかかる」


 ふとしたときに見せる“虚ろな男(ホロウマン)”の横顔はまさに、榛木大翔のものだ。

 その微笑も、それに気付かされて桜花はなんとも言えない気持ちになる。桜花は祖父と父を動乱の混乱で亡くしたが、まだ失っていないものがあるのだと気付かされる。


「娘さん――美空さんにはそのことは?」

「……言えるわけがない。それに、わたしは人造人間、父親面などできるものか」


 そう言って、桜花とすれ違う“虚ろな男(ホロウマン)”の背中にはどこか寂しさを帯びているように、桜花には見えた。



「美空、お疲れ様」


 思いのほか難航していた救助活動もようやく終わり、美空は“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”へ帰還して、作戦指揮所(ミッションルーム)までやって来た。

 そこで待ち受けていたジョアンナから労いの言葉がかけられる。


「うん、アンも。ここまでついてきてくれて本当に助かったよ」


 美空の言葉に、ジョアンナもどこか誇らしげに笑う。思えば、最初はこの任務(ミッション)に反対だったジョアンナであったが、結果的にこうして手を尽くしてくれた。

 そのことを思うと、美空の胸は感謝の気持ちでいっぱいになった。


「わたしはいいわ。仁義っていうのは最後まで突き通さないと意味がないからね」


 そう言ってウィンクしてみせるジョアンナに、美空はなんだかおかしくって腹の底から笑った。仁義とは、ずいぶんと任侠(にんきょう)だ。けれど、そのおかげで彼女は美空を手助けしてくれたのだから、軽んじることはできない。

 ふたりで笑っていると、赤毛の少女と髪を薄桃色に染めた少女のふたりが近寄ってくる。


「ロシアでは世話になったわね、ミソラ・ハンノキ」


 まるで血が通っているかのように真っ赤な髪に、灰色の瞳、どこか勝気で自信家そうな少女――ベアトリクスはそう言いながら、手を差し出してくる。

 美空はええとかうんとか一言言いながら、差し出された手を握り返す。よく鍛えられた手から想像以上の力で握り返された。反射的に、美空の手にも力が入る。


「お陰で翼竜型“アルティメイタム”を倒すことができた。礼を言わせてもらうよ、榛木美空」


 地毛を薄桃色に染めた少女がふたりの間に割って入る。鳶色の瞳がどこかけだるけな印象を与える少女――瑞姫は、美空とベアトリクスの間でさらに手を重ねてぶんぶんと振る。


「しっかし、逮捕対象だった相手とよもやこうして共闘するような日が来るとはね」


 瑞姫の言葉に、美空の背筋がすっと冷める。


「あはは。まぁ、そうですよね」

「手合わせするつもりだったけれど、あんな隠し玉を持ってるとは恐れ入ったよ」

「そうね。敵に回すには恐ろしい存在、味方で本当によかったわ」


 美空・ベアトリクス・瑞姫から離れていたジョアンナが、作戦指揮所(ミッションルーム)で本国とのやりとりを終えたグラディスに、そっと小声で話しかける。


「ねぇ、ちょっと。ギフォーズさん。あなたはあれ、どう思う?」


 ジョアンナが問う。その問いの意味を察したグラディスは作戦指揮所(ミッションルーム)を後にする。兵器保管庫に繋がる通路に移って、他に誰もいないことを確認してからあらためて口を開く。


「わたくしは“アルティメイタム”を初めて見たとき、怪獣だと思いましたわ。あるいは、大いなる獣(メガセリオン)。だけど、それは間違いでした。神の化身は明らかに“金剛のエスト”でした」


 グラディスの答えに、ジョアンナも深々と頷く。


「戦いの概念が変わる。いや、あれを前にして戦うだなんてもはや自殺行為。人は戦いを選べない」

「でも、大いなる力は往々にして争いの種になる」


 一年前の老原動乱の記憶が呼び起こされて、ふたりの間に気まずい沈黙が降りる。


「ねえ、本国にはどう説明する気?」

「……適当に言い(つくろ)うつもりですわ。包み隠さず報告したとて、誰も信じてもらえないでしょうから」


 険しい表情を浮かべるジョアンナの問いに、グラディスは苦笑にも似た笑みを浮かべながら答えた。



 作戦指揮所(ミッションルーム)でベアトリクスと瑞姫と立ち話をしていた美空の前に現れた青霞(チンシア)は、美空の姿を見つけると深々と頭を下げた。


「助けてくださって、どうもありがとうございました。お陰で結果的にですが使命を果たすことができました。なんとお礼を申し上げたらいいか」

「それはいいの。わたしが通したかった筋だから」


 美空の言葉に、大粒の瞳を丸くする青霞(チンシア)


「筋、ですか」

「『やるべきだ、こうすべきだ』って、ほんのちょっとでも思っちまったら、首を突っ込め。諦めて絶対に突き進め。それがどんなに辛い道でも」


 そう言って美空は自身の胸に手を置いた。


「それがお母さんが遺してくれた、大切な言葉だったから」

「……そう、ですか」


 青霞(チンシア)はなんて声をかけていいのか迷って、結局このことについては何も言えなかった。

 そんなことはお構いなしに、美空はずっと感じていた疑問を口にする。


「それよりも青霞(チンシア)、“アルティメイタム”を倒したあれは何?」

「それについてはわたしも疑問に思っていました。“力の剣”は対エリジウム鋼製兵器を主眼に開発された近接格闘用特殊兵装と聞いています。ヘファイストスという、オリハルコン加工用の特殊装置の兵器転用。ですが、その説明は間違っていた」

「間違っていた? どういうことなの、それは?」

「あるいは、嘘が含まれていた」

「……嘘?」


 美空の疑問符に、青霞(チンシア)はうんと頷くとはっきりとした口調で答えた。


「はい。“力の剣”は“神の骸”とセットで稼働する、なんらかの機能(ファンクション)がある」

「……なんらかの、機能(ファンクション)?」

「最初は、機体に蓄えたエネルギーを増幅して投射する機能だと考えていました。ですが、それだとあのエリジニアン・ベースごと“アルティメイタム”を両断した説明がつきません。増幅したのではなく、まったく別のところから力を切り出して……ぶつけた?」


 説明する青霞(チンシア)自身にも確信を持つことのできる仮説ではないようで、その語尾は不自然に上がっていた。


「うーん。よくわかんないや」

「もしかしたら、この世界の物理的な法則ではない、別の系や次元の法則なのかもしれません」

「この世の物理的法則じゃない、って……」

「これは仮説ですが、あの膨大なエネルギーはある程度はエリジウム鋼の力の反響増幅機能です。ただ、“金剛のエスト”のものはどこか根本的に違っていると推察されます。別の系や次元の法則に則り、規格外の力を切り出して投射しているように、わたしの目には見えました」


 青霞(チンシア)の説明を全て理解したわけではないが、とんでもない代物に自分が乗っているということだけは美空にも十二分に伝わった。

 だからこそ、グラディスが誰のために、なんのために、どうして戦うのかを問い続けろと言ったのかも。

 テウルギストが他の使用者(シンカー)ではなく、美空にこれほどまでに執着するのかも。



 青霞(チンシア)と話していると、作戦指揮所(ミッションルーム)に“虚ろな男(ホロウマン)”が現れた。彼は確か、医務室で負傷がないか確認中だったはずだ。


「……“虚ろな男(ホロウマン)”!? 大丈夫だった?」

「ああ。まだ本調子ではないが、目立った外傷はない。心配をかけたな、美空」

「ううん。わたしこそ。戦うなって言ってくれたのに、戦ったり、こうして助けられて……」

「そのことについてはさっきも言ったが気にするな。少なくとも、わたしは気にしていない」


 そういって微笑む“虚ろな男(ホロウマン)”の姿を見ると、どこか懐かしい不思議な気持ちにとらわれる。

 まだ会って日も浅いはずなのに、どこかでずっと接してきたような、そんな気持ちになった。


「そう? ありがと」

「構わない。それよりも、当面は」

「南極だね。でも、そもそも“南極”の“時の門”って一体なんなの?」

「それはモノリス・ゼロ――“進化の柱”のように不明な点が多い。ただ、エリクシルの民に伝わる伝説では――」


 扉が開いて、そこから現れたララティナが後を継ぐ。


時間跳躍(タイムスリップ)ができる」

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