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金剛時代  作者: 金椎響
第三章 自己増殖機動要塞
18/20

超人

 闇夜に沈む“チェリャビンスク六一”、翼竜型“アルティメイタム”が墜落し、周囲は衝撃と摩擦熱で火災が発生する。

 紅の炎がどす黒い煙を吐きながら、天に向かって立ち上がる。

 打ち終えた発射器(ランチャー)を捨て、身軽になったベアトリクスの“エクスウォーカー”は多頭竜の攻撃をかわしながら、変わり果てた街を猛進していく。ひとひとりいない寂しい街並みを後目(しりめ)に、“エクスウォーカー”は駆け抜けていく。


<“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”、こちらヴァルキュリア・ワン。武装ラックを指定のポイントへ投下して。どうぞ>

<了解した。マーキングされた地点へ武器を投下する。二〇秒ほど待ってくれ>


 ベアトリクスの冷静沈着な要請に、ジョエルもまた答えた。

 その間にも、“赤紫のクレド”は三〇ミリ七銃身回転式ガトリング砲を撃ち続ける。

 ぶううんというハチの羽音のような音とともに、文字通り銃口から火を噴く。

 放たれた三〇ミリ砲弾が“ゼムリャ”の首をチェーンソーのように切り取る。


<くそっ、この首長竜のせいで、“アルティメイタム”を倒せない>

<……あたしの、あたしの邪魔をしないでッ!!>


 嫌な予感がした。

 そして、疑惑が確信へと変わる。都市を侵食するエリジウムが発電し、蓄え続けた膨大なエネルギー。それが“ゼムリャ”の(あぎと)に集中して、大きく開けた口から青白い閃光が零れて漏れる。

 今までの短距離プラズマトーチ攻撃とは明らかに異なる光の漏れ方に、皆の悪い予感が的中する。


<……マズいぞ>

「全機、ただちに散開っ!!」


 強力な電磁波が収束し、次の瞬間には夜空を切り裂く。

 凄まじいエネルギーの奔流は“チェリャビンスク六一”の上空を漂う雲を一瞬で霧散させ、大気を駆け抜けていく。

 恐るべき力の柱となったそれはさして減退することもなく、そのまま地球をぐるっと囲む軌道エレベーター外縁部リングまで到達する。

 すると、いともたやすく破断してみせた。


<……軌道エレベータが>ジョアンナが悲鳴にも似た声を上げる。

<あんなに簡単にッ!?>

<はん、敵はテウルギスト・タリスマンだけじゃないってか?>


 無駄口を叩くベアトリクスと瑞姫の機体に搭載されていたTOTAL、それが不意にシャットダウンしてしまう。

 今までサバイバルセルのなかで木霊していた男性の合成音声、それが唐突に話すことをやめ、無言を貫いている。


<おいTOTAL! 寝てる場合じゃないでしょ>

<一体どうして? なんで急に?>


 ベアトリクスたちはTOTALの再起動を試みるも、TOTALは沈黙したままだ。


<ORS――軌道(オービタル)リングシステムズ。地球を一周するチューブのなかに封入し高速で移動させていた磁性流体が漏れ出している。張力が発生しなくなり、物体をぶら下げ続けることができなくなる>


 チェリャビンスク国際空港に残ったアルヒ社長が静かに解説を始める。


<そして、この磁性流体こそが流体エリジウムであり、それが戦術支援手段群分析回線《タクティカル・オペレート・ツールズ・アナリシス・ライン》――TOTALを動かすために並列接続された、ある種のスーパーコンピュータ群だ>


 普段よりも低い声で話すアルヒの言葉に、瑞姫が怪訝(けげん)な顔をして()く。


<ちょっと待ってよ。使用者(シンカー)のいないエリジウム鋼製兵器って“アルティメイタムの起動によって”暴走するんじゃなかったの?>


 瑞姫の言葉に、アルヒは一瞬だけ口を(つぐ)む。


「……まさか」

<そうだ。かつて使用者(シンカー)だった者やその適性が認められる存在の脳やその一部を兵装や構造物に“ニューロ・プロセッサー”として組み込むことで、暴走を防いでいる>

<うーわっ、胸糞悪い話を聞いちゃった>


 ベアトリクスの“エクスウォーカー”が“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”から投下された兵装ラックに辿り着く。

 背部と両肩のアタッチメントにミサイルコンテナを背負い、重機関砲とガトリング砲で武装を揃える。


<今はそんなこと、どうでもいいでしょう? それよりも“アルティメイタム”と“ゼムリャ”を!?>

<ベアーティ、そうは言ってもキリがないんだって>


“赤紫のクレド”は三九口径一五五ミリ榴弾砲を撃ち終えると、死荷重(デッド・ウェイト)となった砲撃システムを投棄する。

 相手に再利用されないように、銃身(バレル)があらかじめ仕込まれていた炸薬で自爆する。かわりの武装を投下ラックから抜き取ると、構える。装甲切断ブレードだ。


<アメリカ側が供与してくれたエリジウム鋼製砲弾だって、翼竜型“アルティメイタム”を退治するのに結構使い果たしちゃったんだから>


 弾を撃ち尽くし、発射時の高熱で銃身(バレル)が膨張して曲がった重機関砲を、ベアトリクスは惜しげもなく捨てる。

“エクスウォーカー”が安全圏まで離れると、自動で重機関砲が吹き飛ぶ。敵地投棄モードになった重機関砲の自爆だ。


<ヴァルキュリア・ツー。こちらメディウム・スリー。推進剤が切れそう。交換までの警護、お願い。どうぞ>

<メディウム・スリー、了解。だけど、一八〇秒だけだよ>


 ララティナの“双身のデュアリス”が投下式武装ラックに機体を繋ぎ、機体各部の推進器(スラスター)に推進剤を補填していく。


「一八〇秒と言わずに、ここはわたしが押し留めておくから」

<イグナイター・フォー――美空、あんまり張り切りすぎないで>

<あんたの機体は南極で使うんでしょ。ここではしゃいでも……>


 美空はフットペダルを踏み込んで、“金剛のエスト”を多頭竜に突っ込ませると、“力の剣”の刃を滑らせる。

“ゼムリャ”のエリジウム鋼製の鋭い歯が一瞬で欠けて、頭部を上下に切り裂く。


「オデッサ、やっぱり“力の剣”、フルパワーで使おう。そうじゃなきゃ、みんなが危ない。逃げ遅れた人がいない方向に向けて振るいたい。オデッサ、攻撃ポイントのマーキング、お願いね」

<了解しました。未来予測演算を開始します。演算終了まであと三〇〇秒……>

「三〇〇秒」思わず美空は真顔になる。

<美空さん、ようやくその気になったようですね。完全無欠の英雄になる、その覚悟が>

<何が英雄よ、何が榛木美空よ。あたしの邪魔をするやつは……>


“ゼムリャ”の多頭竜が“白金のサージスト”もろとも、美空の“金剛のエスト”をつけ狙う。

 凄まじい猛攻だ。

 美空は防戦一方となり、なかなか“力の剣”を振るう機会がない。無理やり振るえば、多頭竜の餌食だ。美空は歯を食いしばって、総攻撃をどうにか耐えしのごうとする。

 メインディスプレイにはODESSAが事前に計算した回避運動の軌跡が緑色のラインで示されていた。美空はそれに沿う形で機体を動かして、懸命に攻撃を避け切っていく。

 一見するとゲームのようだが、一歩間違えれば機体は激しいダメージを負う。

 美空の背筋はひりひりとした。極度の緊張を強いられて、頭の奥がツンと痺れたような感じがする。


「あと二八〇秒だけでいいのに」


 そのとき、戦術高エネルギーレーザー砲《THELG》が多頭竜のひとつに命中する。

 次の瞬間には二刀流の直刀型装甲切断ブレードでその首がはね飛ばされる。

 銀色の機体に橙色のアクセントの機体が、“金剛のエスト”の間合いに割り込んでいた。

 そのX字のクロスラインセンサーが紫色に輝く。

 

<……今度は何です?>

<また新手? 本当にしつこい>


 テウルギストとリータは同じタイミングで空を仰ぐ。


<あの姿。まさか!?>


 その機体は、まるで十字架を背負ったような機体だった。横浜港で奪取されたFHD。


「“十字のオラクラ”、でもなんで?」

<わたしは老原の孫。このような惨事を見過ごすわけにはいきません>


 桜香は静かに、だがはっきりとした口調で断言した。


<裏切者の孫が知ったような口を!>

<なんとでも言いなさい。悪業背負って悪を絶つ。これがわたしの正義です>


“十字のオラクラ”は“ゼムリャ”の頭部の攻撃をひらりとかわすと避けざまに蹴りつけると、そのまま“白金のサージスト”と切り結ぶ。


<リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィストはともかく、このわたしまで敵に回すとは、舐められたものですね>


“白金のサージスト”は激しく衝突してくる“十字のオラクラ”と揉み合いながらも、自機に有利な間合いを取るべく、機体を大きく後退させる。

 反面、“十字のオラクラ”は距離を詰めて接近戦へと持ち込む。

 背部のX型武装収納プラットホームから、無数の飛翔体が打ち出され、テウルギストの動きを制限する。


<美空はともかく、老原桜香と一緒に戦っていいわけ?>

<……仕方あるまい。榛木美空の奪取は許して、老原桜香だけ許さないのは筋が悪い>

<それに、これでこちらは五機、数的優位を確立する上では当然の措置だとぼくは思うよ>


 ジョアンナの問いに、アルヒとジョエルが答える。


<話は聞かせてもらいました。二七〇秒を捻出してみせます、この命にかけても>

「桜香さん」

<……なんですか?>


 思わず身構える桜香に、美空は表情を緩めて言う。


「体を張るのはいいけど、命まで張っちゃだめです。それじゃ、みんな笑顔になれないから」


“金剛のエスト”の死角を守るように、“十字のオラクラ”が支援する。

 美空はメインディスプレイに表示された未来予測演算の算出時間を見る。

 あと二六〇秒。

 だけど、それまで持ち堪えられるの。美空は自問する。

 軌道エレベータを簡単に壊す“ゼムリャ”の遠距離砲撃能力。もしも打たれたら、空に安全な場所はない。



“チェリャビンスク六一”研究施設最深部。

 リータは掌から青白く光るプラズマを撃ち放つ。咄嗟の判断でグラディスは青霞(チンシア)(かば)ってその場に伏せる。

 先ほどまでふたりのいた場所をプラズマが駆け抜けていく。空気中の浮遊物が燃えて、辺り一面が焦げ臭い。

 そして、エリジウムが侵食していなかった机やモニターをプラズマから生ずる青白い炎が事もなげに焼き払ってしまう。

 グラディスはいささかの躊躇いもなく、引き金(トリガー)を引き絞った。

 すぐに銃口から七・六二ミリのエリジウム鋼製弾丸が迸り、リータのバトルドレスを傷付けていく。

 グラディスの卓越した技術が、弾丸を一点に集中させて、集弾効果で装甲を穿(うが)つ。

 その衝撃で、リータの体がわずかに揺さ振られる。

 その刹那、グラディスは筋力増強(マッスルアシスト)の力を借りて、一気に距離を詰める。

 リータの優れた動体視力は、グラディスの動きを見逃さない。

 リータはエリジニアンのような長くて鋭い腕で、迫り来るグラディスを真正面から迎え撃とうとしている。

 グラディスはぎりぎりまで銃撃を加えて、腕に蒸着(メタライジング)されたエリジウムを削り取っておく。

 相手の攻撃可能圏内に入ったところで、グラディスは小銃(カービン)を放る。

 かわりに背中にマウントしていた高周波ブレードで横に一閃(いっせん)する。

 リータの横薙ぎにする攻撃で、すぐに高周波ブレードは刃毀(はこぼ)れを起こして、使い物にならなくなってしまう。

 万事休すか。グラディスは瞬時に捨てて、新たな高周波ブレードを手に取る。

 その切っ先をリータの喉元へと向けた、まさにそのとき――。


「やめてください、グラディスさんッ!!」


 青霞(チンシア)の悲鳴のような懇願に、グラディスは腕を止める。

 あと一秒ほど静止が遅ければ、その刃は確実にリータの喉元をとらえて切り裂いていただろう。


「……もう勝負はつきました。首を落とすまでもありません。リータさんも、武装を解除してください」


 はたして、リータのバトルドレスが砕け散り、不織布(ふしょくふ)のワンピース姿になった彼女はその場で膝を折って崩れ落ちる。


「わかってる。そんなことはわかってる。一年前に負けたときから……」


 リータは真っ白い手で目元を拭う。黄緑色の瞳からは涙が溢れて止まらない。


「リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィスト。あなたの身柄を拘束させていただきますわ」


 グラディスは手慣れた様子で、リータを後ろ手の状態で拘束する。もちろん、左手首に嵌っていたコントロールギア・リングを剥ぎ取ることも忘れない。

 これで“ゼムリャ”の動きは止まり、自己増殖機動要塞エリジニアン・ベースの暴走は防げるはずだ。

 そのとき、“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”と連絡を取っていた青霞(チンシア)の大粒の瞳が見開かれ、反射的にグラディスの顔を見つめながら張り詰めた声を発する。


「グラディスさん、待ってください。“ゼムリャ”がまだ動いています」

「なんですって!?」


 グラディスも思わず目を(しばた)かせた。


「……あの子はもう、止まらないわ」


 拘束されたリータはぞっとするほどの笑顔でそう言った。

 その言葉に、グラディスと青霞(チンシア)は互いに顔を見合わせた。



 夜の暗がりに沈む“チェリャビンスク六一”、その上空では激しい戦闘が繰り広げられていた。

 先ほど、グラディスと青霞(チンシア)がリータの身柄を拘束し、“ゼムリャ”は無力化された――はずだった。

 しかし、自己増殖機動要塞エリジニアン・ベースも、そして多頭竜型エリジニアン“ゼムリャ”もその動きを止める気配を見せない。

 むしろ、最後に目にものをみせてくれるとばかりの激しい猛追に、美空は歯を食いしばって、フットペダルを力いっぱい踏み込む。


「ねぇ、オデッサ。まだなの!?」

<計算終了まであと一二〇秒。ですが、それよりも前に……>

「“ゼムリャ”の攻撃が来る」


 美空は小さな声で言う。

 TOTALを機能停止に陥らせた、軌道エレベータの外縁部リングを易々と破壊するあの攻撃。あれがもし、自分の機体に向けられていたら、ただでは済まされないだろう。

 たとえ、サバイバルセルが無事生き残ったとしても、センサー系がやられてしまえば外部の状況を把握できないし、推進器(スラスター)が壊れてしまえば三次元的な動きもままならない。


<あと一二〇秒で全ての“ゼムリャ”の頭部を破壊するのは現実的ではありません。ですが>桜香は焦りも見せずに呟く。

「……うん、やるっきゃないね」


 美空は頷き返す。



<リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィスト、まさか軌道エレベータの外縁部リングまで破壊するとは>


 テウルギストはしばしの間考えた後、ララティナの“双身のデュアリス”に向けて回線を開いた。


<ララティナ、ここはひとつ。一時停戦としませんか?>

<師匠、この期に及んで一体何を企むっ!?>

<時間を稼いでやる、と言っているのですよ。取引の条件は、美空さんの“力の剣”の全面開放。そして、“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”の入手。それさえ認めてくだされば、わたしはこの際“アルティメイタム”を盾に使うことも躊躇いません>

<この極悪人ッ! 今さら取引だなんて>


 ジョアンナが怒声を浴びせる。


<ですが、それで一一〇秒が稼げるなら、悪くない>

<老原桜香、あんた正気かよ>瑞姫が露骨に不満を表明する。

<ここで美空さんが“力の剣”を振るわなければ、全ての犠牲が水泡に帰すことになる。それとも“ゼムリャ”を残して尻尾を巻いて撤退でもしますか?>


 まるで皆の足元を見るかのように、テウルギストはぞっとするほどの笑みを浮かべながら言い放つ。


<こいつ……ッ!!>

<さあ、あと一〇〇秒。それまでの間に第二波攻撃が来ますよ>



 無数の“ゼムリャ”の多頭竜を切り刻むうちに、美空は“力の剣”の扱いに慣れてきたような、そんな気さえしてきた。

 それくらい、気の遠くなるほど数多くの頭部を切り倒してきた。

 だが、それでも無数の頭部が新たに生えてくる。まるで竹のようだ。

“力の剣”がヘファイストスのFHD版でなければ、とっくの昔に刃毀(はこぼ)れを起こしていただろう。だが、“金剛のエスト”が大丈夫でも、使用者(シンカー)の美空の肉体的・精神的な疲労は拭い去ることができない。


「グラディスさん、そちらの状況は?」

<リータの身柄を確保し、“モノリス・ゼロ”にテープ爆弾を貼っているところですわ。全ての作業が終了し、爆破までは最低でもあと一二〇秒はかかります>


 音声通信のみの秘匿回線でグラディスは応じる。


「だめだ、時間が足りない」

<計算を一時中断して、攻撃に移りますか。美空>

「だめだよ、せっかく演算能力があるんだし、わたしの攻撃で誰かの命を奪ったら……」


 そのとき、研究施設の屋根を突き破って、新たなフォルムの竜が続々と姿を現す。

 今までの“ゼムリャ”の多頭竜ではない。もっと巨大で禍々しい。古の神話に登場するような、まさに悪者を絵に描いたような、そんなデザインの三つ首の竜だ。


<美空さん、一二時の方向に新手です>

「……あれは」


 今までの多頭竜が可愛く見えるほど、恐ろしく邪悪で巨大な三つ首の竜。あの“アルティメイタム”恐竜型(ダイナソア)に匹敵する全長のせいで、美空には今し方新たな軌道エレベータが生えて来たのかと思ってしまうくらいのスケールだ。

 その頭部全てが、美空をしっかりと見据えている。


<……“ゼムリャ”最終形態>


 その口から、先ほどとは比べ物にならない膨大な電磁波が漏れ出ていく。たったみっつの首だというのに、そのおびただしい熱量のせいで“ゼムリャ”最終形態の口腔(こうくう)の温度は検知不能なほど上昇していた。


<いけない、あの光は>

「作戦変更、わたしが行って止める。オデッサ!」

<いけません、美空。軌道エレベータ外縁部リングすら容易く破断する攻撃です。当機だけでは……>

「やるんだ!」


 美空の叫びに、ODESSAはどこか諦めたような声音で言う。


<承知致しました。脅威判定を改め、美空、“力の剣”の使用を許可します>


 美空は全神経を“ゼムリャ”最終形態へと集中させる。

 閉鎖都市(ZATO)を傷つけず、相手の攻撃だけをそのまま受け止めて、無効化する。

 美空は必死に頭のなかでイメージする。思考を巡らせて、エリジウムの力を限界まで引き出そうと頭を絞る。

 つい先ほど空を駆け抜けていった、“ゼムリャ”の攻撃や“アルティメイタム”の熱線攻撃を脳裏に思い描く。そして、それを消し去るほどの力を“力の剣”から引き出す。

“力の剣”、その本来の力を、美空は解き放つ。

“力の剣”と“神の骸”が激しく反応し合い、“金剛のエスト”の全身は黄金に輝く。まるで黄金(おうごん)でできた機体のように、眩くまるで人型の太陽のように凄まじく明るい。


<美空さん、やはり英雄はこうでなくては……。交渉は成立です。このわたし、テウルギスト・タリスマンが九〇秒を稼ぎましょう>


 凄まじい衝撃波。そして力の奔流が美空に向く。

 しかし、三分の二程度になった“アルティメイタム”が盾となり、攻撃を防ぎ続ける。


「よしっ、このまま行けばッ!!」


“金剛のエスト”は光のような速さで、“アルティメイタム”の巨躯を回り込む。

 そのまま、“ゼムリャ”最終形態の死角を突くかたちで辿り着くと、美空は渾身の力を込めて“力の剣”を振るう。

 凄まじい共鳴現象で、他の機体の同調率が急激に低下する。そして、本来であれば、“ゼムリャ”最終形態の反射速度のほうが早かったはずだ。

 だが、リータとの同期が切れていた“ゼムリャ”最終形態の動きが共鳴現象で鈍る。


「――行っけぇッ!!」


 絶対防御のエリジウム鋼すら叩き切る凄まじい威力で、ひとつ目の首を横に切り飛ばし、ふたつ目の首を斜めに袈裟(けさ)斬りにする。物凄い反動で美空の掌が痺れるような、そんな感覚が帰ってきた。

 そして、みっつ目というところで、最後の“ゼムリャ”最終形態が襲い掛かる。


「うっ、しまった……」


 巨大なくちばし状の打突攻撃。こればかりは避け切れない。

 その刹那、美空の機体の前に立ちはだかるのは、不可視モードを解いた“幽冥のエレボス”の漆黒の姿。

 両腕の装甲切断ブレードを掲げた“幽冥のエレボス”と“ゼムリャ”最終形態が激突する。

 そして、両者は激しく壊れていく。


「……そんなっ!? “虚ろな男(ホロウマン)”ッ!? 一体、どうして……」

「愚か者が、忠告したはずだ。戦えばおまえは……」


虚ろな男(ホロウマン)”は言い終えられずに、その機体は宙に投げ出され、重力に引かれてゆっくりと、だが確実に墜落していく。

 街のエリジウム鋼が(ほころ)び始め、砕け散っていく。目にも止まらぬ早さで十文字斬りにされたみっつ目の頭部が瓦解すると、街を覆い尽くす一面のエリジウム鋼がひび割れ、そして剥がれ落ちていく。

 閉鎖都市(ZATO)を土台に築かれた自己増殖機動要塞エリジニアン・ベースの崩壊のときだ。

 重力に引かれて落ちる“幽冥のエレボス”に手を伸ばす。


「“虚ろな男(ホロウマン)”、今助ける!」


 その時、“金剛のエスト”と“幽冥のエレボス”に割って入る大きな影がふたつ。

“白金のサージスト”と“アルティメイタム”だ。


<勝負はまだ終わってはいませんよ、美空>

「そこをどいて、テウルギストさん」

<それはできない相談です>

「どかないって言うんなら……」

<そうです。それですよ!>


 美空は機体に自分の全身全霊を傾ける。今やったみたいに、やってやる。自分の身代わりになった“虚ろな男(ホロウマン)”を助けるために。


<三〇〇秒が経過しました。計算終了。攻撃可能箇所をレイヤーで表示します。マーキングに沿って“力の剣”を解放してください>

「今さら『許して』って言っても、許してあげないんだからッ!!」


 美空の叫び声とともに、“金剛のエスト”は大きく振りかぶって“力の剣”を振るう。

 黄金の“金剛のエスト”が叩き切った“力の剣”の軌跡は虹色の斬撃となって、“アルティメイタム”を真正面から捉えると、光の粒子が“アルティメイタム”の表面をじょじょに、だが確実に削り落としていく。


<嘘でしょう>

<あの“アルティメイタム”が>

<たったの一振りで>

<……両断、されていく>


 圧倒的なまでの力の発露に、三分の二の体積しかない“アルティメイタム”と言えどもなす術もなく両断されていく。

 これが美空の本気。“力の剣”の力の全てを引き出した一撃。これこそが“神の骸”から組み上げられた“金剛のエスト”の真骨頂。その猛攻に、皆言葉を失い、ただ黙って“アルティメイタム”の最後を静かに見守る。

 テウルギストは一瞬だけ殺気立った表情を浮かべるも、すぐに満面の笑みを浮かべながら言う。


<美空さん、ついに超えましたね。人を。英雄が真の英雄になった>

「……一体、何が」


 金色(こんじき)に輝く“金剛のエスト”のなかで美空は思わずそう呟いていた。

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