激闘
美空とララティナの前に立ちはだかるのは、“アルティメイタム”と合体を果たした“白金のサージスト”の姿だった。山脈のように横に長かった“恐竜”型形態よりも全長は高く、巨神を思わせるように大きい。
「なんなの、あの巨人は!?」
カンダクトデバイスのアイギスとは比べ物にならない大きさに、かつての敵である山都竜人が直面した不条理を美空は少しだけ同情できるような気がした。大きすぎてもはやそそり立つ断崖絶壁。
<テウルギスト、“アルティメイタム”と合体とは反則だろう>
ジョエルはわざとらしく大きな溜息をついて呆れてみせる。
<美空、こうなった以上はこちらから打って出ましょう>
「言われなくっても!」
<じゃあ……ララティナ・レクス、先行する>
ララティナの駆る“双身のデュアリス”。その腰にマウントされていた無数の無線誘導式遠隔飛翔体が飛び出す。
すると、“白金のサージスト”目がけて殺到していく。
簡単に迎撃されないように、その描く軌跡が不規則になって、視認するのが難しくなる。
<その巨体では、回避できない>
はたして、ララティナの狙い通り、“アルティメイタム”と合体を果たした“白金のサージスト”は避けるかわりに、自身の腕を盾がわりにして受け止めた。
無数の飛翔体が“アルティメイタム”の腕に突き刺さるも、すぐに形状を変化させて攻撃を無効化してみせる。
ララティナは飛翔体を取り込まれないように、素早く自機へと戻す。推進器の光とともに、装甲貫徹飛翔体がララティナのもとへと帰って来た。
「全然きいてない……」
<そんな攻撃がこの“アルティメイタム”に効果がないことは先の戦いで学んだはずではないですか、ララティナ>
「まずはあの形状変化能力を攻略しないと」
<エリジウムは“思考する金属”なんでしょ、コンピュータ・ウィルスやワームみたいなアルゴリズムを発信して自壊させるとか、こうなんとかできないの?>
ジョアンナが問うと、その隣に佇むジョエルが首を左右に振る。
<現時点では、そのような電子戦で行動不能にすることはできない>
「なら、今度はわたしが行くよ! オデッサッ!!」
<あの形状ならば、反撃を受けずに攻撃することが可能です。攻撃箇所をマーキングします。機体の動きが直線的にならないように注意して、機体を近付けて攻撃してください>
「了解ッ!」
<形状変化能力は防御だけではありませんよ>
すると、先ほどまで何もなかった箇所に針のように生えるのは無数のレールガン。自身の蓄えた膨大なエリジウム鋼を砲弾として、急降下してくる“金剛のエスト”目がけて弾幕を張る。
<攻撃中止。ただちに回避行動に移ってください。未来予測演算による乱数回避を開始します>
補助推力器が作動して、“金剛のエスト”の軌跡は不規則な線を描く。しかし、回避運動によって“白金のサージスト”との距離は開いてしまう。
「ちょっと!? 後出しだなんて反則でしょ」
<このわたしと、“アルティメイタム”と戦うというのはこういうことですよ、美空さん>
“アルティメイタム”の背部から無数の杭状の突起が上空に向かって打ち出される。レーダー波やレーザー測距によらない、純粋な未来予測演算による攻撃。測距用レーザーの逆探知をこちらで察知できないため、ODESSAの演算能力だけが頼りとなる。
「……ぐっ、追い詰められてく」
<焦ってはいけません、美空。“力の剣”の攻撃可能な宙域に近付くまでは、回避を優先してください。わたしたちには“時の門”という大きな目的がある。ここで、この“金剛のエスト”を傷つけるわけにはいけません>
「でも」
<このテウルギストを相手に出し惜しみとは、舐められたものですね>
巨人型になった“アルティメイタム”の五本の指から青白い光が迸ると、美空の“金剛のエスト”目がけて一直線に飛んでくる。
短距離プラズマ砲による攻撃だ。青白い光が空を裂き、空気中を漂っている塵芥を焼いて赤い色どりを夜に加えていく。
<さて、どこまで逃げられるかな?>
すると、先ほどまで直線だった攻撃が急に曲がり始める。
「ビームが曲がるッ!?」
<大気中に散布されたエリジウム製ナノマシンがプラズマの軌跡を巧妙に誘導し、歪曲させています。光線が直進する、という固定観念を捨てて、回避行動に集中してください>
「オデッサ、使うよ。“力の剣”を」
“金剛のエスト”は背部マウントから“力の剣”を抜き取ると、襲い掛かるプラズマの青白い光線を真正面からぶつけてみせる。
美空は気合を込めた怒声とともに、操縦桿を大きく押し倒す。その動きに合わせて“金剛のエスト”は“力の剣”を頭上から振り下ろす。
機体のエネルギーを強力な電磁波に変換した斬撃が繰り出される。
“アルティメイタム”の短距離プラズマ砲と“金剛のエスト”の強電磁斬撃がぶつかり合い、消滅していく。
<“アルティメイタム”の第一次攻撃を完全に無力化。わたしの想定を遥かに凌駕する、一振りです>ODESSAが感心したような口調で言う。
「ふふっ、こんなもんだよ」
<さすがは老原動乱をおさめた英雄だ。だが、これならばどうです!?>
恐竜形態だったときは長い尾だった巨大な塔のようなランスの鋭い切っ先が“金剛のエスト”に向けて放たれる。
<打突攻撃は非常に強力ですが、攻撃箇所は一点のみ。ただし、あの超大型ランスでは先頭部を避けたとしても、円錐部に機体が衝突すれば被害は甚大、必ず避け切ってください>
「……言われなくても!」
推進器を全開にして、大きさのあまり遠近感が狂う超大型ランスの一突きをどうにか逃れる。
勢いもそのままに、超巨大ランスの切っ先は“チェリャビンスク六一”と同化した“ゼムリャ”の胴体部分を砕いていく。
<おっと、失礼>
<……よくも、このあたしをコケにしてくれたわねッ!!>
“ゼムリャ”の無数の多頭竜の頭部が巨人型の“アルティメイタム”の脚部に絡みつこうとする。
<人型になったことで、足元が随分とお留守じゃないの? 形状を変化させたら、上半身はその重たすぎる自重でそのまま倒れ込むわッ!>
<それはどうですかね? “アルティメイタム”ッ!!>
テウルギストの怒声に合わせて、“アルティメイタム”の下半身が形状を変化させる。
それに合わせて、上半身が軽やかに飛翔する。巨大な腕部を後退翼に形状を変えて。
そして、下半身は恐竜形態に変化する。前時代のステルス戦闘機のような直角的なフォルムにスリムな体、マッシヴな脚部となり、助走もなしに脚力だけで“ゼムリャ”の絡みつきから逃れてみせる。
<……こいつッ!?>
<さあさあ、次々とかかってきなさい、おふたりとも>
「あー、もうッ!? こんなの絶対反則技じゃん」
巨大な後退翼を持つ拡張ユニットを身に纏った“白金のサージスト”はその推進力を活かして、“金剛のエスト”へと間合いを詰めてくる。
超巨大なランスは四分割され、レールガンの砲身と化したそれから、執拗に砲撃が加えられる。
“金剛のエスト”は複数の翼の形を巧みに変えて、砲弾と砲弾の間を縫うようにして飛翔していく。
簡単に予測されてしまう滑空が使えないのは手痛い。各推進器の推進剤の残量がざくざくと減っていく。
眼下では分割された下半身から生まれた恐竜型“アルティメイタム”が“ゼムリャ”の頭部を次々と踏み潰していく。
だが、リータの“ゼムリャ”も負けじと新たな頭部を街の至るところから出現させていく。
「……このままじゃ押し切られる」
<諦めないで、美空>
すると、ララティナの“双身のデュアリス”が“金剛のエスト”を狙う射線上に立ちはだかる。
背部に背負った後光型の円形ユニットの中心から極太の光線が打ち出される。
激しいエネルギーの奔流に、美空を狙ったレールガンの砲弾の運動エネルギーがじりじりと削り落とされていく。破壊可能な速度を失った砲弾が重力に引かれて狙いを大きく外す。
<わたしたちは、人類にとって最後の希望。ここで負けるわけにはいかない>
言うが早いか、ララティナは腰部マウントに装着していた装甲貫徹ランス――先の戦いで“幽冥のエレボス”が“白金のサージスト”の腕を切り飛ばした際に保持していた――を抜く。
<だから、師匠。今ここで、決着をつける>
<誰が一対一で戦うものか……と言いたいところですが、ここはひとつあなたの望みを叶えてさしあげましょう、ララティナ>
“白金のサージスト”は拡張ユニットをパージする。
すると、その拡張ユニットは形状を変えて、今度は翼竜型のエリジニアンに変化する。プテラノドンのような外観だが、そのスケールの大きさに圧倒される。“アルティメイタム”の三分の一程度の大きさのはずだが、それでも桁違いに大柄だ。
「また形状変化?」
<テウルギストは山脈のように巨大な“アルティメイタム”が蓄える膨大なエリジウム鋼とその形状変化能力を駆使して、常に新しい形態に変態することで、こちらの未来予測演算を無効化しようとしています>
「オデッサ、これじゃキリがないよ」
翼竜型“アルティメイタム”が美空に向かって襲いかかって来る。
遠距離ではレールガンとして、近距離では装甲貫徹ランスとして用いる鋭く尖ったくちばしを持っている。まさに、テウルギストの眷属に相応しい姿だ。
「意外と早い!」
<翼の形状を瞬時に変化させて推力にしているようです>
翼竜型“アルティメイタム”が美空の“金剛のエスト”との距離を見る見るうちに詰めていく。
<美空、近接格闘攻撃は……>
「いいや、これでいいの」
<焦っちゃダメよ、ミソラ・ハンノキ>
翼竜型“アルティメイタム”の背中に無数の光が殺到すると、表面を容易く砕いていく。
◆
<司令部、こちらヴァルキュリア・ワン。了解、攻撃する。発射準備。マスターアーム、オン。三、二、一、〇……発射。ミサイル、飛翔時間一〇秒>
誘導部のない、無誘導空中発射ロケット弾。ジョエルとの取引の末入手した、対エリジウム鋼装甲兵器のうちのひとつ。
<ミサイル到達予定時間、三、二、一、〇……弾着>
それが無防備の翼竜型“アルティメイタム”の背中に殺到すると次から次へと爆発していく。
機体形状が変化しきる前に高性能炸薬が炸裂し、運動エネルギーを相殺するはずだった粘化した表面をその内部もろとも吹き飛ばす。
翼竜型“アルティメイタム”はなんとかして避けようと試みるも、その巨大すぎる体躯が災いして、攻撃に次ぐ攻撃で防戦一方となる。
無誘導空中発射ロケット弾が驟雨のように降り注ぐ。もはや数の暴力だ。翼竜型“アルティメイタム”は攻撃から逃れ、逆に背後を取ろうとする。
だが、相手のほうが一枚上手のようで、巧みに翼竜型“アルティメイタム”の後ろを取り続けている。
その攻撃の手際は手慣れたもので、翼竜型“アルティメイタム”の動きが次第に緩慢となる。
<距離七二キロ、気温一二度、湿度五六パーセント、気圧は九八二ヘクトパスカル。風向、右前から左後ろに、風力三>合成音声が告げる。
<射撃命令は?>
<出ています、瑞姫>
<了解。オンターゲット>
<マーク?>
<マーク>
<シュート>
間髪入れずに、その頭部が五二口径一五五ミリ砲で吹き飛ばされる。
<ヒット>
<ヒット確認。目標の沈黙を確認しました>
<グッドキル、瑞姫>
火を噴きながら巨大な図体が失速して、エリジニアン・ベースへと一直線に突っ込んでいく。
三分の一だけとはいえ、あれだけ苦しめられた“アルティメイタム”に訪れた唐突な敗北に、美空は目を丸くする。まるで夢みたいだ。
<こちらは味方よ、榛木美空>
「……あ、あなたたちは?」
<ベアトリクス・バトン。困ったときのなんでも屋よ。今乗ってるのは“エクスウォーカー”>
<そして、あたしは水書瑞姫。愛機は“赤紫のクレド”、どうぞよろしく~>
重武装の濃灰色と赤紫色の機体がそれぞれ、手にした無反動砲や小銃を高らかに掲げてみせる。
<“金剛のエスト”の奪取についてはアメリカが不問に付すそうだから、共闘しましょう>
<“金剛のエスト”、“双身のデュアリス”、“エクスウォーカー”、“赤紫のクレド”、超豪華四体揃い踏みってわけだ>
戦線から脱落し、地表に激突して粉々に砕け散る翼竜型“アルティメイタム”を後目に、瑞姫が言う。
<テウルギスト・タリスマン。“アルティメイタム”を分割する手はミソラ・ハンノキには有効だったかもしれないけれど、あたしたちという助っ人を前には悪手だったようね>
ベアトリクスはみなぎる戦意を滲ませる声音で言い放つ。
<せっかく、これくらいの手頃なサイズに分割してくれたんだ。ありがたく各個撃破してくれてやるよ>
<小癪な……と言ってあげたいところですが、“アルティメイタム”の総量のせいぜい三分の一を倒したくらいで調子に乗らないでいただきたい。それに、残骸は一時的に管理下を離れただけで、後から再吸収可能だということもお忘れなく>
難攻不落と思われた“アルティメイタム”の一部を破壊されたにも関わらず、対するテウルギストはひどく落ち着いていた。
<それは親切にどうも>ベアトリクスは肩を竦めた。
<さあ、テウルギスト・タリスマン。年貢の納め時だ>
瑞姫操る“赤紫のクレド”は自身の全長に匹敵する狙撃銃を構えてみせた。
◆
ララティナとのランスでの一騎打ちを前にして、テウルギストは思わず吹き出してしまう。
完全に、彼女たちを見くびっていた。
翼竜型にしたとはいえ、“アルティメイタム”の一部を倒してしまうとは。
そして、鬼気迫る勢いで攻め立ててくるララティナ。
これでは、下半身の恐竜型“アルティメイタム”を遠隔操縦するのも難しい。せっかく美空の共鳴現象に対応するための“アルティメイタム”の合体だったが、リータの企みのせいで水泡に帰してしまった。
分が悪いか、テウルギストは自分に向かって自問した。
いいや、こうでなくては。こうでなくてはならない。
テウルギストにとって、ただ強くなるだけでは意味がない。その強さをもって道を示すことが重要な意味を持つ。だから、テウルギスト・タリスマンは最後まで戦い抜かなくてはならない。
すべては、榛木美空――真の英雄の覚醒のために。
テウルギストのやるべきことはひとつだ。そこに迷いや躊躇いはない。
ララティナの“双身のデュアリス”の装甲貫徹ランスの先端が迫る。ランスとランスの激しい鍔迫り合いが起こる。それでも、両者は一歩も退くことなく、力と力が激しくぶつかり合う。
「これがあなたの本気ですか? ララティナ!」
<師匠こそッ!>
ララティナは巧みに蹴りを加えて、そのランスの先端はこちらの操縦区画――サバイバルセルを狙ってくる。自分が鍛えた弟子の強さに、テウルギストは場違いにも誇らしさを感じていた。
そうだ、そうでなくては。そうでなければ、張り合いがない。
テウルギストはララティナの蹴りを左腕でしっかりと受け止めると、一旦機体を放し、間合いを取る。ララティナの“双身のデュアリス”はすぐさま左手を掲げると五本の指の先から戦術高エネルギーレーザー砲《THELG》を放つ。
そして、後光型背部ユニットから、本命である超高出力のレーザーを撃ちつける。
エリジウム鋼装甲で作られたFHDである“白金のサージスト”と言えど、あれに当たればただでは済まされない。装甲化された関節部はともかく、推進器周りや精密なセンサー系はちょっとした攻撃でも不具合が出る。
テウルギストは推力を上げて、光の奔流から逃れてみせる。
“白金のサージスト”に“アルティメイタム”を蒸着させていなければ避け切れなかったかもしれない。
だが、次の瞬間には装甲貫徹ランスと腕の熊手型三連装装甲切断ブレードを構えた“双身のデュアリス”が待ち構えていて、攻撃を繰り出してくる。
とはいえ、易々とやられるテウルギストではない。ランスによる攻撃はすれすれのところでかわし、本命の熊手型装甲切断ブレードをランスで受け止めてから、横へといなす。
「狙いはいいですよ、ララティナ」
そのとき、大地が割れ、そこから多頭竜の頭が顔を覗かせる。“チェリャビンスク六一”という街自体が広大なエリジニアン・ベース
<あんたたち、このあたしがいることを忘れてもらっちゃ困るわ>
「……はたして、天は我に味方をするか?」
その言葉に反して、テウルギストは賭けを前にした人間が浮かべるような表情ではなく、その先に待ち受ける未来を受け止める、そんな表情をしていた。
◆
グラディスと青霞を待ち受けていたのは、エリジウム鋼の暴走を逆手にとってロシア人勢力を追い出し、エリジニアン・ベースと“ゼムリャ”を操っていたリータ・ロース=マリー・ローゼンクウィストその人だった。
「ずいぶんと遅かったじゃないの、若き天才林青霞」
「……なっ、なぜわたしの名を?」
「そんなの、最初から知ってたに決まっているでしょう? あたしは知りたいのよ、どうすれば“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”の力を最大限引き出せるのかをね」
腕や指をせわしなく操りながらも、リータは平然と青霞に問うてくる。
「“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”。人とエリジウムが思考を通じて相互に作用できるきっかけとなった石柱さえあれば、自由自在にエリジウム鋼を操れる。そう、榛木美空のようにね」
「“モノリス・ゼロ”、“進化の柱”は人とエリジウムが思考や思念・感情を通じて相互作用し合う、きっかけになった物質であることは事実だと思います。ただ、ロシア側ではどんな解析も受け付けず、その詳細は未だ謎に包まれています」
青霞は冷や汗をかきながら解説する。リータの腕はまるでエリジニアンのような形状をしている。一体、どうして。考えられるのは、彼女が腰掛けている“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”だ。だけど、どうして……。青霞の脳裏に疑問符が浮かぶ。
「リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィスト。今すぐ蒸着を解いて、両腕を頭の後ろに回してその場に跪きなさい。そうすれば、命までは奪わないわ」
グラディスが小銃を構えて、リータに迫る。対するリータは蔑むような視線をグラディスに向けたまま、いっこうに武装解除に応じる気配はない。
「キヨシ・オイハラを殺した英米の諜報要員に投降するくらいなら、死んだほうがマシよ」
「……今、なんて?」
青霞はぎょっとなって、思わず隣のグラディスを見る。
「オペレーション・レッドメイヘム。オリハルコン――エリジウムが実用化されては困る米英が老原清志を暗殺した極秘の合同ミッション。エリジウムの民間転用を阻み、エリジウムが危険な代物だと世界に向けて発信するためのプロパガンダ的な要素も加味して実施された作戦ですわ」
老原翁の息子にして桜香の父、清志はエリジウム――当時はオリハルコンと呼ばれていた――の研究主任だった。マウスを使った実験と並行して、自身が実験台となり、制御研究にも取り組んでいた。
そんなある日、エンジンの燃焼系に細工が施された清志の車は、エンジンを始動させた瞬間に木っ端微塵に吹き飛び、運転席にいた清志は帰らぬ人となった。長期の臨床実験用のエリジウムは手つかずで、車両の整備不良に起因する事故として処理された。
「そんなっ!? イギリスはともかく、合衆国は暗殺が禁じられているはずです」
「アメリカは前世紀にフォードが署名した大統領行政命令一一九〇五号によって暗殺を禁じられていましたわ。けれど、この大統領令には暗殺の具体的な定義が抜けていたため、後にビンラディンの例を顧みるまでもなく、公然と事実上の暗殺行為が実行に移されるようになっていきましたの」
「キヨシ・オイハラの暗殺、忘れたとは言わせないわよ。そうよ、彼は殺されるような、そんな人間じゃなかった。なのに、それなのに!」
リータの黄緑色の瞳が光り輝き、バトルドレスの放熱フィンからは白い湯気が立ち上がる。その鬼気迫る表情にグラディスと青霞は嫌な予感がした。長く伸びる腕、その掌のなかで青白い光が零れ出す。
「青霞、伏せて!?」
言うが早いか、グラディスは構えを解くと青霞の華奢な体に覆いかぶさった。




