八十二皿目、 ――カレー曜日 1
長らくご無沙汰いたしました。
すみません、生きてます。
――ぱたんと扉が閉じる。
その音が、俺の日常を取り戻した合図だった。
“竜”との日々から切り離された合図。
有り得なかった毎日が終わった合図。
狐目の気配は消えていた。
きっと今廊下へ飛び出しても、その姿を見つけることはできないだろう。
幻のように去ったに違いない。
そして二度と会うことも無い。
振り向けば、がらんとした部屋が目に入った。
二匹が居ない。
ただそれだけで、こんなにも自分の部屋が広くなったような気がする。
特別賑やかな訳じゃなかった。
好奇心旺盛で悪戯っ子だが、うるさく騒いだりはしなかったし、俺が家を空けている間にも大人しく留守番していた。
なのに、居なくなってみればこんなにも静かだ。
静寂が耳に痛いっていうのは、こういうことなんだと思う。
「そうだ、あれ片付けないとな」
目に付いたボストンバッグ。鞄に詰め込んだ荷をほどく。
自分の着替えを取り出し、タオルをタンスにしまう。
財布、携帯、充電器、洗面用具。
それらを片付け終えれば、二匹のおやつと玩具が残った。
ピーナッツとビーフジャーキーは、俺が食うとして。
玩具はどうしようか。
ペットを飼っている友人にでも譲るか。
いやでも、ちょっと勿体無い気もする。
これからは、あいつらに玩具を買ってやることもないのだと思うと、やっぱり少しどころじゃなく寂しかった。
目に見えない何かが、空っぽになってしまったような虚しさ。
溜息一つ。
「……買い物にでも行くか」
気分を変えるつもりで立ち上がる。
出がけに冷蔵庫の中身を確認する。
昨日片付けてしまったおかげで、すっかりからっぽだ。
ストックのジャガイモや玉葱まで使い切ったから当然だけど。




