三十七皿目、 ――知らぬが仏 1
俺は勿論、狐目とキンダイチが出会って、しかもどつき合ってたなんてことは知る由も無かった。
その頃の俺は、アパートの自室でクロウとシロウ相手に日本語を教えていた。
「テレビ」
「テェビ」「チェレビ」
「座布団」
「ジャトン」「ザブチョ」
一つ一つ物を指差して、その名前を教えていく作業だ。
「スプーン」
「シュプン」「スプー」
「コップ」
「コプー」「カプ」
「福神漬け」
「フージュンケ?」「フジュジュエ?」
うん、これはまだ難しかったか。
「じゃあこれは?」
「カレー!」「カレー!」
「よくできました」
殻を剥いたピーナッツを投げてやる。
二匹は、うまい具合に口で受け止めた。
クロウもシロウも、教えれば教えただけ、砂が水を吸うように次々と言葉を覚えていく。
既に、自分達の名前と食べ物の名前、お気に入りの玩具の名前なら理解しているし、それらを使って単語を並べた会話の真似事ならできるようになっていた。
「クロウ」
「クォウ」「クロー」
「シロウ」
「シオウ」「シロ」
再びピーナッツを投げる。
今度は少し高く飛んだそれを、二匹は軽く跳ねてキャッチする。
「うまいうまい」
拍手してやれば、翼をぱたぱたと打ち鳴らして喜んだ。
「畳」
「ターミ」「タミ?」
「ボール」
「ボォウ」「ボーュ」
「じゃあこれは?」
「イモ」「イモ」
「う~ん、残念。半分正解」
じゃがいもを指差していた俺の手が、またピーナッツを投げる。
最近はこの名前当てゲームが、もっぱら二匹のお気に入りだった。




