四
傷について問われたけど、ジオと打ち合わせたので頑なに拒否。
喋った結果ボロが出るものなのでとにかく語らないことが一番。
逃げてきたので新しい人生を歩む、これからはきっと良いことがあるはずという本音だけ吐露。
被害届を出したら帰りたいと告げたら、その傷は心配だと食い下がられたけど拒絶。
被害届を出すのに身分証明書の提示を求められたけど、捨てたので無いと言ったらまた心配された。
美人だから言いがかりで何かされそうになったのだろう、難癖をつけてきた男性は付きまといかもしれないので危ないが、頼れる人間はいるのか、心得はあるかなど質問されたけど「自分でなんとか出来ます」と突っぱねた。
「女性兵官さんってこんなに親身になってくれるんですね」
「これまで、誰もあなたを支援してくれたり、相談に乗ってくれなかったということですね」
「閉じこもっていたようなもので接点が無かったです」
これも真実なので辻褄が合わなくなることはないだろう。
それならこれを機にとまたしても食い下がられて、あんまりにも突っぱねるのは変な気がしたので、何をしてくれるのか聞いてみることに。
すると、どのように苦労しているかで支援内容が変わるから、話しても良いと思えることだけでも話してくれないかという返事。
「……話したくありません」
あまりにも嫌な事があったの……というように、必殺泣き真似。
泣き真似というか涙は本当だ。
お金は手に入れたので、住所を覚えていれば生家へ行くのだが、朧屋に入れられてからしばらく怖い日々だったので、恐怖の記憶が色々な記憶や思い出を吹き飛ばしてしまった。
かろうじてお菓子屋の娘で、兄が三人いることや、彼らの名前は覚えている。
兄達に甘やかされたり、一緒にいたずらみたいなことをしたことも。
両親のことはお父さんとお母さんと覚えていて名前は分からないが、両親の顔や声や香りも記憶にある。
思い出したくないと泣き続けていると、カインに優しく背中を撫でられた。
「気持ちが落ち着いて、私や誰かを信頼した頃に、少しずつ話してくれればと思います」
花街の兵官達と違って親身なので、いっそのこと誘拐されて半監禁みたいな状態で育った、生家に帰りたいと言ってみようかと迷った。
しかし、その結果足抜け遊楽女だとバレたら罰を受ける。
死罪なら良いが連れ戻しだと最悪だ。自死しないように監視されるだろうから死ぬのに苦労する。
全力で死ぬし、この世を呪って放火する気でいるけど、しなくて済む事はしないままでいたい。
「……ありがとうございます。今日は被害届を出したら帰りたいです……」
こうして、副隊長の弟を名乗る人物にスリだと難癖をつけられた被害届を作成してもらい、二人で部屋から出た。
建物の外に出ると、彼女は自分がどこにいるのかを説明して、必ずまた会いに来て下さいと笑った。
「何も話さなくてええです。元気な姿を見させて下さい」
そう告げると、カインは私に木札を渡した。
不思議な模様が入っていて、穴が空いていて、そこに紐がついている。
「身分証明書が無いのでこちらを持っていて下さい。兵官が対応中みたいな意味のものです。職質された時に役立ちます」
「ご親切にありがとうございます」
「親切ではなくて、区民を助けるのが私達の仕事です」
相談所でこの札を見せて名前を言えば福祉班の男性兵官も対応してくれるという。
私は若い女性だから、女性兵官が呼ばれるだろう。
最初に対応したのはカインだという記録が残るので、他の優先事項がなければ来てくれるそうだ。
「心変わりして今、私に助けられませんか?」
「そこまで困っていないので大丈夫です。困ったら検討します。ありがとうございました」
まずは寝るところと仕事の確保。
身分証明書が無いというだけで難しいので、この辺りをうろちょろしてジオと再会待ち。
相談所であれこれ言っていたら、叔父と話したジオが私を見つけて謝罪しまくるという計画が嘘なのか本当なのか不明。
嘘でも、再会出来なくても、とりあえず相談所で仕事が見つからないと飢え死にすると言い続けるように指示されている。
文学から得た仕事の探し方はお店を一軒、一軒回るだったので、ジオから教われて助かった。
相談所へ行こうとしたら、別れたカインが私の前に立った。
「相談所で何を相談するつもりですか?」
少々雰囲気が怖いので、親切対応は不審者対応だったのだと気がついた。
「……仕事探しです」
「きっと何日も見つかりませんよ。私に相談するべきです」
「……でも話したくないです」
嘘をつくとバレる可能性が跳ね上がるとジオに言われたし、私もそう思うのでまた泣き真似をしておいた。
「ヒナさん、相談室へ戻りましょうか」
「……はい」
この喋りたく無い状態で仕事をくれたら良いのに。
朧屋の何人かは私の本名がナナミだと知っているので、外街のナナミ——特に美人のナナミ——を一人ずつ確認されそうなので名前はヒナでいく。
私は雛罌粟だからヒナと呼ばれていて、身分証明書にも「ヒナ」で登録されていた。
ヒナは皇女様の名前なので他の店にもいたので、おそらく外街でも多いはず。
幼い頃に一緒に遊んだ子の中にもヒナちゃんがいたし。
ここへ、タイミング良くジオが現れた。
ルーベル副隊長と一緒で、私の目の前に立った瞬間、叔父上、この女性ですと一言。
「ちょっとぶつかって、いきなり逃げたのでまさかと思って確認したら財布がなくて追いかけたんですが、話したように財布はありました」
「……あー!! カインさん! この人です!」
私とジオはほぼ同時に喋り、四人で相談室へ行くことになった。
それでお互いの話を確認していき、私は火消しと会うのはやっぱり恥ずかしいと逃げて誤解されて、ジオはジオで財布は袖に落ちているというのにスラれたと誤解したと発覚。
発覚というか二人で打ち合わせて作った嘘だけど。
生活困難者なら生活ぶりによっては示談と思ったけど逃げられた。仕方ないから被害届と思ったら財布はあった。
ジオはそんな感じで、他の目撃者が何か言っても辻褄が合うような嘘を作り私もその内容に賛成して共有した。
今のところ、私達の嘘は順調っぽい。
ジオが土下座の勢いで謝り、裁判官の叔父がいるので、相応しい慰謝料を払いますと告げた。
「彼の祖父母や親と共にしっかり育てているつもりでしたがすみません」
「いえ、こちらこそ怖くて助けられたいからと嘘を喚き散らしてすみませんでした」
「後のことは自分が対応させていただきます。ジオ、仕事に戻りなさい」
「はい。あの、ヒナさん。本当にすみませんでした……」
こうしてジオは部屋から去り、ルーベル副隊長は残った。
「普通ならご家族にも謝るのですが、君は訳ありさんの気配です。カインさん、どういう感じでした?」
「それが話したくないの一点張りです。話すことが怖いようで」
「そうですか。いきなり心を開くことはあまりないです」
「そこの相談所で仕事を探すというので、それなら私を頼るべきだと話していたところでした」
カインは手に持っていた巻物をルーベル副隊長へ差し出した。
それを読んだルーベル副隊長は私に困り笑いを向けた。
「兵官ではなくて火消しに助けを求めようとしました?」
「はい。兵官関係で前に嫌な目に遭ったので」
「それは大変申し訳ありません。自分達番隊幹部が部下をしっかり教育出来ていないせいです」
花街の兵官は管轄が違そうだけど違くないかもしれないので「そうですね」と言いかけて、この人を敵に回しても得は無いだろうから、短く「いえ」とだけ。
「カインさん、身体検査はしました?」
「女性相手でも怖いかもしれないと、悩んでしませんでした」
「嫌な気分になるでしょうが確認します。カインさん、珍しく医務室に女医さんが来ていたので彼女と行ってきて下さい」
「火傷の手当ても良いと言われて困っていたのでそうします」
カインに医務室へ連れて行かれて、可愛くて若めの女医目当てなのか沢山いた兵官達が追い出されて三人きりで身体検査。
念の為、いくつか痣を作っておいたので同情された。
親ですか? 夫や恋人ですか? と問いかけられたけど首を横に振って回答拒否。
ついでにまた泣いておいた。若い女の武器は涙だ。
火傷に薬を塗られて体全体を軽く見られて終了。
相談室へルーベル副隊長が部下らしき人達に囲われて書類を手にして唸っていた。
「すみません、仕事が溜まっていまして」
家族が悪い事をしたので自ら支援したいということでまだここにいたそうだ。
「カインさんに身体検査後に彼女を我が家へと言い忘れました。妻が休みで家にいるので対応してもらいます」
「奥様にですか?」
「本来の業務範囲外だけど保護所仕事もしていますし他にも少し。独自のツテコネもありますので何かしらの仕事を見つけてくれるでしょう」
ルーベル副隊長の妻は、そこにある屯所の相談所からもちょこちょこ生活に困っている区民を引き取るそうだ。
「副隊長! ここにいると聞きました!」
「相談室が事務所みたいになるから後でにして下さい!」
世直し隊とやらが役所前で抗議活動をしているらしくてその報告で、相談室は私とカインだけになった。
「世直し隊ってなんですか?」
「昔からいる、怠惰で公金をせびろうとする迷惑な区民です。ご存知ないんですね」
「狭い世界で生きていたので世間に疎いです」
こうして、私はカインに連れられてルーベル副隊長の家へ行くことになった。




