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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
恋慕追走ノ章
73/122

 飛行船事故から約一ヶ月程経過して、身元不明者アリアは順調に回復してみえる。

 暗い顔でほとんど喋らないところから、小生意気な発言をよくするようになり、よく笑う。

 記憶が失われてもアリアはアリアのようで、発言も笑顔も俺からすると、二人は同じだ。


 死のうとしたり、やめたり、舞台が恋しくなったり、アリアの世話を一生したいと考えたり、この一ヶ月は、俺のこれまでの人生の中でもかなり濃い。


 三味線を背負ってアリアに見送られてレオ家を出て、新しい友人アズサの家へ向かう。

 のぼりを後ろ帯に刺し、半面を被り、三味線をしっかり固定して、歩きながら基礎練習。

 正直、既に百回以上舞台にあがっている俺でも恥ずかしいのだが、師匠が「まだまだ度胸が足りませんのね」とか「まだまだ指を自在に使えないのですか」と鼻で笑ったので、売り言葉に買い言葉。

 穏やかで優しくて低姿勢の師匠は、芸事に関することだと真逆になる。


 師匠の親友が働くお店の宣伝をしながら三味線の基礎練習と曲を繰り返す。

 これはもう片手の数を超えたので、俺はすっかり有名人。

 昔いたとか、何年も経って二代目だと言われたことがあるのだが、それはウィオラ姉上らしい。

 かつて彼女は、激務の婚約者のためにせっせと屯所へ通っていたそうで、その時にこれをしていたそうだ。


 弟子なので弟子だと返しているが、どこの所属と聞かれた場合は雑に「空です」と告げている。

 夕暮れ時には空に帰る(かすみ)でございますだ。


 演奏を続けて歩いていると、話しかけてくる人は滅多にいない。

 いるとしたらついてきて、演奏と演奏の合間を狙った確信犯。

 先日は、音楽会に出席してくれないかと誘ってきた中年男性がいたけど、今日は特にいなかった。


 クギヤネ家に到着して、いつものように家の人と挨拶を交わし、離れにいるアズサのところへと思っていたら居間へ通された。

 眠り姫はわずか二日で目覚めたようで、俺の顔を見てニコリと笑った。

 顔色が悪いのは二日間食べられていないからか、それとも病魔が彼女の体を更に(むしば)んだからか。


 ちょうど、主治医の診察が終わったところで、変わりなさそうと言われたと、アズサはまた笑った。

 アズサは非定型疾患ということで、治験施設入所を保留されている。

 治験しようにも、準備したものでは研究にならないという理由で。

 人様の役に立ちたいけど、好きな人の近くで暮らしたいので悩むと、アズサもまた返事を保留にしている。


「おはようございます、眠り姫」


「ふふっ。前にも言ったけど、お姫様だなんて似合わないですよ」


「じゃあ言い方を変えまして、レイスさんの眠り姫」


 アズサは途端に真っ赤になって、扇子を出して顔を隠した。愉快過ぎる。

 数回しか見なかったが、アリアもこうなったなと少し感傷に浸る。

 身元不明者アリアはどこからどう見ても俺の知る歌姫アリアのようなのに、俺と彼女の間にあった絆だけは切れてしまった。


 男性だと知っても、アリアはそんなに態度を変えず。

 話しやすいからと相変わらず親しくしれていて、そこにあるのは男女の友情だ。

 ユミトが来訪するたびに、俺に向けていた恋する眼差しを彼に向けるので、それはやめてもらいたい。

 うんざりするし、腹も立つし、やめて欲しいけど、今後のアリアの為になるだろうから応援している。


 今後の彼女はユミトの妻みたいに、とても平凡で幸福な人生を歩むべきだ。

 死のうとした過去も、記憶をなくす程に苦痛だった宝物喪失のことも忘れて。

 記憶がないので、生き延びていた奇跡の歌姫、みたいに祭り上げられても困るだろうし、どういうこき使われ方をするのかも分かったものではない。


「もっ、もう。揶揄(からか)わないで下さい」


「他人をおちょくるのは私の趣味です」


 せっかく目覚めた今日は何がしたいのかと尋ねたら、待ち伏せと言われた。


「待ち伏せ? どういうことですか?」


「憧れの待ち伏せです」


 レイスの下校を校門前で待ち伏せして、枝文を渡したいけど、南一区は遠過ぎる。

 そこで、彼が降りる立ち乗り馬車の停留所にしたい。

 そんなの、二つ返事で了承だ。


 日傘、常備薬、枝文を持っているか再確認して、使用人とアズサの母親に見送られて出発。

 レイスが降りる立ち乗り馬車の停留所は十中八九、クギヤネ家に行きやすいところ。


「一昨日も昨日も来て下さったそうのに、眠っていたなんて大損です」


「今日も顔すら見られないと思っていたところに待ち伏せですから、きっと喜びますよ」


「そうでしょうか。お気持ちをいただきましたし、お見舞いに来てくださるので多分そうなのですが、緊張します」


 まだまだ冬なのに春真っ盛りみたいで大変微笑ましい。

 アズサの歩幅に合わせて、体に負荷がかからないようにゆっくり歩く。

 

「歩きながら弾く練習をしているので、付き合ってくださいますか?」


「もちろんです」


「では、そろそろ季節なので梅便りを」


 化粧でそれなりに美人の俺と、薄化粧でも元が良いので美少女のアズサが並んで歩いて、三味線の音でここにいますよと示せば注目の的。

 惚ける男性達に流し目をして、彼らの表情を盗む。

 何の為に女装しているのですか。所作を女性らしくするだけではなくて、様々な表情を観察することに利用して、鏡を使って自在に顔を作る訓練をしなさいという、鬼師匠の指摘を思い出す。

 人の時間は有限なのだから、効率的に稽古をした者が高みに昇っていく。

 自らを凡才だと嘆くなら、勘で密度の濃い稽古を出来る者達に負けないように、知識を使って実の成る稽古をしなさい。


 稽古、稽古、稽古、稽古、稽古ばかりであの煌びやかな舞台が恋しいし、アサヴと語りたい話も増えたが、まだ帰る気にはなれない。

 他人、別人になったとはいえ、彼女の肉体は俺の惚れたアリアで性格もあまり変わらずだから、彼女の人生にまだまだ寄り添いたいし、アズサのこともある。


 三味線を弾きながら、目の前に梅の気配はしないなとため息。

 梅の景色や匂いの錯覚がしてこそ本物の演奏家なのに。

 最後まで弾ききって、動きながらで失敗したところを脳内で確認。


「ミズキさんの演奏はやっぱり凄いですね。ここには梅がないのに、梅園にいるみたいでした」


「……そう、ですか?」


「ええ」


 心の底からみたいにニッコリ笑いかけられて、胸の奥がむず痒い。

 そうか、そうなのか。


「あの、私。変なことを言いました? どうしました?」


「いえ、褒められて嬉しかっただけです」


 演技、演技と思うのに、唇の端が震えてついニヤけてしまう。


「ふふっ。ミズキさんの照れ顔はかわゆいですね」


 ツンツン、ツンツンと頬をつつかれながら、この場にレイスがいたら憤慨して、あとで掴みかかられそうだと違う意味でも笑う。

 曲の次は基礎練習。そしてまた梅便りを弾き、目的地に到着。

 停留所の近くには茶屋があり、そんなに待たなそうな気がしたので、外の長椅子に腰掛けて、末銅貨を払ってお茶を飲むことに。


「あちらの雲は蝶々のようです」


「蝶々といえば、桃源胡蝶演舞という演目がありますので、ちょっと披露しましょうか。お小遣い稼ぎも兼ねて」


 この世の全ての場所は舞台で、作られた舞台で自ら足を運んだ客を満足させることはわりと簡単だが、興味の無い者を惹きつけてこそ本物である。

 と、いう訳で師匠は俺にちょこちょこ道芸をさせるのだが、これが中々難しくて慣れない。


「お小遣い稼ぎってなんでしょうか」


「ここで道芸です」


 店員に声を掛けて、人が集まったら団子などが売れるので良いかと許可を取り、足元に風呂敷を広げて箱を置いて、そこに少しばかりの小銭を投入。

 座っているので、語り弾き。

 アズサはこれまでの生活からして、道芸も舞台観劇もしたことがないので、俺から彼女へのちょっとした贈り物でもある。


 立ち乗り馬車が到着して、目的の人物が現れたので、語り弾きは中止。


「続きは来週、同じ時間にここで。皆さんからのおひねり次第です」


 手を合わせて右頬の横に当てて、にっこり笑っておねだり。

 結構集まったような、集まっていないような。

 

 立ち乗り馬車から降りてきたレイスは即座にアズサに気がつき、ゆっくりと目を見開き、ほんのり頬を赤らめて、一気に笑顔になった。

 あっという間に駆け寄ってきて、俺には目をくれず、彼女の前に立つと、目を覚ましたんですね、体調は悪くないですかとまくしたてた。

 アズサがゆっくり立ち上がり、照れ顔で小さく頷く。


「このように元気です。ご心配ありがとうございます。学校、お疲れ様でした」


「い、いえ。それにしても一人で大丈夫でした?」


 俺もいるけどと、三味線を鳴らして無言で主張。


「……ああ、ミズキさん。いらしたんですか」


「酷いわレイスさん。私と別れて他の女性と……という時点で辛いのに、そのように悪態ばかり」


 ミズキ、悲しいというように泣いてみせたら、レイスは「泣く練習はやめて下さい」と呆れ顔。


「別れて……?」


「ち、違っ、違います! ミズキさんのいつものふざけです!」


「あはは。分かっています。ミズキさんは皆をからかういたずらさんですからね」


 少し離れたところで傍観していたアズサの兄が近寄ってきて、レイスはアズサのお見舞いをしたら、今日は赤鹿乗り練習をする予定だと教えた。


「アズサさんは目を覚ましたことですし、自分と一緒に見学はどうでしょうか」


 全員賛成となって、赤鹿乗りの練習をするところはレオ家なのだが、アズサには遠いのではと、どうすると良いか考えることに。

 そうしたらそこへ赤鹿警兵ユミトが現れて、レイスを見て間に合ったと笑った。

 練習前にお見舞いに行くと聞いていたので、それなら時間短縮も兼ねて迎えだと、こうして来たそうだ。


 レイスはユミトにクギヤネ兄妹を紹介して、自分達は歩くので、アズサを赤鹿で運んで欲しいと頼んだ。


「へぇ、この子がレイス君のアズサちゃんかぁ。昔はこーんなにちんまりで、ロイさんやリルさんの後ろにもじもじ隠れていたのに、もう縁談かぁ」


 ユミトは既にアズサを知っているのに初対面みたいな顔をしてこの台詞。

 このからかい発言に、レイスは真っ赤になって怒って、ユミトを俺達から少し離して、こちらに聞こえないように何かを言い始めた。


「レイス君のアズサちゃんですって」


「……も、もうっ! おやめください」


 からかったらアズサも真っ赤。

 俺はこういう感じの女性が好みだったはずなのに、今はアリアの照れ隠しの憎まれ口が恋しい。

 ユミトとレイスが戻ってきて、ユミトの軽い謝罪が終わると移動を開始。

 クギヤネ兄妹が赤鹿に乗り、ユミトが手綱を引いて、俺とレイスは徒歩。


 稽古をするかと歩きながら三味線の基礎練習。

 赤鹿に三味線演奏なのでとても目立つ。


 俺もレイスも鍵を持っているので勝手に家に上がれるけど、呼び鐘を鳴らしたので玄関で少し待つ。

 出迎えてくれたのは予想通りアリアだった。

 精神的に落ち着いてきたし、煌国文化も少しは覚えてきたので、そろそろ外出してみようという話が出ているがまだなので、現在彼女はこの家の留守番や雑用係だ。


 アリアは真っ先にユミトさん、と目を輝かせると思ったけど、彼女はジッとアズサを見つめた。

 俺がクギヤネ兄妹を紹介すると、アリアは自己紹介よりも前に「噂のミズキの恋人さんですね」と、ますますアズサを眺めた。

 きょとん、とアズサが目を丸くする。


「彼女はレイスさんの恋人です」


「ち、違っ! 失礼ですよミズキさん! 恋人になって欲しいとお願いしている女性です! 訂正してください!」


 本人がすぐ近くにいるのに直球だな。アズサは扇子を出して顔を全部隠している。


「ミズキが毎日せっせと会いに行っているのがアズサさんなんでしょう? それとも違うアズサさん?」


「それはこちらのアズサさんです。私の大事な友人です」


「友人なの」


「友人です」


 アリアはふーんというようにアズサとレイスを交互に眺めて、どうぞお客様と中へ促した。


「そうだ、ミズキ」


 家にあがるユミトを目で追いかけていたアリアが俺に近寄ってきて、着物の懐から手紙を出して差し出した。

 それはかなり分厚くて、ひっくり返して確認したら、送り主は知らない男らしき名前。


「今日、届いたの。エルさんが応対したんだけどね、偉い感じの人が来て、この手紙が立派な箱に入っていたんだって。絶対に大事な手紙だから私が大切に預かっておいたわ」


「ありがとうございます」


 居間に一度集まった皆や、そこにいたエルに挨拶をして、席を外すと告げて、気になる手紙を先に読もうと自室へ。

 

 手紙を開くと、差出人は自分は猛虎将軍の最等家臣の長男であると記載してあった。

 育ちの良い美しい煌文字で、こういう話が記してあった。


 とても、とても迷ったのだが、亡き親友の為に筆を取ることにした。

 その親友とは、あの歌姫アリアのことで、彼が知る彼女の半生が簡単に書いてある。

 読み進めているうちに自然と体が震えた。

 この手紙は、彼女が探していた「イジュキ」候補数名に送っていて、俺のことは「女性だった」というので外したが、戸籍を調べたら男性で、軽く調べたら役者修行の為に女装をしているというので、こうして筆を取ったという。

 

(待て待て待て……この話には覚えがあるからイジュキは俺のこと……あの大嘘つき……)


『いつ、なんで俺? そんな素振り、全然無かったと思うんですけど』


『……』


 あの時何も言わなかったのは、俺が小さい頃に出会った異国の女の子の名前を覚えていなかったからだろうか。

 アリアに約束を忘れたら怒るわよと言われて押し付けられた、遺品みたいになってしまった日傘を慌てて確認。

 その柄には、俺の母親の名前が刻まれていた。

 これは俺が母に傾けていて、具合が悪そうだった少女へ贈ったもの。


 俺はこの日の夜に、恐ろしく冷たい水の中で溺れる夢を見た。

 それで、必死に自分の名前を呼び、頭に何かがぶつかり意識が飛びかけて、瞬間、喉に焼けるような激痛が走り、飛び起きた。

 夜明け前の暗い部屋で震えながら体を起こして、頭を抱え、吐き気がしたので離れから飛び出して庭の端で嘔吐。


「助けてミズキって……夢なのに生々し過ぎだ……」


 彼女はどんな気持ちで俺と共にいたのだろう。

 あの一回限りの特別公演に、行かないでと言いたいのに言えないという舞台に、全てが詰まっていたに違いない。


 ひとしきり吐いたら涙がとめどなく流れて止まらなくて、不意に背中に誰かの手が当てられたので、そっと顔を上げるとアリアだった。


「こんなところでどうしたのミズキ! 具合が悪いの?」


「……君こそ、こんな夜明けにどうしたのですか……」


 予想外の遭遇に思わず立ち上がる。


「私? 私はいつもの悪夢よ。だから気晴らしに散歩ー」


「そう……ですか。大丈夫ですか?」


「もう少し明るくなるとミズキが琴の練習をしているでしょう? 魔法みたいに落ち着くから良く聴いているの。悪夢を見て良かった。ミズキがこんなに辛そうな時に気がつけたもの」


 体が冷えているわと褞袍(どてら)を渡されそうになったので、風邪をひくから脱ぐなと告げた。


「風邪をひくのはあなたよ」


「良いから脱がないで着ていて下さい。俺の演奏で落ち着くなら、部屋を訪ねてくれて良いのに、外で盗み聴きしていたなんて……」


「うんと努力している人の邪魔なんてしたくないわ」


 具合が悪いなら、養生しないとと手を取られ、思わずその手を握り返す。

 とういう経緯で彼女が海で死にかけたのかは謎だが、こうして生きていて温かい。

 

「俺も悪夢を見ただけです。人がいてくれれば落ち着くから演奏したいです。曲の希望はありますか?」


「そう? それならね」


 振り返ったアリアが、ミズキに弾いて欲しい曲があるのと笑うと、ちょうど朝日が昇って彼女を煌めかせた。

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