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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
53/122

十一

 クギヤネ家での合宿勉強会中、アズサの父親に俺だけが呼び出された。

 話はまず叔父の事で、こういう付き合いがあると教わり、知らなかった話なので、素直にそう伝えた。

 次の話は、スザクと親しくしてくれてありがとうという感謝話。

 そしてその次が、身構えていた、アズサとの文通のこと。


「人並みのことを出来ずに育った娘なので、練習でも普通の娘のように誰かと文通なんて嬉しいです。練習にお付き合いいただき、ありがとうございます」


 穏やかな笑顔なので、不快感や嫌悪は抱かれてなさそう。ただ、練習を強調された気もする。


「いえ、こちらこそありがとうございます」


「今は練習ですが、そのうち正式なお申し込みがありますようにと祈っています。では、息子をよろしくお願いします」


 父と叔父への手紙を渡されたので受け取り、話は終わりのようなので退室。

 正式なお申し込みとは、文通お申し込みのことになる。元服前の半人前が文通お申し込みなんて、俺としては不誠実な気がするけど、今の練習文通との差も分からない。

 父や叔父に報告するのは、なんだか気が滅入るので、ミズキを仲介したいところ。


 この日、俺達三人は与えられた部屋で三人だけで夕食を摂り、部屋から出るのはスザクと共に。

 俺が再びアズサと出会えたのは、三人で家を出る際に、母親と共に「いってらっしゃいませ」と見送りにきてくれた時だった。


「お世話になりましたが、今夜もまたお世話になります」


 イオリも俺も同じ台詞を口にして、似たような会釈を返した。


「皆さんのお帰りをお待ちしております」


 こうして、家を出たらイオリに「口元が緩んでいますよ」と揶揄(からか)われた。


「緩んでいません」


「緩んでます」


「緩んでます」


「退学にならないように復唱しなさい」


 俺はイオリの指摘から逃げる為に彼に勉強をさせることにした。

 延々と龍神王説法を復唱させたら、全て覚えている俺は恐ろしいと指摘された。

 しかし、スザクが「覚えているものですよね?」とイオリに不思議そうな顔で言い放ったので、国立男子学生としては、俺やスザクが「普通」だ。


 ★★★


 その日も俺達はクギヤネ家で過ごして勉強三昧。

 その翌日、登校する際に、またアズサに見送ってもらえて気分良し。


 放課後、今日から二日間の合宿勉強会は我が家で行う。

 他の家の男性と同じ屋根の下は、と家から出されたユリアは近くの幼馴染の家。


 母の美味しい料理を堪能して、風呂の後は延々と勉強をして、学校へ行き、土曜なので半日で帰って来てまた勉強会。

 そこへ警兵ユミトが予定通り赤鹿を連れて来てくれた。

 お礼を告げてスザクとイオリと共に赤鹿乗り体験。

 何度も乗っているけど、祖父と母も便乗。


 ユミトと色々話しているうちに、年が明けたら、俺達は家族と共に、再び赤鹿乗り体験をすることに。

 その後も勉強をして、食事と風呂で息抜きをして、また夜は勉強会。

 試験前、最後の日である日曜は、各自家で勉強と決めていたので朝に解散。


 俺は自宅なのでスザクとイオリを見送り、用事があるので母の実家へ。

 ミズキがいるか確認したけど不在だった。東地区へ帰る前に、向こうからでは遠い西地区へ小旅行だそうだ。

 従兄弟ジオがいたけど、ジオにはなんとなく言いたくないので、アズサへの文通お申し込みの話はせず。

 部屋を訪ねて、ジオと雑談をしながら悩んだけど、気乗りしなくて。


「ケホケホッ」


「なんだジオ(にい)、風邪ですか?」


「シイナからうつったかな」


 明日、通学するには帰った方が楽だけど、平均狙いの俺はもう勉強する気がないので、こっちでジオや従兄弟達と遊んでいたい。

 制服も鞄も持ってきているので、どうしようかなぁと考えていたら祖母が来た。


「レイス。ララが熱を出したの。あなた、来週から試験よね? うつったら困るから帰りなさい」


「お気遣いありがとうございます。ララは大丈夫ですか?」


「一応、ロカのところへ連れて行くわ。ジオ、留守をお願い」


 ロカは俺の叔母の一人で、薬師になり、小物屋へ嫁いだのでこの家では暮らしていない。


「レイス。一緒に居間へ行きましょう」


「自分は試験前なので帰ります」


「手伝って下さい。この薄情者」


「レイスはラルスを連れて帰ってちょうだい。次々うつったら困るから。荷造りはしてあるわ。リルによろしく」


 二才児ラルスが風邪をひいて、コロッと死んだら困るので避難は仕方がないけど、あの嫌々期の従兄弟を連れ帰るのは骨が折れそう。

 ラルスの荷造りをして娘を背負った祖母と家を出て、俺とラルスは祖母が捕まえた火消しに預けられた。


 災害時に大活躍する区民の英雄である火消しは、平時はわりと雑用係。

 病気関係は火消しへ依頼となっているので、こういう送迎も彼らの業務範囲だけど、知らないと頼めない。

 俺達家族親戚は火消しと親しいので、彼らがわりとなんでもほいほい引き受けてくれると知っている。


 優しそうな顔の中年火消しが、ラルスを高い高いをしながら歩き出したけど、ラルスはぎゃあぎゃあ泣いている。


「うぇぇぇえええええ! ちちいいいいいい!」


 お父さんが良いというように、ラルスは俺に手を伸ばして大絶叫。


「えれぇ若いお父さんだな」


「従兄弟です! この子の父親と顔が似ているから間違えているだけです」


 歩いていたら顔見知りの火消し、ヤァドと遭遇。

 状況を尋ねられたので説明したら、火消し交代ということで中年火消しが去り、ヤァドが泣きわめくラルスを抱っこして、ニコニコ歩き出した。


「この間会ったのに、ラルスはもう俺を忘れたのか。ネビーが薄情だからだな。ちびを連れて遊びに来いって言うてるのに、忙しい、忙しい、お前が来いって何様だ。副隊長様か! あはは」


 最初は泣いていたラルスだけど、気がつけば面識のあるヤァドに懐いて、肩車に喜び、抱っこされても喜ぶようになり、寝た。

 こうして、従兄弟ラルスは我が家へ来て、母の顔を見たらリス、リスと上機嫌。


「リスではなくリルです。ラルス君。リルです」


「あのね。ラァはリスとあそぶ」


 叔父と母は父親似で顔が似ていて、俺は母親似なので、ラルスは父親と似た顔の母や俺に懐いていて、母だと顕著。

 しかし、二刻くらい経過すると、ラルスはついに気がついてしまった。


「ははああああああ! ちちいいいいい! いないいいいいいい!」


 しかし、俺の母はラルスが泣くのを無視して、暴れるのに背中におぶって、淡々と家事を進めていった。

 手伝いがいるか気になって、俺は居間で勉強をしているけど、母は何も言わない。

 祖父や祖母と弟がたまに、ラルスをあやそうとして、母を追いかけたり戻ってきたり。

 そこへ、幼馴染の家に泊まってずっと遊んでいたユリアが帰宅。


「ユリア、ラルスが風邪屋敷から避難してきているんで、母上を手伝ってあげて下さい。自分は明日から試験なのでお願いします」


「はい」


 こういうことは珍しいことではないので、我が家は全員慣れている。

 翌日から試験週間を迎え、ラルスがいる事以外と試験期間という事以外は日常生活。


 試験が終わる頃に、母の実家から死屍累々のようで助けて欲しいという遣いが来た。

 その遣いとは、俺の幼馴染のテオで、叔父ネビー以外の成人が熱で寝込んで、ウィオラに至っては勤務先のオケアヌス神社で寝込んで、帰ってくることすら出来ていないと告げた。

 子ども達は先に体調を崩したので、先に良くなり、そこそこ元気らしい。


「ネビーさんが、自分しか看病する人がいないって仕事を休んだものの、家事が全然出来ないから親父に泣きついてきた。でもハ組も人手不足。冬は火事だ風邪だって忙しくて」


 見習いのテオなら人手として出せるけど、試験直前なので悪いということで、叔父ネビーが出した結論は「助けてリル」だそうだ。

 ふむふむ、というように聞いていた母はこう決断。


「私は実家に帰ります」


 女学生は申請すれば、こういう時は家守り修行や良妻賢母教育の名の下に休める上に単位ももらえる。

 よって、ユリアには学校を休んでもらい、あと数日で今学年履修終了なので、そのまま冬休みに突入してもらうことになった。

 

「……母上。ユリアには無理ではないですか?」


「レイス、私は頑張ります」


 祖父母もユリアはあてにならないと渋ったけど、どう考えても母の実家には母が必要なので送り出すことに。


「お兄さんはじゃ……息子と一緒がええと思うのでこっちへ寄越します」


「リルさん。今、あなた。ネビーさんは邪魔って言おうとしたわよね?」


「お義母さん。言おうとしていません」


「まぁ、ええです。子守りがいるのは助かります。自分の息子の面倒くらい見られるでしょう」


 こうして、もう間も無く年末なのに母が我が家から去り、代わりに叔父が来て、学校から帰ってきたら、毎日叔父に用がある兵官がわんさかいる。

 

「子守りがあるし、我が家を助けてくれている妹の代わりに年末の大掃除と、妻の見舞いで忙しいから、細かいことはガイさんに頼んで下さい」


 叔父はそう言って、部下や同僚を祖父へ押し付け、勉強になるからと俺も巻き添え。

 祖母が「ユリアには任せておけません」と家事有能な俺にあれこれ頼むのに、なんでそんなことまで。

 

 のんびり屋で要領の悪いユリアは、年末の商売終了日を勘違いもしたので、年末年始の買いだめを出来ず。

 出来るというので別のことを引き受けたのに。

 仕方がないと、ユリアはおにぎり祭りを開催すると宣言。

 年末の夕方に、嫌な予感がしたので、実家で色々作って持って来たという母が帰ってこなければ、年末年始の食事がおにぎりだけになるところだった。


「ユリアさん、なぜ漬物がないんですか?」


「分かりません」


 それは、祖父と父が、ユリアの食事は……と母の味を求めてつまみ食いして、新しく漬けてないから。

 ユリアが忘れるから、俺はきちんと糠床管理をしたけど、野菜追加はしなかった。

 たまには怒られろユリアということで、買い物について傍観したように。


「ユリア。氷蔵にたまごがありませんでした」


「買い忘れました」


「お味噌は?」


「足りると思ったら足りなくなりました。もう今年の営業が終わっていました」


「お野菜は?」


「買い忘れました」


「女学校を卒業したら、もう少し家事を頑張りましょうね」


「はい」


 なんでユリアはそれで済むんだ! と腹を立てたけど、理由は「この家事がダメな娘は働くしかない。働いて稼いで人を雇って生きた方が良い」という諦めだろうから、そこまでイライラはしない。


 ★★★


 我が家はこういう年末を過ごしたのだが、同時並行で学校のことはこうだった。


 他所様の大事な娘さんと正式に文通するなら、半端人間や不誠実なのは良くないと考えて、全力で試験に臨んだら、入学式以来の次席。

 またしても三席のスザクは俺に抜かされて悔しそうにしたけど、友人同士で学年二位、三位とは誇らしいと、嫌な態度を取らずに笑ってくれた。

 学校関係では、俺の周りには性格があまり良くないような人間がたまたま多かったので、スザクが輝いて見える。


 イオリはなんとか退学を免れたけど、数点足りただけという崖っぷちだったそうだ。

 先生に呼び出されたイオリは、学年二位と三位がつきっきりで教えてくれたので、ちんぷんかんぷんになっていた基礎を学び直せてこの結果に至ったと、胸を張ったという。

 生活態度は優等生のイオリを退学させたい先生はいないので、俺とスザクは呼び出されて、イオリと最終学年の教室を同じにするので、彼をよろしくと頼まれた。


 三家集まって赤鹿乗り体験は、年が明けた最初の週末、学校が始まる前に、新年の参拝を兼ねてオケアヌス神社へ。

 クギヤネ家は娘の快気祝いをするそうで、幼い頃以来で海を見た記憶か無いアズサに、海を見せたいし、体力温存のために宿泊してから来訪する。

 

 予感がする。

 俺にとっても、アズサにとっても、来年はきっと、素晴らしい年になるだろう。

 そこに「二人にとって素晴らしい」という文言がついたら最高だ。

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