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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
絶望ノ章
45/122

 ミズキという男性は不思議な雰囲気を(まと)っていて、騙されて揶揄(からか)われたのに、気がついたら一緒に風呂に入っていて、彼に与えられた部屋で酒盛りまでしていた。

 ミズキはこの家の人間には男性だと見抜かれても構わないと、部屋では男性用の浴衣姿で、よく絞られて拭かれた長い髪は一本結び。

 

 叔母の関係者が、彼女の実家のある東地区から来ることは良くあるけど、同年代男性は初。

 今、学校や東地区で何が流行っているのかとか、学校はどうしたのかとついつい質問。

 そうしたら、ミズキはもう学生ではなくて、まもなく二十才だった。

 

「一座の若手で流行っていたのは象棋(シャンチ)で、服飾は(フラァ)国風を少し取り入れたりですね」


象棋(シャンチ)は知らないけど、(フラァ)国風はこっちでもそうです」


「大規模交易団が来国して、流行らないはずがありません」


 俺はつい、その大規模交易団と共に来た、あの百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の歌姫エリカが主役の公演を観たと自慢。

 叔母が仕事の関係でと言いかけて、その叔母はミズキと血の近い親戚だと思い出す。


「姉上が用意したんですよね。歌姫アリアの公演は観なかったんですか?」


「両方の公演を家族親戚全員分は無理で、二手に分かれたんです。二番手エリカよりも、あのミシェと同格なんて言われるアリアの歌を聴いてみたかったです」


 しかも、俺が行けなかった公演日は特別公演だったらしく、初脚本が披露されて、歌姫アリアは怪演だったと新聞は大賑わい。

 緊急性はない話なのに、瓦版まで作られた。

 新聞は国がロストテクノロジーを使って発行するものだけど、瓦版は区民独自の情報網だから、事件以外のこともそのように記事になるが、刷れる枚数は少なく、配布される場所も広くはない。


「歌姫アリアの姿絵くらいは見てみたかったけど、取り合いで手に入りませんでした」


「歌姫二人関係のものがいくつか資料としてありますけど、実物と似ていませんよ」


「えっ?」


 ミズキは荷物から(フラァ)国関係のものを取り出して、そこから浮絵数枚と瓦版、それから歌姫二人と子どもが描かれている絵を見せてくれた。

 所属している輝き屋は、交易団が帰国したら歌劇の内容を陽舞妓(よぶき)に落とし込んで大儲けする予定なので、研究資料だそうだ。


 歌姫エリカは甘ったるい顔つきで、艶々そうな濃い茶色の髪の美少女。

 観劇はしたけど席は遠く、顔が小さくて手足が長いなぁとしか認識出来なかったので、この絵の方がきっと実物に近いだろう。


 歌姫アリアはエリカよりも明るい茶髪で、この国には全然いない巻き髪だ。

 妹のユリアはアリアの公演を観たので、あの巻き髪になりたいと三つ編みをして寝て、全然そうならなかったと落ち込み、ボサボサ頭では登校できないと、母に泣きついて髪を編み込んでもらっていた。

 アリアの顔立ちはキツく、俺はあまり好みではない。母には五人の姉妹がいるのだが、母のすぐ下の妹は飛び抜けて美人で、こういう猫っぽい顔立ちのとびきりの美女。

 なので余計に嫌だ。


「絵ですけど、歌姫アリアを気に入りました?」


「いえ。叔母に似た系統なのであまりです。歌姫エリカはこんなにかわゆいのかぁ。声も演技もかわゆかったからなぁ。絵が似てなくても、こういう雰囲気で美女なのは確定しているからええ。すこぶるええ」


 ユリアが素晴らしかったと自慢するから悔しかったけど、俺はエリカの公演で良かった。


「叔母ということは、姉上の義理の姉妹さんですよね? ご挨拶した方々には、この絵に似た方はいらっしゃいませんでした」


「ルル叔母上は火消しに嫁いで、夫の上地区本部異動に伴い、引っ越しました」


「……姉上の妹には、火消しのお嫁さんがいたのですか。そんな話は聞いていません!」


 良家の息子娘あるある、区民に人気の火消しという単語に過剰反応。

 少々文句を言ってくるというので、ついていく。

 ついていったというか、まだこのお屋敷の間取りを把握していないので、俺がミズキを連れていった。

 叔母はお稽古中で、稽古部屋から楽器の音がする時は出入り禁止だけど、ミズキは俺の説明を無視して障子を開いた。


 しかし、叔母は無表情で琴を弾く続けていて、俺達に気がつかず。

 今夜も叔母は基礎練習をしていて、その集中力は凄まじく、ミズキが「姉上」と声を掛けても反応無し。


 そそそっと移動したミズキが琴の上に右手を伸ばすと、ようやく叔母は彼の存在に気がついた。


「お稽古は明日からにしますとお伝えしましたが、今からにしますか?」


「久しぶりに姉上の桜吹雪(おうふぶき)を聴きとうございます」


「構いませんよ」


 今は秋になったばかりなのになぜ春の定番曲。火消し話はどこへ消えた。

 叔母が桜吹雪(おうふぶき)を弾き始めると、室内はあっという間に春のような雰囲気で、目の前に満開の桜と舞い散る花びらの幻覚が登場。


「ミズキさん。弾いてみなさい」


「はい」


「おじい様の琴ですので、ミズキさんの方が余程手に馴染んでいるでしょう。癖のある琴ですが、この琴について何も教えなくても分かりますね」


「はい」


 叔母の言うおじい様とは、三年前に亡くなった彼女の祖父の事。

 叔母がミズキに席を譲ると、彼は懐から爪を取り出した。なぜ寝巻きの懐に入っている。

 ミズキは最初からここへ来るつもりだったのだろうか。


「下手な演奏でしたら、私が許可しない限り、人前で演奏することを禁じます」


「かしこまりました」


 こうして、ミズキも桜吹雪(おうふぶき)を演奏。

 幼い頃から数年間、叔母に琴を習っていた俺はそこそこ耳が良い。

 だからミズキの琴の音に狂いが無いのも、楽譜にとても忠実なのも理解出来る。

 ただ、それだけ。美しく完璧なお手本のような桜吹雪(おうふぶき)に、俺は何の感銘も受けない。

 少し狂わせて遊ぶように弾いた叔母の桜吹雪(おうふぶき)が恋しい。


「生意気ですね。ミズキさん。私と同じように弾いてみなさい」


「はい」


 今の生意気とは、教わりにきたのに、師匠の演奏を無視したからという意味だろう。

 ミズキが弾き方を変更すると、叔母の桜吹雪に似た演奏になったが、どこか物悲しく、寂しくなってくる。

 春爛漫というよりも、春の終わりというような演奏だ。


「……すみません師匠。これ以上は弾けません。恥を晒すだけですので」


「私の演奏をどうすれば真似出来るのか把握出来るのに、技術が伴わないから再現出来ないのですよ。こちらを真似してみなさい」


 叔母が基礎演奏を行い、次にミズキが実施。

 ミズキはすぐに注意されたけど、俺が叔母に習っていた時に、こんな細かい指摘をされたことはない。


「予定通り、一週間で帰りますか?」


「師匠や父に息抜きしてきなさいと言われました。一週間もあれば発見があり、視界が広がるだろうと」


「お父様はご自分で指導したいのでしょう。役者はやめて、演奏家の道にと望んでいます。今、一門の中で最も期待されているのはミズキさんですもの」


「……まさか。自分は三番手です」


「五番手以内で五人の中に優劣はほぼありません。好みなどで順位を付けることは可能ですけれど。しかしミズキさんはおじい様の最後の本格弟子です。貴方が腐ると他の四人も腐ります」


 父からの連絡通り、腐って実力を出せないのではなくて、実力不足で自信を喪失して負の循環のようだ。

 叔母はそう告げて微笑んだ。その目には我が子や甥に向ける慈しみや優しさは滲んでおらず、ミズキを値踏みしているような印象を受けた。


「ミズキさん。全てを望むのなら、似たような道を歩む者として、教えられる全てを教えます」


「姉上なら、琴も三味線も歌も舞も演技も全て指導するということですね」


「ええ」


「一週間で帰るのなら、そのような指導はしないということでよろしいでしょうか」


「その通りです。お父様やお父上は、ミズキさんが私の本格弟子を望んだら、まず半年と申しております」


 この重苦しい空気、俺のいないところでして欲しい。


「私はこれでもそこそこ多忙ですので自分の能力を保つのに精一杯。本格弟子は取りたくないですが、ミズキさんはおじい様の忘れ形見です」


「姉上。鼻の高い、この若輩に、どうかご指導をお願い致します」


「こちらこそよろしくお願い致します」


 二人の礼が終わると、叔母は俺に話しかけてきた。


「レイスさん、高等校も残すはあと一年少々です。就職後に趣味があると良いと思いますが、再度琴を演奏してみませんか?」


「えっ? 俺ですか?」


「お酒、遊び賭け、友人同士のおバカさんふざけ、そのうち女性遊びよりは楽しいと思いますよ。私は故郷を離れてほぼ失いましたが、学生時代の友人は長くて深い付き合いになる事が多いです」


「……」


 変な遊びはやめて手習をしなさいというお説教を、祖父でも父でも叔父でもなく、この叔母に言われるとは予想外。


「弦は切れれば、はり直すだけです。もう気にするのはやめましょう。これ以上は、おじい様が黄泉の国で悲しみ続けてしまいます」


「いえ……俺は……」


 昔、自分は琴が好きだから、皆も少し弾いてみないかと提案して、一つ年上の幼馴染テオだけは乗ってくれたけど、他の小等校の友人達には断られた。

 琴は女性の遊びで、だから俺はナヨナヨしている。

 あの一閃兵官の甥だから、一緒にチャンバラをしようと誘われたけど、それだと俺はどうせ負けてつまらないし、女みたいだなんて悔しくなって小競り合い

の喧嘩になった。


 結果、俺は叔母が半元服した際に祖父から贈られた琴を傷つけてしまい弦も一本切れた。

 この家にくると、叔母が使って下さいと提供してくれていた叔母の宝物の琴にそんなことをしてしまい、許されても罪悪感は強く、その日はそれからずっと泣いていた。

 おまけにその日の夜に、叔母の祖父ラルスが倒れたという手紙が来て、ラルスはその時は亡くならなかったけど、倒れた時の怪我で指が演奏家としては不自由に。

 ラルスは孫である俺の叔母と過ごすために、合計三回この街で暮らし、そのうち二回はこの家で過ごしたので、俺とよく遊んでくれて、琴も沢山教えてくれた。

 なので、その小さな喧嘩があってから、俺は琴を弾かなくなった。


「最後の年くらい趣味会を楽しむと良いです。祖母孝行は良い事ですが、テルルさんがまた弾かないかしら。楽しい音で好んでいたんですとおっしゃっていました」


「……孝行なんて何も。趣味会なんて面倒ですし、勉強の出来ない劣等生なので、さっさと帰宅しているだけです」


「中間試験、全科目全て六十五点だったそうですね。不正解は回答しなかった問題のみ。手抜きで平均狙いは明らかです」


 答案は自分だけが見て全て捨てたのに、叔母がなぜそれを知っている!


「まさか。そんなはずありません」


「私の本格弟子はこれまでレイスさんしかいませんでした。レイスさん、弟弟子のミズキさんをよろしくお願いします」


「いや、あの。叔母上。自分は琴を弾きません」


「ミズキさん。生活のことや色々な経験は兄弟子に頼り、演奏の事は兄弟子にしかと教えて下さいませ」


「かしこまりました、師匠」


「あの、叔母上。自分は琴を弾きませんので……」


「ミズキさん。琴も三味線もお願いします」


「かしこまりました、師匠」


 こうして、俺には悪友だけではなくて、弟弟子も出来た。

 反抗期の俺は叔母ウィオラ以外に趣味会に入れとか、雑な工作をして変な成績を作るなと言われても、のらくら逃げたり断固拒否しただろう。

 母からなら、少しは聞く耳を持ったかもしれないが。

 「おじい様ラルス」と「俺の過去の罪悪感」を盾にするなんてズルい。


 中途半端な時期に、俺は趣味会の一つである「音楽会」に参加することになったがめちゃくちゃ不安。


 友人運がイマイチで、親しくなりそうな同級生は他の人と親友になったり、すぐ教室が変わるから疎遠になっていた俺が、今更人間関係の出来上がっている、自分よりも演奏能力の高い者達の集まりに参加なんて無理、無理、無理。

 

 しかし、叔母が権力を行使して、学校に一緒に来て、俺をやんわり音楽会へ連れて行ったので、なすすべなしというか、俺のいくじなし……。

 

 とても不思議な話なのだが、これで本当の意味での同い年の学友が二人出来た。

 下街幼馴染はいるけれど、学校関係だと色々運の悪さが重なり集団の端にいて、いてもいなくても変わらない俺に、二人で遊びに行こうとか何かしようと誘われた事の無かった俺に急展開。


 手を悪くしてから琴とは疎遠だったイオリと、就職試験に不利になると今更知って慌てて入会してきた、家で少し琴を弾くスザク。

 年明けには最終学年の素人同然の三人なので、先生は公演日に三人で一曲連奏を成し遂げることを目標にすると決定。

 これが俺が二人と友人になるきっかけ。


 俺とイオリとスザクの三人は、すこぶる気が合った。

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