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【電子書籍二巻 発売決定記念SS】外伝 リネアと魔物討伐

 活動報告等でお知らせしているように、勇者暗部の二巻が、八月末に電子書籍で発売となります。

 その販促も兼ねて、書き下ろしSSの投稿をいたしました。

 この話の時系列については、web版最終話から一巻書き下ろし部分までの期間、ということになります。

 一巻書き下ろし部分を読み終えてからのほうが、わかりやすいかもしれません。


 平和条約が結ばれて以降、リネアは騎士団の一員として、日々の仕事に励んでいた。

 彼女の経歴を知る団員の中には、いまだ厳しい目を向ける者もいる。

 けれどリネアも、それは当然だろうと思っていた。

 父のしたこととはいえ、彼の庇護下で生きていた自分は、その不正や犯罪の恩恵にあずかって生きてきたということだ。

 リネアが騎士として務めているのは、その償いの気持ちもある。


(人々や……仲間から認めてもらえないのは、考えさせられることもありますけれど)


 それを自分が口にするのは、あまりに滑稽でしかない。

 自身の立場を気にするより、果たさねばならない役割がある――。

 そのことを胸に刻み、周囲の評価は気にしないよう、襟を正して自分を律する。

 元来まじめなリネアはそうして、身を粉にして働いた。

 自分や家族のしてきたことを考えれば、報われるより、犠牲になれるほうがよいとさえ思っていたのかもしれない。


 そうして――忙しい日々が、一年ほど続いたころ。


「ふぅ――さっぱりしましたわ」


 その日は、いわゆる給料日だった。

 騎士団の寮暮らしにもようやく慣れ、いまでは簡単な家事もこなせるくらい、庶民的な生活になじんできたと、自分では思っている。

 お金の大切さは身に染みてわかっているからこそ、俸給を得ることも、そうした生活の楽しみ、潤いとして実感していた。

 そんな、とある給料日のことだ。


(それにしても……あのころのわたくしときたら、贅沢にもほどがありますわね)


 公衆浴場からの帰り道、彼女はふとそんなことを考える。

 旅の道中、ここの利用を渋ったことで、仲間にどれほど迷惑をかけたことか。

 そんな恥も、いまは昔――などと考えず、むしろ戒めのように思いだしながら、薄貨でたっぷりの水とお湯が使える、公衆浴場という施設に感謝をささげる。

 少し浴槽内が汚れているくらい、些細なことだ。


(ですが……日々、節制して暮らしているとはいえ――)


 今日は給料日、しかも明日は非番だ。

 お風呂上がりで気分もよいことだし、少しくらいの贅沢は許されるのではないか。


(そういえば、この近く……人気のカフェがありましたわよね)


 自炊に慣れることを優先するリネアは、基本的に、五種類ほどの自炊料理をローテーションするという、つましい食生活を送っている。

 そこに加え、今日は訓練と任務が重なるという、激務の一日だった。

 そんな日に、ちょっとくらいおいしいものを食べても、罰は当たらないのではないか。


(……当たりませんわよね? ええ、当たりませんわ……わたくしが許しましてよ)


 思いだしたような空腹も手伝い、リネアは騎士団寮ではなく、カフェのほうへ足を向ける。

 そのカフェは、店長の実家から取り寄せているという鶏肉を使った料理が絶品らしい。

 鶏肉――リネア自身、鶏を使った煮込み料理は、ローテーションに入っている。

 しかしぶっちゃけると、その味にも飽きてはいた。

 サンドイッチの具にしたり、パスタの具にしたり、アレンジを加えたところで、もとの味付けが同じなら大差はない。

 だからこそ、こう思うようにもなっていた。


(おいしい鶏料理が――肉が食べたいですわっ、お肉が! ジューシーなお肉が!)


 はしたなく涎をこぼすようなことはないが、少し急ぎ足になっている自覚はある。

 そんなリネアが、カフェに向かう最後の十字路に差しかかった、そのとき――。


「きゃあああああっっ!」

「――っ! いまのは……大通りのほうからですわっ!」


 突如、響いてきた悲鳴に反応し、リネアは来た道を駆け戻る。

 悲鳴から、数十秒というところ。

 大通りまで戻ってきたリネアは、そこに広がる惨状に目を見開く。


「これは――いいえ、あれはっ……」


 いくつかの家屋が壁を砕かれ、柱を折られ、あちこちで倒壊していた。

 通りには逃げ惑う人々の怒号、悲鳴が飛び交っており、中には倒れ込んでいる者もいる。

 そんな人々の様子に気を配りつつも、リネアの視線はそれらの奥で暴れまわる、一頭の巨大な魔物に向けられた。


「あれはたしか、ギガントボア――いえ、マッド・ギガントボアですわね」


 かつての旅の道中で、幾度か目にしたことのある、巨大なイノシシの魔物だ。

 同じ種族の魔物でも、理性を失って暴れるそれは、呼称に狂気マッドの冠がつく。


(ですが――ギガントボアは本来、深い森の奥にしかいないはず……)


 それがなぜ、街中――それも王都の中心部にいるのか。

 疑問はあれど、考察するのはあとだ。

 周囲に兵士や冒険者の姿はなく、また駆けつけてくる気配もない。

 現状、この場であれを相手取れるのは、リネアしかいなかった。


「っ……覆い隠しなさい、グラインド・シールド!」


 目を剥き、牙を剥き、涎を垂らし――暴れまわり、駆けだそうとするマッドボア。

 その進路上に、倒れた子供とそれをかばう母親の姿を捉え、リネアはすぐさま、シールドスキルを発動させていた。


 愛用の大盾がなくとも使えるこのスキルは、触れた地面グラウンドを隆起させ、視界を遮るブラインドを展開するスキルだ。

 盾騎士として、シールドスキルに長けているリネアは、通常は一、二枚というその壁を、五枚まで同時展開できる。

 もちろん消耗は激しいため、延々と四枚の壁を展開し続けられはしないが、ひとまずはイノシシの四方を壁で囲い、閉じ込めることに成功した。

 とはいえ、イノシシは壁の中で暴れまわっており、あまり猶予はない。


「急いでお逃げなさい! 手の空いている方は兵舎か、冒険者の宿に救援を!」


 呼びかけながらリネアは、周囲に落ちていた木板を拾う。

 できれば金属盾がほしいところだが、これでもないよりはマシだ。


(あとは、ロープがありましたら――)


 壊された家屋のひとつは、どうやら倉庫だったらしく、頑丈そうなロープが散らばっていた。

 それを確保したリネアは、まずイノシシが足を取られそうな穴を掘る。

 そこにロープで作った輪を設置する――簡単な吊るし罠だ。


(チャンスは一瞬ですわ――さぁ、いらっしゃいまし!)


 人々が避難したのを見計らい、正面のシールドを解除する。

 ルートが開いたことで、イノシシは勢いよく飛びだしてきたが、リネアはすかさず木板を突きだし、その突進を受け止め――。


「はあぁぁぁ――っっ!」


 イノシシの上を飛び越えるように、衝撃を受け流す。

 木板が目隠しとなり、足元の不具合に気づかなかったイノシシは、その勢いのまま、落とし穴に踏み込んでいた。

 張っていたロープの輪は、脚の根元近くにしっかりと食い込んだが、反対の端を楔かなにかで固定しなければ、なんの拘束力もない。

 もちろんリネアも、そこまで考えていた。


「グラインド・シールド!」


 再び展開した壁は、そこに放り込んだロープの端を押さえつける。

 地面そのものが、楔になる形だ。


(あとはロープさえ切れなければ――)


 そのために、ロープは複数本用意したし、隆起した地面がそれを吊り上げてくれている。

 足を上空へ引っ張られる格好になり、イノシシも簡単には突進できなくなっていた。

 それでも警戒を絶やさず木板を身構えていると、やがて、誰かが呼んでくれたらしい冒険者数名が駆けつけてくる。


「ふぅ……なんとか、なりましたわね……」


 冒険者たちも驚いた様子だったが、すでに拘束されていたこともあり、イノシシはたやすく討伐された。

 時間を置いて、兵士も駆けつけたため、以降の処理についてはゆだねていいだろう。


(はぁ、疲れましたわ……汗もかきましたし、お風呂に入りなおしですわね)


 そんなことを思い、息を吐いていると――。


「よぉ、お疲れさん――」

「えっ……ええ、どうも」


 討伐に参加した冒険者のひとりが、そう声をかけてきた。


「いい腕してるな。あんた、どこの所属だ?」

「わたくしは――冒険者でなく、騎士団の者ですわ」

「へぇ! たしかに騎士団は、魔物討伐もするみたいだけど……森の奥まで、ギガントボアを討伐しに行ったりはしないだろうに。よく倒し方を知ってたな」


 そう問われたリネアの脳裏に、かつての旅の記憶がよぎる。


「……ヒドゥンという冒険者に、教わったことがありますの」

「ああ、ヒドゥンと知り合いだったのか。あいつに教わったんなら、納得だな」


 思えばグラインド・シールドについても、習得しておくようにと、ヒドゥンから指示を受けたものだった。

 それも含め、彼の知識と周到さには舌を巻く。

 その実力は、冒険者たちにも広く知られており、やはり信頼も厚かったようだ。


 改めて理解させられると同時、彼への仕打ちが思いだされ、後悔が胸を締めつける。


「彼はいま、なにをしていらっしゃるか……ご存じですかしら?」

「ん、さぁ? 俺は所属してる宿も違うから、あまり詳しくはないが……引退したって話は、どっかで聞いた気もするぜ」

「そう、ですのね……いえ、ありがとうございました」


 そんな話をしていたところで、襲われた人たちから調書を取り終えたらしく、兵士のひとりがこちらにやってくる。


「失礼します。騎士団へもご報告をと思ったのですが、ご同行願えますでしょうか」

「ええ、もちろん――では、わたくしはこれで」

「ああ、それじゃな。助かったぜ、美人の騎士さま」


 調子のいい言葉を残し、ヒラヒラと手を振る冒険者に見送られ、リネアは兵士とともに騎士団寮へ向かう。


「あ、あの――」

「どうかしまして?」

「いえ、その……やはり、騎士さまというのはお強いのですね。あれほど巨大な魔物を、たったひとりで相手してしまわれるとは」

「……ひとりでは、ありませんのよ」

「え――あ、ああ、そうですね! 冒険者たちとの協力があってこそ、と……」


 リネアの返答に謙虚さを感じ取ったのか、兵士から憧憬の視線を感じる。

 だが、リネアが言ったのは、そういうことではない。


(わたくしひとりでは、なにも……すべて彼が――ヒドゥンが、教えてくれたからですわ)


 戦う手段を、その使い方を教えてくれた――。

 人々への償いも忘れはしないが、やはりヒドゥンにも、なにか償いをしなければと思う。

 だが、彼はきっと、そんなことを望みはしないだろう。

 それにどのみち、ヒドゥンがどこでなにをしているのかもわからないし、そもそも彼に合わせる顔がない。


(それでも、いつかは……顔向けができるように、なりますかしら――)


 そんなことを思い、リネアは小さくため息をもらすと同時――。

 自分の中に、彼の教えが根付いていることを自覚し、妙に落ち着かない気分を覚えるのだった。


     …


 それから、数日――。

 魔物を都内へ持ち込んだ、怪しげな商人の一団が摘発され、処罰され――。

 そのまた後日、商人とつながりがあったとされる貴族が捕らえられ、証拠をもとに法の裁きを受けた。


「……ヤっちまってよかったんじゃねーか?」

「例の騒ぎで、死人でも出ていればそうしたが……彼女のおかげで、軽傷者が出ただけで済んだからな」


 それならば、あえて人死にをだす必要もないだろう――。

 摘発に貢献したと思われる人物は、そのように語ったという。


 二巻の書影等については活動報告、ツイッターなどでご確認いただけます。

 またムゲンライトノベルス公式サイト(https://mugenlightnovel.com/)でも、8月29日の新刊として紹介されており、確認できます。

 どうぞよろしくお願いします。

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