表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メール屋さんの秘密事情  作者: いたくらくら
第二章 メール屋さんの恋事情
58/73

黒い家

 あの後、あたしも慌てて準備をし、支部を抜け出してきたが、黒い家があった場所につく頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。あたしとエレノアは夜目が利くようになる魔法を唱えると、改めて黒い家があった場所を確認する。


「本当に、普通の民家が建ってますわね。カナさんいかがですの?」


 夕方までいた場所にはごく普通の民家が建っており、黒い家の跡形はまったくなかった。

 あたしは重ねて、魔力を感知する魔法と透視する魔法をかけるけど、どれだけ目を凝らしても違和感を感じる部分はなかった。上から下、左右を何度も何度もなぞるように時間をかけて見てから、首を縦に振った。


「やっぱり、おかしなところがないね」

「……それが、おかしな話であるということですわよね?」


 あたしが何を言いたいかが分かってくれていたようにエレノアがそう返してくる。


「うん。転送の魔法や今回の件みたいに、別の空間を繋ぎ合わせて何かを移動させる時って、大きく二つのパターンがあるって知ってる?」


 彼女はやや俯きがちに横に大きく首を振る。

 彼女が知らないのも無理はない。これは本来、幼稚舎では習いようのない知識だ。

 魔法の理論や根源については、幼稚舎では習わない。貴族の子息が手習い、もしくは魔法の才能があるものをその才を生かせる仕事に就かせるための勉強をさせる幼稚舎では、魔法の使い方や実践的な訓練を中心に、読み書き・歴史などの一般常識は習う。そのため使用するために必須ではない理論的な部分は教育しない。そう言った知識は研究職やより高等な魔法を使う職業に就くことを志す者が、高等部に上がってはじめて触れるものである。

 あたしは図書館で読んだ本をなぞる様にゆっくり口を開き始めた。


「一つは、あらかじめそれぞれの空間座標をつないでおいて、魔力によってそれを発動させて移動させること。もう一つは空間を常につないでおく方法。転送の魔方陣をはじめとした一般的な移動魔法には前者が使われているの。それには理由があって、まず魔力の強い人が魔方陣を書けば利用者は少ない魔力で発動できること、そしてなによりも、座標が予め双方向から指定され、移動するタイミングや場所、人や物の対象物が間違いなく指定されることにより完全に意図したように移動ができるから……つまりあたし達が解明した中で一番理にかなってわかりやすい方式だからなの」

「もう一つというのは?」


 そこで一回息を吐くと、エレノアはじれったそうに相槌を返してくる。


「もう一つは常に空間を常につないで置く方法。これは魔法自体もすごい難しい技術で、ある地点に無理やり別空間を常につないでおくと、ある地点は本来繋がっている場所にも繋がってるし、別空間にも繋がっているから、その場に魔法を完全な形で残しておくのは非常に難しくて、その効果が揺らぎやすい。揺らがないのは魔法をかけてすぐだけなの」

「揺らぎやすいと言いますのは……?」

「確実に狙った別空間に移動させられるのは長くて三時間くらい、それ以降は移動させられるとは限らないって感じかな。もともと自然的にある空間のつながりの方が強固だから、魔法で無理やり場所を縛りつけておくことは永久的にはできないの。ただ、この空間同士が繋がる確立の精度を少しだけあげる方法があって、坂や階段の上下、塀や壁を乗り越える、ドアの開閉などによる明らかな空間の移動という行動を伴わせることなの」

「魔法の発動ではなく、行動で発動のきっかけを作るということですわね」

「うん、確実ではないけどね。悪魔によって罠を張られるときはそういうパターンが多いの。魔法を発動させちゃうとバレることが多いけど、後者のように揺らいでる魔法だったらものすごく気をつけて見ないと、感知も防御もされにくいし。ただ、一方で気づかれにくいということは、かけた術者でも管理が難しいと言う事で、解除もしづらいし、徐々にこめられた魔力が弱まっていくのを待つしかない。神隠しにあったとか、塀の向こうからいきなり悪魔や化け物が出たとか言う事件の一部はこれのせいだったりすることもあるみたい」


 それを聞いて、エレノアはあまりピンと来ていないようにうーん、と唸った。


「今、その話をされるということは、あの黒い家自体がその二つのどちらかに定義されるということですわよね?」

「うん。今思えばって話なんだけど……。もともと家がそっくりそのまま変わっているという話だったから、あたしたちが発見する数時間前に空間同士を常に繋いでおいているんだと思ったの。タイミング良く発動をしなければいけない前者とは違って、後者は常に異空間に繋いである状態にしておけるから」

「でも、そうなると、悪魔が死んでしまって解除されることがありえない、と」

「うん。場所に固定でかけた魔法が術者がいなくなることで完全には解けるものではないし、解けていないなら今すごく目を凝らしてみたのに、まったく魔力の残留がないのはちょっと不自然かなと思って。そうじゃなくても、場の繋ぎが弱まったタイミングで五人全員がきちんとここに帰ってこれたのはやっぱりありえないことだよ。外から助けに来ようとした時はあの黒い家に入れなかったわけだし」

「そうなりますと、あの黒い家はタイプで言うと前者であり、場所だけ指定しておいて何らかの魔法で発動したタイプってことですの?」

「うん。あの黒い家はもしかしたら、空間と空間をつないでそこにあったんじゃなくて、黒く見える幻覚の魔法と、移動魔法の合わせ技なのかもしれない。」


 幼稚舎を出ただけの知識であれば、悪魔が倒されて使っていた魔法が解除されて家がなくなったとおもってしまう。場所や道具に固定されていない魔法であれば、術者が死んで魔法が消えるのは自然な事だからだ。そうすると、再度探しても不自然なものがないという状況はあたり前ということで終わってしまう。


「あなた、良くそんなことまで知ってますわね」

「……自他ともに認めるガリ勉だったもので」


 理由はそれだけではない。魔力がまったくないあたしは、子供の頃は両親に、学生時代や治安部隊に入ってからはいっつも守衛さんとかにお願いして移動させてもらってたから。はじめの頃はなんで自分が移動できないのか不思議で、特に念入りに調べたのだ。颯爽と呪文を唱えて消える同級生が羨ましかったのだから調べるのにも力が入る。コンプレックスというヤツだ。


「卑下する言葉を使うことはありませんわ。もともとすごい方だとは思ってましたけど、大変見直しました」


 エレノアに言われて少し恥ずかしくて嬉しくなる。思わず上がりそうになる口角を抑えながら、もう一度家の方を見た。


「……ただ、前者の方式だと言う事は、あたし達がこの建物に入るタイミングで意図的に誰かが魔法を発動させていたということ。そして、あの悪魔が死んだ後、あたし達がこの家を出るタイミングでも」


 たしか、この家に足を踏み入れたとき、ぐっと肩や身体に力が入る感覚があった。今思えばあれは、魔法をかけられていた感覚なのかもしれない。

 エレノアは思案顔のまま、組んでいた腕を解いて、高い位置で括られていた髪の毛を右手で撫でた。


「つまり、この事件にはまだ黒幕的な方がいて、解決していないということになりますわね」

「もともと座標を指定していたであろう魔方陣も見当たらないしね。あの後に消されたか、解除されたかだと思うと、それでまず間違いはないと思う」

「でも、なんでそんな手の込んだことしたんでしょう。あたし達を狙ってあの家に呼びつけたにしては、あまりにあっさりと倒されてましたわ」


 彼女のその言葉にあたしは首を傾げる。彼女のその言葉は、任務からの帰り道でもボッツさんへの報告の時でも、引っかかる事だったのだ。


「報告のときも思ったんだけどさ、あたし、悪魔があんな風に倒されることがあっさりとなのか比較対象が無いからわからないんだよね。もちろん、エレノアが帰り道に話してくれたのを聞いてると、本当はもっと大変なのだろうなというのはわかったんだけど」

「いつもはもっと手ごわいですわよ。いくら不意打ちを狙ったとはいえ、あんな何もせず、あっさり攻撃を受けることなんてありませんし……反撃にあたし達では論理的に解読しても使えないような魔法を使ってくることだってあります。何より、もっと欲望に対して狂信的に忠実です。理解できませんが、箱庭で遊ぶことが趣味なら、さっさとあたし達も人形にしに来ると思いますわ。あのマックだって人形にされてしまってたんですし」


 そう考えると、何者かによってあの悪魔が倒されやすいようにされていたのかもしれない。そうして得られる利点は何だろう。想像しても相手の意図はまったく分からないが、ただ、あの悪魔が倒されたことによって変わることが一つだけある。


「……何らかの理由で事件を解決したことにしたかった?」

「……私もそう思いますわ」


 エレノアとあたしの意見が一致したとき、音もなく急にまぶしい光が差した。夜目が利く魔法をかけていたあたし達にはそれはそれはまぶしくて一瞬またあの世に連れて行かれたのかと思った。


「エレノア!カナ!」


 夜目に利く魔法を解除し、まぶしさを堪えて目を細めながら呼ばれた先を見ると、ボッツさんやケン達だけではなく、先ほどマック達を運んでいった本部の司令部の面々までもがそこにいた。支部のみんなの額に汗までして慌てた様子とは違い、司令部の面々は冷たい視線でこちらを見下すように立っていた。


「エレノア部隊員、カナ部隊員、抜け出した部屋や今の状況を見ると悪魔に連れ去られたわけではなさそうですね。休暇日で無い限り、就寝・休憩時含む報告なきインカムの未着用は職務規定違反ですが、いかがなものですか」


 丁寧ではあるが、抑揚の無い声で言われる。その言葉の強さと怖さに竦むしかないあたしと対照的に、エレノアは庇うようにあたしより一歩前に進み出ると、胸を張ってから小さく礼をした。


「お疲れ様でございます。お言葉ですが、私は休憩すると申し上げましたわ」

「『おやすみなさい』と言った人間が戦闘装備をして再度外に出るものですかね?」

「……そういう夢遊病もあるのかもしれませんわね。あんなに不自然なところがたくさんある白昼夢みたいな報告でも、満足するあなた方みたいな夢見てる人もいるのですから」


 司令部の人はため息をついて顔を横に振るとその後ろにいた人に指示を出した。彼らがこちらに歩いてくるのを確認すると、エレノアは自ら両手をあわせ差し出した。


「まずは、何であれ無事でよかったというのが同じ部隊員としての率直な気持ちです。ただし、インカム着用の職務規定違反、および、その反抗的な態度、そして何より神隠し事件があったばかりというこの時期に支部どころか本部まで混乱させた事は正直いただけません。お二人にはそれなりの懲罰を受けていただきます」


 司令部の隊員によって、目の前で、エレノアに手錠のようなものがかけられる。

 そこまでするのかと驚いて固まっていると、エレノアに手錠をかけ終わった彼らはあたしの方に向き直る。ぽかんとしているあたしの手をやや乱暴に取ると音を立てて手錠をかけた。魔法がかけられているのだろうそれは、見た目以上にかなり重たく、全身の魔力が抜けていく感覚がある。


「お二人にはこのまま本部に戻っていただき、それをつけたまま待機。明朝、懲罰会議が行われると思います。では、戻りましょうか」


 無表情に先頭を歩き始めた司令部の人に続き、一度こちらを心配そうにともすまなさそうともとれる表情で見てから、ボッツさんとケン達が小さくなって歩き始めた。横にいる司令部の人に背中を押され歩き始めようとすると、前を歩き始めていたエレノアがこちらを振り返る。

 その顔は計画通り、とでも言うようににんまりと笑っていて、あたしはそれまでいれていた肩の力を抜き、ゆっくりとその後に続いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ