アイの戯れ②
「男も女もみーんなすぐに喰っちまう世紀の悪女」と称されるエレノアの妹イザベルを訪ねてシャウムブルク家まで来てしまった。こういう時、約束を無視して来ないとできない性分の自分が悲しい。
メイドさんに案内されたこの部屋で待たされて早五分。ここ、応接室とか食堂じゃなくて普通に寝室なんじゃなかろうか。なぜなら視界の端でその存在感を主張しているのだ。キングサイズはあろう天蓋つきベットが。
(来ていきなり、寝室に通されるってどういうこと……!)
貞操の危機をより強く感じつつ、自分の今座っている位置を確認する。普通貴族と平民だったら逆だろうと思ったのだが、上座にあたる入り口に遠い位置に案内されたため仕方なく腰掛けた。ということは、向かい合わせに置いてある入り口に近いソファーにはイザベルが腰掛けるのだろう。
位置関係からして入り口からの逃走は難しそうだが、代わりに窓はすぐ近くにある。窓の鍵を目で確認すると、かかってはいるが上にはじけば開くタイプのヤツで簡単に開けられそうだ。残念ながらここは三階だが、いざ何かあったらそこから逃げるしかなさそうである。
防御の魔法と落下速度を下げるために重力に軽く反発する魔法を使って飛び降りるか、いや、飛び降りてもシャウムブルク家の敷地内である。着ている上着を宙に浮かせる魔法をかけて魔法の絨毯みたいにして敷地外まで飛んで逃げた方がいいかもしれない。とりあえず、それぞれの詠唱時間とか発動条件とかを思い出す。
そもそも隊服はそれ自体に防御とか魔法耐性の魔法がかかっているため、隊服に魔方陣を書いてもはじかれちゃって意味がないかもしれない。そう言えば、いつも勤務の時に来ている作業服には魔法かけられて改造しづらいって主任が言っていたことを思い出す。
取り合えず、書いてみるかと隊服のボタンを二つまで外したところでドアをノックされる。慌てて一番上まで閉めると、あたしは「はい」と返事した。
「失礼いたします。いざベル様をお連れしました」
昨日、あたしに手紙を届けに来てくれた、いつもエレノアについているメイドさんがドアを開けると、その後ろから飛び出すように可愛い…というか絶世の美少女が現れた。エレノアと同じ栗色の髪の毛をした女の子が顔を出す。ボブくらいの長さの髪を綺麗に内巻きにして、頭には服とお揃いの布でできたブルーのリボンをしている。
「カナお姉さま!」
キラキラした目であたしの姿をとらえると、たっと走り出し、飛び乗るようにあたしのソファーの横に腰掛ける。え、待って向かいに座るんじゃないの。まさか、隣に座るとは。
「……イザベル様、少々お行儀が悪うございますよ」
ワゴンを押す別のメイドさんと一緒に入ってきたいつものメイドさんは、おずおずと言った感じではあるが苦言を呈する。
「なによ、うるさいわねぇ。いいからいつもの通り、紅茶を置いたらすぐに出てって頂戴。それとも何。あんたも参加したいっていうの?それならそれでもいいけど」
先ほどのキラキラした目の美少女とは同じ人物と思えない高圧的で妖艶な笑みでメイドさんを見ると、彼女は顔を青くして、もう一人のメイドさんとティーセットの用意をはじめる。目の前で、こんなにわかりやすく人に見捨てられたのは初めてでちょっとショックだ。
「カナお姉さま、イザベルずっとお姉さまに会いたいと思っていたんですのよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いやだわ、敬語だなんておよしになって。ほら、用意が終わったんなら、さっさと二人にして頂戴」
あたしの方にがっつり体を向けて、先ほどと同じ無邪気な笑顔に戻ってこちらを見つめたかと思うと、メイドさんたちにはまたあの高圧的な笑みでを向けて、顎で入り口の方を指す。二人はふかぶかと頭を下げると、あたしを憐れむような目を向けて、扉を静かに閉めて出て行った。ちなみに、あたしはすでに両手を力強く握られており、逃げようにも逃げられない。
「やっと……二人きりになれましたわね。カナお姉さま」
潤んだ瞳で見つめられて、背中に悪寒が走る。確かにすごい美少女だし色気もあるしちょっとドキッとしたけど、ついでに大手さんの本でエレカイとかカイエレとかそういう本とかも読んだことあるけど、あたしにはやっぱりその気は無いのだ。
「あ、あのちょ…」
ぐっと上半身を近づけて迫られたかと思うと、イザベルは耳元で呪文を呟く。小さく音がしてその場の雰囲気が変わった。今の呪文は、音も姿も全て遮断して見えなくする結界の呪文だ。
(まさか、本当にこのまま―――……!)
がくがくと震えながら目をつぶると、イザベルはぱっとあたしの手を離すと立ち上がる。
「本当に合えてよかった。こんにちわ、久しぶり、カナさん」
にっこりと笑うと彼女は向かいのソファーに腰をおろし、注がれていた紅茶を手に取る。先ほどと声も雰囲気もあまりに違う彼女に口をパクパクさせていると、イザベルはにっこりと笑った。今度は高圧的でも、色気ぎゅんぎゅんでもない、普通の素直な微笑みだ。
「自己紹介遅くなりました。死神の使役の色欲です」
わけがわからないといった様子で首を傾げるあたしに、彼女は取り合えず飲んでくださいと紅茶を勧めてくる。口をつけるといい香りがして、少しほっとする。
「あの…死神の使役って…」
「あれ?あいつに、カナさんに言ったし覚えてるよって聞いてたんですけど……ありゃ、まずかったかな」
言葉とは裏腹にまったく慌てた様子もなく、口を塞ぐ。
「あいつって、あの白い死神?」
「そうそう!あの気障で若作りなおにーちゃん風の死神のこと。なんだ、やっぱり覚えてるんですね」
お行儀悪くソファーの上に胡坐を書いた彼女はテーブルの上に用意されていたクッキーを数枚同時に口に放り込む。先ほどから声や態度はどう見ても男の子なのだが、外見はイザベルのままだから、どうしても違和感があって堪らない。
「あの……でもあたし、あなたこそ記憶がないって聞いてたんだけど……」
「そうそう。いつもはないんですけどね、あの吸血鬼事件から救出された後、やっぱり弱ってたのかして、この身体が死に掛けまして、いつも通りあの世に一回戻ったんですよ」
「あの白いとこ?」
「そう。あの真っ白い世界のこと。で、いつも通り、次の場所に行くために準備をはじめたら、この世界の穢れは取りきってないし、さすがにこのタイミングで死んだらカナさんが気に病むだろうってことで、また戻されまして」
確かにあたしの身代わりで捕まった子が(正確にはあたしが身代わりなのだけど)死んだりしたら、後味が非常に悪い。
「で、今回は穢れを取るのと、カナさんが気に病まないようにお話をしてくるという任務を命じられましたので、役目の記憶があるままの再スタートなんです。あいつも心配してたんですよぉ」
「あ、そうなんだね。ありが」
「これで私が死んじゃって「三回目の人生よ!」とか言われても困るって」
思わずそっちかい!とつっこむと、イザベルはへへへっと歯を見せて笑った。
「でもカナさんのおかげで一回穢れを落として戻ってきたので、今回私、いつもの二倍……三十歳くらいまでは生きられるっぽいんですよね。もちろん色欲の魂としての仕事はしなきゃいけないんですけど、こんなに一つの人生で長生きするのって初めてで。しかも記憶がある状態だし、すげー楽しみなんですよね」
晴れ晴れと笑う彼女にあたしも嬉しくなる。死神は彼女のことを人ではないから気にしなくていいと言っていたけど、こうやって感情もあるようだし、やっぱり長生きしたいのだろう。そうだとすると、私が何をしたわけではないけれど、役に立てたようで嬉しい。これからも彼女の任務としての転生は続くんだろうけど、今回の人生が少しでも穏やかで幸せだといいなと心から思う。
「それはよかったね!」
「はい、本当に!色欲の魂っていうと、いっつもなんか恋やら愛やら性的なことばかりに巻き込まれて、いつもエロギャルゲーかエロ乙女ゲー的な人生だけで終わってたんで、正直飽きてたんですよね。カナさんのおかげで人生伸びて、色々できそうです。あ、取り敢えず目標はこの国の王様と結婚して、内政をして、国育成ゲー的なことをしようかなと思ってまして……今は成り上がりパートなんで、色々と情報収集したり人脈を作ったりしてるところなんですよね!男女問わずに主に枕で!」
「そ、それはすごいね……」
前言撤回。やはりあの死神の使役だ。そんな素直なものじゃなかった。なんだその難易度高そうな成り上がり物語。唖然とするあたしに、彼女は可愛らしくウインクをした。
「人生は何度もありますけど、この人生は一度ですし。楽しんだもの勝ちですよ」
その後も壮大かつ、緻密な彼女の成り上がり計画をお茶をしながら聞かされ、聞き終わった時にはすでに四時間ほど時間がたっていた。彼女の話は小説のような、ゲームのような計画で、あたしは転生モブだったが彼女は転生主人公になれそうだ。転生と言っていいのかどうかは微妙だけど。
「じゃあ、カナさん、またね!」
こうしてあたしは転生?仲間を一人手に入れたのだが、彼女のところにはできるだけ行かないでおこうと心に誓った。何故なら、彼女に結界を解いてもらい、外に出た瞬間に、待っていたメイドさんに、お風呂に入るかとか、体は大丈夫か医者に行くかと、すっかり情事後のような扱いを受けてしまったからである。
個人的に気にしていた7つの魂さん救済回でした。
妄想としてカップリング話がよく出て来ますが、お好きじゃない方、期待された方(笑)すみません……




