若者のつどい
歩きはじめてからもウィルは手を離してくれない。急かすために自分から握ったんだけどさ、手をつないで歩くとか、かなり恥ずかしい。
自然に離せたらなぁと思って、もぞもぞと動かすたびにぎゅっと握り返されて、それでも動かしてたら指一本一本絡められた。所謂恋人つなぎってやつだ。
ウィルの大きな手に握りこまれると、余計に逃げられなくなる。
(酔っ払ってるんだろうなぁ…)
そう彼を伺い見ると、先ほどと同じようなふにゃっとした柔らかい笑みを浮かべている。なんだったら口笛も吹き出しそうな感じだ。
ご機嫌なのはいいことだが、もう共同スペースまであと少しだ。
「ウィル、もう着くよ~」
「はい、そうですね」
暗に離してくれと言ったけど、普通に返事された。多分わかっててわざと無視してるんだろう。これだから酔っ払いって怖い。
仕方ないから、思いっきり手を降って振り抜く。ウィルの方が全然背が高いからした方向に引っ張るようにすれば、きゅぽんっと手は外れた。しっかり握られてたからか、結構指がいたい。
無理矢理引き抜いて嫌なかんじだったかなと心配してウィルの方を伺い見ると、彼はちぇ、っと口を尖らせていた。普段はしないその様子で彼が酔っ払っているのがわかる。なんだこいつ可愛いな。
でも手をつないでみんなの前に行ったりしたら、誰になにを言われるかわかったもんじゃないからダメです。いろんな意味で。
「お、カナ!」
「マック!」
場の中心から声をかけられて走り寄る。結構飲んでいるようで、彼の周りには空の酒瓶が置いてあった。
「第四研究室の飲み会は終ったのか?」
「あれ、何で知ってるの?」
「アリサが言ってた」
その言葉を耳にして、アリサを探すと、彼女はすぐ隣のテーブルにいた。視線をやると、こちらの会話は聞こえていたようで、直ぐ口を開いた。
「ガルデンが誘われたらしいわよ。引越し手伝ったしどーですかって。予定終了時間聞いて、残念そうに肩を落としてたけど」
アリサがお菓子をつまみながら言う。隣どころか周りは男性陣が囲んでおり、みんなそれぞれストックしていたものを持ってきたのだろう、彼女の好きそうなお菓子がたくさん広がっていた。
「そうなんだ。昨日も夜勤で今日も遅いとか大変だねぇ」
「ま、来週連休とりたいって言ってたから仕方ないんじゃない?」
そんな話をしているとカイリーがぱたぱたとこちらに走って来る。
「ちょっとウィル!さっき話途中だったでしょ!」
そう言うと、ウィルの腕をつかんでぐいぐいと引っ張って行く。先日18になった彼女はどうやら若干酒癖が悪そうだ。
彼女が引っ張る方向には戦闘職と思われるお姉様方が豪快に酒を煽っていた。
「そうだっけ?」
「そうだっけじゃないよ!そろそろかなとか言って出てっちゃってさ!」
カイリー含む戦闘職種の女性陣が多い輪にウィルが連れてかれるのを見送って、あたしはアリサのハーレムに加わるのも肩身が狭いとマックの隣に座った。
「あ、マックの彼女」
向かいの男性に何気なくそう言われて驚く。
「何言ってんすか、違うって言ったでしょ」
「あ、じゃあファンなの?だってさ、なんかお前がバタバタしてる時に手作りのお菓子作ってきたり、飲み物差し入れしてたりしたじゃん」
「友達っすよ。色々心配してくれたんっすよ」
たった二回のやり取りでそんな風に思われるとは…というか、そんなしっかり見られてるって…メインキャラってやっぱり目立つんだなぁ。怖い。
「そっかー、じゃあ彼女の片思いか。ねぇねぇ、こいつのどこがいいの?正直そんなイケメンじゃないじゃん?」
いえいえ、それは設定なだけで挿絵の通り十分イケメンですよ、なによりお前が言えた顔じゃないぞ☆なんて思いながら、あたしはそうですねーと曖昧に笑って、誤魔化す。
ウィルが帰ってきて復職が認められたとしても、マックが脱出の手引きをしたとか、あたしが手紙届けていたとかって言うのは内緒だろう。
「だから違うってば。てか、本気でやめてください。お願いなんで!」
慌てて力強く訂正する彼にちょっと若干のショックを受ける。いくらあたしが美人じゃなくて能力もないモブだからって、好きなことすらお願いしてまで否定したいなんて言われると結構傷つく。
「そっかー。メール室のカナちゃんっつったら、可愛くて有名なのによぉ。勿体ねぇ」
そういうと度数の高い酒なのだろうか、ショットグラスをかっと煽る。
なんか今さらりと嬉しいことを言われた気がする。大人になるとさり気ない気づかいもうまい。お前が言えた顔じゃない、なんて思って悪なったなぁ、反省しよう。
「だーかーらー、ほんとに違うんですってば。な、カナも俺に興味ないよな!?」
「興味ないわけじゃないけど…」
「同意しろよぉぉぉ」
マックがこの世の終わりとばかりに叫んで机に突っ伏す。そんなにあたしとどうのこうの言われるのが嫌か。あ、もしかして好きな子がこの場にいるとかなのかな、それだったら可哀想だ。
「付き合うとかとは違うかな。すごく優しくて頼りになるけど」
そうフォローすると、マックは目をキラキラさせながら、顔をあげた。
「だよな!」
「うん!」
ニコッと笑って頷くとマックは一度喜んでから、「そんな笑顔でふられても…」とかちょっとショックを受けたような顔をした。いやいや、先に同じ事したのはそっちだし、しかも、同意しろって言ったからね。
「そっかー。じゃ、俺とかは?」
「軽っ。口説くのはやっ。つーか先輩奥さんいんでしょ!?こないだ結婚したばっかでしょ!?」
「お前萎えるなー。早々にバラしてんじゃねーよ」
そんな他愛もないやり取りを見て笑っていると、後ろから肩を叩かれる。振り返るとアリサがいた。
「あたしそろそろ部屋に戻るけど、あんた今日も泊まりにくるでしょ?」
時計を見るともう日付が変わっていた。
もともと今日は自分の部屋で寝ようと思ってたけど、やっぱりちょっと一人で寝るのは怖い気がして、せっかくの彼女の言葉に甘える事にする。
「うん」
「じゃ、来てすぐで悪いけどさ、帰ろう」
「うん。じゃ、お先に失礼するね」
マックとその先輩にまた今度と言われて、手を振り返すとその場を後にした。
「昨日、若手も集まってたんだってぇ?悪かったわねぇ」
出勤してみんなに挨拶をしているとアムネムさんにごめんねぇと謝られた。
「いえ、なんか自然発生的に始まったものみたいでしたし。むしろ帰りにタイミングがあって、はじめてちょこっと行けたのでよかったです」
以前はみんなより早く仕事が終るので、ご飯食べてお風呂入って本読んでとかしてると一々もう一度出るのが面倒で、行ったことがなかった。もちろん、あんまり目立たないでおこうと思ってたのもあるけれど。
主任がいなくなってからは、仕事が終わるのが遅くて凄く疲れてて行かなかったし、実は昨日はじめてああいう若手の集まりに行ったのだ。知らない人ばかりだし、アリサとウィルのハーレム状態には若干引いたけど、正直ちょっと楽しかった。
もう死亡フラグも折れたんだし、たまには参加させてもらうのもいいかもしれない。
「そーぉ、それはよかったわ。じゃあ今日も一日頑張りましょうね」
ひらひらと手を降るアムネムさんに頭を下げるとあたしは今日の仕事にとりかかった。
午前中の配達も終え、食堂に昼食をとりに行くと、戦闘服に身を包んだウィルたちがいた。
「あれ?これから任務?」
声をかけると空いていたエレノアの隣に腰掛けるように促されたので腰を落ち着かせる。
「そう。ノルドさんの件、一応郵便物の投函場所がわかったみたいで」
「へー…どこだったの?」
魚定食のサバ味噌を食べながらカイリーが答えてくれる。明らかに舞台は外国なんだけど、小説の世界だからおにぎりとかサバ味噌とかちょいちょい和食が出てきて嬉しい。あたしも今日は魚定食にした。
「アズサですわ」
「アズサ…ってゴウヒ国の首都の?」
「あれ?カナ詳しいね!」
カイリーが言うとエレノアは知ってて当たり前でしょうみたいな目をしたが、別にあたしも知識として知ってるわけではない。
「あたしの地元なの。どうしてあんな田舎国からわざわざ…」
「さー…一応主任の出てった後の足取りもたどってんだけど、時間が経ちすぎてるみたいでさ。あんまりに情報が無さすぎて、こんなことならすぐに調査しとくべきだったって言ってる人もいるくらいだ」
そう言って憤るアリサが目に浮かぶ。
「ま、なんにせよウィルの復帰戦だもんね。頑張ろう」
えいえいおー!と拳をあげたカイリーを軽すぎだろとマックが小突いた。
「そういえば、ウィルはどの班に入るの?」
「とりあえず保留ってことで、元の班に戻って、しばらくはイレギュラーですけど五人体制ってことみたいです」
「いまいち信用してねーかんじだもんなぁ。やな感じだぜ」
「だから頑張らなくちゃって言ったじゃんか」
カイリーが膨れると、マックが宥める用にぽんぽんと頭を撫でた。
「皆さん、そろそろいい時間ですわよ」
すごい優雅に食べてたのに食べ終わっているエレノアに急かされ、急いで昼食を平らげる。
「みんな、気をつけてね!」
食堂前で方向が別れるため、その場で見送ると、みんな拳を握って返してくれた。その姿が角を曲がって見えなくなるまで見送る。
「よし!あたしも頑張りますか」
負けてられない、やっぱり少しでもみんなの役に立ちたい。
一人気合を入れ直すと、あたしは午後の仕事に向かった。




