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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、手仕事を行う

 アニャと共に山に入り、カバの木によじ登って小枝をナイフでひたすら伐り落とす。

 背負ったカゴがいっぱいになったら家に戻り、再び山に入って同じ行動を繰り返す。

 ある程度貯まったら、束にしてハシバミの細い枝でぎゅうぎゅう締めてから縛るのだ。

 これに、先端をナイフで尖らせた白樺のしっかりした長い枝を差し込んだら、箒の完成である。

 これらは、商品として作られているようだ。冬になると落ち葉も増えるので、売れるというわけである。

 白樺の枝を使って仕上げるのには、理由があるようだ。

 箒の毛先に柄を押し込む作業をしながら、アニャの話に耳を傾ける。


「白樺は〝聖なる樹木〟と呼ばれているの。一家に一本あったら、悪魔を退治できるという言い伝えがあるのですって」

「へえ、そうなんだ」


 先日、白樺の枝切りに行ったのだが、箒の先端部分の細枝集めとは異なり、長くかさばるうえに重たいのでなかなか大変だった。

 なんでも、マクシミリニャンは完成した箒を三十本ほど背負い、山を下りるらしい。

 俺は十本でも、途中で音を上げそう。


「そういえば、柄の部分にするために白樺をどんどん伐っていたけれど、大丈夫だったの?」

「ええ。ほどよい剪定は、木のためにもなるの」


 なんでも、みっしり枝が生えた木は風が強く当たり、倒れてしまうらしい。剪定してあげると、風通しがよくなるのだとか。

 さらに、余分な枝を切り落とすことによって、木の成長を促すようだ。


「毎年白樺を使っているわけじゃないの。悪魔が苦手とする聖なる木は、白樺だけではないのよ」

「たとえば?」


 月桂樹げっけいじゅにオリーブ、ひいらぎもみ、ナナカマド、ヤナギなどなど。悪魔祓いの木は複数あるようだ。


「そういや子どものとき、箒で悪魔祓いごっこをしていたな」


 騎士のように箒を構え、ただの木の棒で応戦する悪魔役とひたすら打ち合いをするだけの遊びだ。

 騎士役が大人気で、誰も悪魔役をやりたがらなかった。


「昔、悪魔の存在が信じられていた時代では、子どもも悪魔祓いに参加させていたって話を本で読んだことがあるわ」 

「じゃあ、悪魔祓いごっこは当時の名残なのかもしれない」

「可能性はあるわね」


 その後、黙々と作業を続ける。

 養蜂のピークは過ぎたので、今はこういった手仕事がメインである。

 冬になると雪が降って山を登り下りできなくなってしまう。そのため、村で売れる品を作り、保存可能な食料を買ってくるのだという。


「村に頼らず、自分達だけで暮らすのかー。なんだか想像できないな」

「驚くわよ。吹雪で何もできない日があるから」

「そっか」


 街のほうでは積もっても、膝くらいまでだ。この辺りでは、場所によっては全身がすっぽり埋まるほど深く降るらしい。

 話を聞いただけで、ガクブルと震えてしまう。


「イヴァンのところは、冬は何をしていたの?」

「ざっくり言えば雑用かな。巣箱を作ったり、遠くの村に蜂蜜を売りに行ったり、街に出稼ぎに行ったり」

「出稼ぎ?」

「ミハルの実家が雑貨商で、倉庫の整理とか、店番とか、商品の陳列とか、いろいろやっていたんだ」

「ふうん。そうだったのね」


 山の越冬は、ひとまず生きることを目標にするのだとか。

 それくらい、厳しいものらしい。


「幸いにも、湧き水はなぜか絶対に凍らないの。山の精霊様のご加護だって、お父様はおっしゃっていたわ」


 生活水が凍ったら、いちいち溶かさないといけないのでますます大変だっただろう。山の精霊様に感謝、感謝だ。


 と、アニャと話しているうちに箒が完成する。

 たくさん売れますようにと、祈りを込めておいた。


 ◇◇◇


 マクシミリニャンが戻ってきた。背中には、たくさんの荷物を背負っている。


「お父様、おかえりなさい」


 アニャと共に駆け寄ったところ、マクシミリニャンの表情は途端に曇った。

 すぐに、交渉が上手くいかなかったのだなと気づく。


「イヴァン殿……」

「お義父様、大丈夫。なんとなくわかった」

「すまない」


 しょんぼりうな垂れるマクシミリニャンの背中を押し、家の中へと誘う。こんなにたくさんの荷物を抱えて、大変だっただろう。

 下ろしてあげようと思ったが、重すぎてちっとも持ち上がらなかった。

 マクシミリニャンは「はあ」というため息と共に、背中の荷物を落とす。本人は軽々と置いているようだったが、床からゴッ!! という鈍器を打ち付けたような音が鳴った。


 アニャがお茶を淹れてくれる。マクシミリニャンは喉が渇いていたのか、よく冷ましてからごくごくと飲み干す。


「お父様、ツィリルのご両親は、ここに来ることに対して難色を示したの?」

「うむ」


 ツィリルはまだ八歳。親の手から離れることを許せる年頃ではない、と言われたようだ。


「逆に、イヴァン殿がやってきて、ツィリルに直接指導するのはどうかと言われたのだが――」


 それを聞いた瞬間、アニャが俺を力強く抱きしめる。


「イヴァンは、ダメ! 実家に返したくないわ!」

「私も同感である」


 マクシミリニャンはその場で提案を断ったらしい。

 互いの希望が合致せず、交渉は決裂したようだ。まあ、想像通りである。


「ツィリルには悪いことをしたな。落ち込んでいなければいいけれど」

「心配ない。あの子も、叶うとは思っていなかったと言っていた」

「そう」


 何もかも、思い通りにはならない。人生、そんなものなのだ。 

 

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