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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、義父に思いをはせる

 マクシミリニャンはツィリルを引き取る件について話をするため、山を下りていった。

 おそらく、交渉は決裂するだろう。

 うっすらわかっていたので、もう行く必要はないのではないか? そうマクシミリニャンに言ったものの、それでもいい、改めて俺の家族に挨拶がしたいと言って旅立っていった。

 マクシミリニャンは大丈夫なのか。青空を見上げながら、心配してしまう。

 そんな俺に、ツヴェート様が声をかける。


「どうしたんだい? 浮かない顔をして」

「いや、お義父様、大丈夫かなって思って」

「いい大人を、心配するんじゃないよ」

「でも、人質に取られて、返してほしかったら山を下りてこい、とか言いそうだなって」

「あんた、あの大男が幼い子どもに見えているのかい?」

「いや、見えていないけれど」

「あれは元軍人だ。一般市民に捕まるわけがないだろう」

「あ、そうだ。お義父様、元軍人だった」


 脳内で、兄や義姉達に縄でぐるぐるにされたマクシミリニャンを想像していたが、あの全身筋肉な元軍人を取り押さえるのは不可能に近いだろう。


「まったく、バカなことを考えて」

「本当に、その通りです」

「まあ、口下手で不器用なところは、心配だけれど」

「ですよね」


 ツヴェート様は俺の背中をばん! と叩く。心配するなと言いたいのだろう。

 なんというか、力強い……ではなくて、心強い励ましであった。

 独り暮らしのツヴェート様を心配し、山で暮らさないかと誘った。しかしながら、現状では俺たちのほうがツヴェート様に助けられている。

 血のつながりはないのに、同居を許してくれたツヴェート様の家族には感謝しなければならない。今度、蜂蜜の詰め合わせを送ろうと思った。


 お昼からは、ツヴェート様と一緒に川に行く。染め物を洗いたいらしい。湧き水はもったいないというので、近くの川に案内した。


「おや、ここはマスがいるじゃないか」

「そうそう。おいしいよねえ、マス」


 基本的に、魚は仕掛けを設置して捕まえる。釣りをする時間がもったいないというのもある。

 ツヴェート様は川を鋭く睨みつけ、地面に這いつくばった姿勢となった。


「え、何? ツヴェート様、ど、どうしたの?」

「静かにおし!」

「ツヴェート様の声のほうが大きいけれ――いえ、なんでもありません。黙ります」


 いったい何をするつもりなのか。

 ツヴェート様は腹ばいになって寝そべる姿で、川に片腕を突っ込んだ。

 しばし、川のせせらぎを眺めるだけの時間が過ぎていく。

 突然、ツヴェート様は目をカッと見開く。そして、川から腕を引き抜いた。

 何かが、目の前を通り過ぎる。

 びたん、と地面に落ちたのはマスだった。


「え? え! えええっ!?」


 素手で、マスを捕まえた?

 呆然としていたら、二匹目のマスが宙を舞っていく。こちらに向かって跳んできたので、思わず受け取ってしまった。


「きちんと取りあげたかい?」

「は、はい。元気な、マスです!」


 産まれたばかりの赤子を抱くように、びちびちと暴れるマスを胸に抱いていた。

 ツヴェート様は三匹のマスを手づかみで捕まえた。すごいとしか言いようがない。


「っていうか、どうやって捕まえるんですか?」

「こういう岩の下には、マスが隠れているんだ。そっと手を差し込んで、マスに触れたら一気に掴む。それだけさ」

「いや、それだけさって……」

「あんたもやってみな」


 ツヴェート様に言われて実際にやってみたが、一匹も捕まえられなかった。

 その後、マスはおいしく調理された。


 ◇◇◇


 夜――アニャと一日あったことを報告し合う。

 マクシミリニャンの心配をしていた話を聞いたアニャは、お腹を抱えて笑っていた。


「ふふふ! お父様が人質になるんじゃないかって、心配するなんて!」

「俺の中では、ただのお父さんなんだよ」

「そう。お父様が聞いたら、きっと喜ぶわ」

「喜ぶのかな?」

「喜びますとも。お父様、おっしゃっていたわ。かつての自分は、味方からも恐れられ、畏怖の念を抱かれるような存在だった。だから、普通の人になりたかった、ってね」

「恐ろしいお義父様? うーん、想像できない」

「ツヴェート様から聞いたのだけれど、この地に来たばかりのころは、ピリピリしていたのですって」

「そうなんだ」


 筋骨隆々な軍人が、女性を拐かしてきたと村では噂になっていたらしい。

 若かりしころの、近寄りがたいマクシミリニャン。絶対にお近づきにはなりたくない。

 ツヴェート様の辛辣な様子から、当時はいろいろとやらかしたのだろう。

 それらを経て、今の温厚なマクシミリニャンがいるというわけだ。


「私が生まれてから十九年経つ間に、お父様の棘も抜け落ちてしまったみたい」

「わかるかも。アニャといると、俺の中にある棘がなくなったような気がする」

「イヴァンは最初から、棘なんてなかったでしょう」

「そう?」

「ええ。信じがたいくらいのお人好しだと思っていたわ」

「ええっ。どこか陰のある、ミステリアスな青年だと思っていたのに」

「どの辺が?」


 改めて聞かれると、答えられないものである。

 なんか辛い過去の記憶があったような気もしたが、毎日幸せなので忘れてしまった。


 突然、アニャが抱きしめてくる。思わず、喜びの「うひょ!」という声を上げてしまった。


「なんなの、今の変な声」

「アニャが抱きしめてくれて、嬉しいという声」

「なんだか落ち込んでいるように見えたから、ぎゅっとしてあげたのに」

「落ち込んでいないよ。世界いち、幸せな男だって考えていたんだ」

「だったらもっと、嬉しそうにしなさいよ」

「そうだね」


 アニャを抱き返し、目を閉じる。

 改めて、幸せだとしみじみ思ってしまった。

 

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