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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、学習しない

 開墾地は、木々の根っこを取り除いて終わりではない。

 これから、植物を育てるために耕さないといけないのだ。

 根を掘り返しているときにも問題になったのだが、ここの土の中には細かな根っこや石がたくさんあった。

 根や石混じりの土では、植物は育ちにくくなる。

 そんなわけで、硬い土を掘り起こしては根や石を回収する。

 俺が土を掘り、アニャが根や石を取り除き、ツヴェート様は腐葉土を撒く。それを毎日、せっせと繰り返していた。

 頑張っても頑張っても、作業は思うように進まない。

 それでも、やるしかなかった。


 休憩時間――庭に布を広げてひと休みする。

 アニャは家にお茶を沸かしに行ってくれた。

 青空を見上げ、ツヴェート様とのんびりとした時間を過ごす。

 そんな中で、ツヴェート様がぽつりと呟いた。


「イヴァン、あんた、偉いねえ」

「え、どこが!?」

「文句ひとつ言わずに、せっせと働いて」

「そういうの、普通のことだと思っていた」

「普通なわけあるかい」


 人の集中力は案外保たないらしい。十五分も同じ行動を続けたら、飽きがくると。


「だいたい、男共は十分もしないうちに腰が痛いだの、手が痺れるだの言い出すのさ」

「そうなんだ」

「あんたは一時間半、無言で作業を続けた。とんでもない集中力の持ち主だよ」


 これまで、一日中蜜蜂の世話をしていた。

 無駄口を叩くと蜜蜂が驚いてしまうし、常に働いている蜜蜂と共に在れば手を止めるなんて言語道断。

 そんな環境の中でずっと働いていたので、黙々と働くのはそこまで苦痛ではないのだろう。


「本当に、いい男だ」

「ど、どうもありがと――」

「あ!?」


 ツヴェート様の表情が、急に厳しいものへと変化する。こちらを、猛烈に睨んでいた。

 この一瞬の間で、何をしたのか。


「あ、あの、俺、何かした?」

「手!! きちんと見せな」

「手?」


 キョトンとしながら、ツヴェート様へと差し出す。


「あんた、いつの間に手のひらに肉刺まめをこさえた挙げ句、潰しているんだよ! 黙ったままでいるのもたちが悪い!!」

「えっと、ごめんなさい」

「なんで黙っていたんだよ」

「あとで、アニャに薬をちょうだいって、言おうとしていたんだ」

「なぜ、すぐに言わない!」

「だって、アニャの薬を塗ったら、手がベタベタになって仕事にならないし」

「バカを言っているんじゃないよ! 肉刺ができた時点で、作業を中断するのが正解なんだ」

「ごめんなさい」


 ツヴェート様にバシバシと背中を叩かれる。「痛い」と叫んだら、手のひらの潰れた肉刺に比べたら、大したことないと言われてしまった。

 そんな状況の中で、アニャが戻ってくる。


「ふたりとも、どうしたの?」


 猛烈に背中を叩くツヴェート様と、叩かれる俺。

 可哀想なのはどちらかは、一目瞭然だったが――。


「アニャ、この男、肉刺をこしらえた挙げ句、潰していたんだよ」

「な、なんですって!? イヴァン、どうして言わないのよ」

「いや、みんなに迷惑がかかると……」

「言わないほうが、迷惑なのよ」


 ツヴェート様に叩かれ、アニャ様に怒鳴られ、どうしてこうなったのかと明後日の方向を見る。

 その視線の先から、マクシミリニャンが走ってきた。


「何事であるかーーーーー!!」


 全力疾走でやってきたマクシミリニャンは、ツヴェート様とアニャの前に立ちはだかって助けてくれた。


「よってたかって、何があったというのだ!?」

「イヴァンが作った肉刺を潰して、それを隠そうとしていたんだよ」

「許されることではないわ」


 ツヴェート様とアニャの圧のある視線にさらされたマクシミリニャンだったが、俺を庇い続ける。


「イヴァン殿を責めるでない。皆を想う心が、そうさせてしまったのだ」

「その優しさのせいで、手が腐り落ちたらどうするんだよ!」

「そうよ! ちょっとした怪我から雑菌が入って、重症化する可能性だってあるんだから」

「し、しかし、ふたりで責めるのは、可哀想である」

「お父様は黙っていて!」

「そうだよ! あんたが割って入るから、余計に話がこじれるんだ」

「や、やめてー! 俺のために、喧嘩しないでー!」


 お茶が冷めるから飲もう。そう提案し、アニャが入れてくれた蜂蜜紅茶をみんなで飲む。

 蜂蜜の風味がたっぷり効いた一杯は、疲れた体に沁み入るようだった。


「ねえ、イヴァン。怪我をしたらすぐに報告してって、何回も言っているでしょう?」

「う、うん」

「体は、壊れたら元には戻らないの」

「は、はい」

「だから、これから先は絶対に言ってね」

「約束します」


 アニャは幼子に諭すように、優しく話してくれた。

 怒鳴られるよりも、こういう言葉のほうが胸に響いてしまう。心から、申し訳ないと思った。


「それにしても、みんな俺のことが好きなんだな」

「そんなの、当たり前じゃない」


 アニャの言葉に、マクシミリニャンとツヴェート様は同時に頷いたのだった。

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