養蜂家は、蜜薬師の花嫁と薔薇の実摘みをする
毒草を刈り取って終わりかと思いきや、まだ目的があるらしい。
「薔薇の実を採りに行くわよ」
薔薇の実とは、その名の通り薔薇がつける実である。栄養豊富で、ジャムにしたり、お酒にしたり、お茶にしたりと保存が利く食料になるのだという。
「薔薇の実は美容効果もあって、たくさん採れた年はオイルを抽出して化粧水を作っていたわ」
「へえ、そうなんだ」
薔薇の花は見事な赤い実を付けているのは知っていたが、これまで口にしたことはなかった。
「イヴァンの実家では、薔薇の蜂蜜は作っていなかったの?」
「うん。原種の薔薇は一季咲きの品種が多いから、手を出していなかったんだと思う」
蜂蜜を採るとしたら、原種に近い薔薇がいいだろう。品種改良された薔薇は、見た目重視で、蜜を採るような品種ではない。
「薔薇といったら、春に咲くものなんだけれど」
「街のほうでは、品種改良された薔薇が流行っていて、春と秋に咲くんだよ」
「そうなのね」
薔薇は人間の手が加わっていない〝原種〟、それから品種改良が流行った以前よりある種類の〝オールドローズ〟、近年に作られた〝モダンローズ〟がある。
ちなみに、薔薇は花蜜が採れる種類は少ない。
たまに薔薇蜂蜜なんてのが売っているが、それは薔薇を蜂蜜に浸けて香り付けしただけのもので、純粋な薔薇の蜂蜜ではないのだ。
この山には野薔薇がたくさん自生している場所があり、そこでは薔薇の蜂蜜が採取できる。
大変貴重な蜂蜜であるものの、特に高い値段が付けられるわけではない。普通の蜂蜜と同じ価格で売られているのだ。
マクシミリニャンに王都に住んでいるお金持ちに高値で売れると言ったが、首を横に振っていた。
自然から分けて貰う蜂蜜で、儲けようという気持ちはないらしい。
なんて清らかな心を持つ養蜂家なのかと感動した覚えがある。
そして、金儲けしか頭にない自分を恥じた。
「イヴァン、行きましょう」
「あ、うん」
センツァに乗って移動すること十分ほど。かつて野バラが咲いていた領域にたどり着く。
「あ、すごい」
野薔薇には立派な薔薇の実が生っていた。
小粒のものから大粒まで、品種によってサイズは異なるようだ。
「イヴァン、棘で怪我をしないように、気を付けてね」
「了解」
それから、アニャとともに薔薇の実を採る。棘に警戒しつつ、無言でプチプチと採取していった。
二時間ほどで、家から持参したカゴがいっぱいになった。
太陽も傾きつつあるので、家路に就く。
帰宅後――アニャは夕食作りに取りかかる。
「イヴァンは薔薇の実を洗っておいてちょうだい」
「了解」
取ったばかりの薔薇の実を、湧き水で洗う。網の上に置いてしばし乾かすのだ。
夕食後、採ってきたばかりの薔薇の実を加工するようだ。
まず、薔薇の実から種を抜く作業を行う。
ナイフで薔薇の実を割り、種を取るのだ。種には毛みたいなものが絡まっていて、これも丁寧に取り除かないといけない。なんでも、お腹を下す成分が入っているのだとか。
種を取り除いた薔薇の実をボウルの中で潰したあと、熱湯を注ぐ。これに砂糖を加えてよくかき混ぜるようだ。
ぬるま湯くらいにまで冷ましたら、ワイン用の酵母とレモン汁、タンニンを加える。
「これを一日置いたあと、しっかり布で漉して、発酵用の瓶に移すの。そのあと、発酵が終わったら保存用の瓶に移し替えて、地下で一年間寝かせるのよ」
「い、一年も!?」
「ええ。今年は、去年作った物を飲むの」
「そうだったんだ。気の長い話で」
早くても一か月後には飲めるかな、なんて考えていたのだ。まさか、一年も先だなんて。
「去年作ったワイン、飲んでみる?」
「え、いいの?」
「味見してみましょう」
マクシミリニャンがいないのに、勝手に飲んでいいのか。そんな不安を口にしたら、去年の薔薇の実ワインを作ったのはアニャだという。
「お父様は、食べ物のことで怒らないわよ」
「そうなんだ」
食べ盛りのころは、勝手に家にあったパンを食べて怒られていた記憶がある。一言、食べてもいいか聞けばいいのに、それをしなかったので叱られていたのだろう。なんとも恥ずかしい思い出だ。
地下にはさまざまなお酒の瓶が並べられていた。
年代もののラベルが貼られているのは、マクシミリニャンのコレクションだという。
「うわ、十年前のベリー酒とかもある」
「飲んでみる?」
「いや、いい。これは、きっとお義父様の大事なものだろうから」
「別に、大事に取っているわけではなくて、あまり飲まないだけなのよ。何本かあるし、飲んでみたら?」
お酒は嫌いなわけではなく、むしろ好きな部類なのだそうな。しかし、山で暮らし始めてからは、特別な日や頑張った日のお楽しみとして飲んでいるようだ。
「あとは、寒い日の晩や、眠れない日に飲むくらい?」
「へー。なんていうか、お義父様って禁欲的な人だよね」
「そうね。山暮らしは娯楽がないから、お酒に溺れる人も多いみたいなの。結婚前は毎日のように飲んでいたようだけれど、それを聞いて飲まなくなったそうよ」
「偉いなあ」
うちの飲んだくれの兄達に聞かせたい話だ。
「イヴァンは、お酒は好きなの?」
「いやー、どうだろう。飲めるしおいしいとは思うけれど、飲んだくれの兄達のせいでお酒にいいイメージがないというか、なんというか……」
薔薇の実ワインはどういう味がするのか気になるので、飲んでみたくなったのだ。
「アニャは?」
「私も、眠れない日にちょっと飲むくらい」
「そっか」
アニャは寝付きが悪いので、お酒を飲んでぐっすり眠ってほしい。
「ちょっと強いお酒だから、温めて酒精を飛ばしてくるわ」
「ん、ありがとう」
薔薇の実ワイン作りで、ちょっと疲れてしまった。寝室で飲んで、そのまま眠ろうという話になった。




