表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/156

養蜂家の青年は、蜜薬師の花嫁の作った夕食を堪能する

 アニャはごちそうを用意して待ってくれていたようだ。

 ひき肉とチーズをパイ生地で包んで揚げたものに、ジャガイモ団子とひよこ豆のスープ、茹でたソーセージに、山羊のチーズに蜂蜜を垂らしたものなどなど。どれもおいしそうだ。

 

「イヴァン、お父様、たくさん召し上がれ」


 神様、天使様、アニャ様と祈りを捧げて、ごちそうをいただく。

 まずは、アニャオススメの揚げパイから。

 パイ生地にはバターがたっぷりと練り込まれており、豊かな香りが鼻先をかすめる。ナイフとフォークで優雅に食べたら、肉汁が逃げてしまうと言われたのでそのまま囓った。

 サクッという軽い食感のあと、パイ生地から肉汁がどばーっと溢れてくる。中には、糸を引くようなチーズもたっぷり入っていた。味付けはトマトである。酸味の中に肉とチーズの旨みが交ざり合い、コクのあるスープのような味わいになっていた。

 揚げたてなので、口の中を火傷しそうになる。はふはふと口の中で冷ましつつ、バクバクサクサク食べた。


「イヴァン、聞くまでもないような気がするけれど、どうだった?」

「おいひいれす……!」


 そのままかぶりつけば舌先を火傷するとわかっていても、食べるのを止められない。

 あっという間に食べきってしまった。


 ジャガイモ団子とひよこ豆のスープもいただく。ジャガイモ団子はもっちもち、ひよこ豆はほくほくで、これまた美味である。白濁とした鶏の出汁が、スープの味わいに深みを出しているようだった。


 茹でたソーセージは、皮はパキっと弾け、中の肉はぷりっぷり。旨みがじんわりと、口の中で広がっていく。焼いたソーセージもおいしいが、やはり一番は茹でたものに限る。


 蜂蜜をかけたチーズは、当然おいしい。だって、自家製なのだから。

 甘い蜂蜜と、ほんのりしょっぱいチーズの相性は最強としか言えなかった。


 アニャの料理はどれもおいしい。天才だ。そう褒めちぎっていたら、アニャが大人しくなる。ふと、顔を見てみたら、頬を真っ赤に染めていた。


「アニャ、どうしたの?」

「だって、イヴァンが過剰に褒めるから」

「え、いつもこれくらい言ってない?」

「言っているような気がするけれど、こうして食事をするのは久しぶりだったから」

「そ、そっか」


 可愛いことを言うアニャの頭を撫でようとしたが、視界の端にマクシミリニャンが映ってしまった。

 それとなく、楽しく会話する俺たちを見て存在感をなるべく殺そうとしているような無の境地に見えた。

 存在感がありまくるので、失敗しているようだが。

 父親の前で、娘に触れるのはなんとなく気まずい。出しかけた手は、ひゅっと引っ込んでいった。


「イヴァン、お父様は明日、村に下りてツヴェート様を迎えに行くそうよ」

「そうなんだ」


 ツヴェート様のご家族も、村に長居はできない。明日マクシミリニャンが山を下りて、翌日に連れ帰ってくるのだという。


 ということは、一日だけアニャとふたりっきりというわけだ。

 どこでもかしこでも、いちゃいちゃし放題なわけである。


 いや、わかっている。そんな暇なんてなくて、実際は一日中働いてくたくたになることを。

 そして、夜になったらスヤスヤと健やかに眠ってしまうのだ。

 アニャは夜型で、俺は朝型。悲しい現実なのである。


「朝の仕事を終えたら、すぐに山を下りようと思っている」

「お義父様、朝の仕事はいいから、そのまま山を下りなよ」

「いやしかし、アニャとふたりで家の仕事をすべてするのは負担だろう?」

「大丈夫。ここでは、実家にいたときの三分の一も働いていないし」


 そんな発言をしたら、可哀想な生き物を見る目で見られてしまった。


「イヴァン、お父様なら大丈夫よ。体を動かしたほうが、下山するときも体が楽なのよね?」

「そうだ。筋肉が解れるからな」

「そっか。だったら、お言葉に甘えて」


 アニャとマクシミリニャンは、ホッとしたような表情を見せている。


「な、何、その反応」

「イヴァンってば働きたがるから、なるべくお父様と阻止しようってお話ししていたのよ」

「そうだ。イヴァン殿は、働き過ぎなのだ」

「働き過ぎなんだ」


 親子は同時に頷く。改めて、実家での働きは異常なものだったらしい。家出して、本当によかったとしみじみ思ってしまった。


 ◇◇◇


 夜――ここ最近一緒に眠ってくれたアニャの愛犬ヴィーテスは寝台に上がらず、いつものクッションに顎を乗せて眠っていた。

 どうやら、アニャがいないので親切心から布団に潜り込んでくれていたようだ。

 おかげさまで、寂しくなかった。

 朝、ヴィーテスがお腹の上に乗っている状態で目覚めるのは、若干苦しかったが。

 風呂上がりのアニャがやってくる。腕を広げるとリスのようにちょこちょこ走ってきて、胸に飛び込んできた。

 アニャを、ぎゅーっと抱きしめる。幸せな気持ちが、爆発しそうだった。


「あー、久しぶりのアニャの匂いー」

「蜂蜜石鹸の匂い?」

「それと、アニャのいい匂いが混じったやつ」

「何よ、それ」


 上手く説明できないが、アニャの匂いをかいでいると非常に癒やされる。

 アニャはとろんとした目つきで、見上げてきた。

 これは、とてつもなくいい雰囲気なのではないか。 


「アニャ――」


 湯上がりでホカホカのアニャを胸に抱いていたら、途端に眠気に襲われる。

 キス! せめてキスしてから眠りたい。そう思っていたのに、体が強い眠気を訴える。


「やばい、もう、限界」

「え!?」


 寝台の上にアニャごと倒れて、そのまま意識が遠ざかる。


「きゃっ! やっ、あのっ……ん?」

「……」

「あの、イヴァン?」

「……」

「イヴァン、ねえ、イヴァン!?」

「ぐう」

「嘘でしょう? もう、眠っている……!」


 アニャの胸に顔を埋め、極上の寝心地の中でぐっすり眠ってしまった。

◇◇◇お知らせ◇◇◇

養蜂家と蜜薬師の花嫁、書籍化が決定しました!

これまでお付き合いいただきました読者様の応援あっての書籍化決定です。どうもありがとうございました!

発売は2021年となっておりまして、また発売が近くなりましたらお知らせいたします。

これからも、養蜂家と蜜薬師の花嫁をどうぞよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ