養蜂家の青年は、義父と話す
次、もしも実家に戻るならば、それはアニャとの新婚旅行か、ツィリルを迎えに行くときだと思っていた。
まさか、その前に呼び出されるなんて。
昼食に戻ってきたマクシミリニャンに、実家に戻るようにと手紙に書いてあった旨を報告する。
空気が、ピリッと震えた。
珍しく、マクシミリニャンは鋭い目でこちらを睨むように見ている。その瞬間、ゾクッと肌が粟立つ。いつもは優しい人なのに、こんな怖い表情もできるのかとびっくりしてしまった。
さすが、元軍人と言えばいいのだろうか。とんでもない迫力である。
「あ、えっと、これから冬支度もあるし、実家に帰っている場合じゃないよね」
冬になれば、この辺りは一面深い雪に覆われるらしい。そうなったら、街へ降りることも不可能となるという。
夏の終わりから秋にかけて、入念に冬支度をするのだと以前アニャが話していたのだ。
「実家に行くのは、アニャとの新婚旅行のついでがいいのかな」
「いや、勝手ながら、イヴァン殿は実家に戻るべきではないと思っている」
「どうして?」
「おそらく、この件は交渉の材料にされるだろう」
「交渉って?」
「ツィリル坊を引き取る代わりに、対価として何かしてくれと要求するだろう」
「そうかな?」
「そうに決まっている。もしも、前向きに検討するならば、相手がこちらへやってくるはずだ」
「あ、そっか」
大事な息子を預けるのである。どんな環境で、どんな人達が暮らしているのか、普通の親ならば気にするだろう。
「ご家族を悪く言ってしまい、すまなかった」
「ううん、大丈夫。悪いところばかりの家族だから」
マクシミリニャンの言うとおり、今は実家に戻らないほうがいいのかもしれない。
兄ミロシュは兄弟の中でも温厚で、話が通じる人だ。けれど、実家には他の兄がいる。
サシャに会うのも、まだちょっと気まずい。
「じゃあ、手紙には兄がこっちに来るように書いて――」
「いいや、我がイヴァン殿の実家へ直接行こう」
「お義父様が!?」
「結婚の挨拶は、母君以外にはしていなかったからな。イヴァン殿の近況も含めて、報告してこよう」
「え、でも、なんか悪いような」
「遠慮するな。ツィリル坊の面倒を、見たいのだろう?」
「それは、そうだけれど」
「どうか、我に任せてくれ。しっかり、納得するまで話をしてこよう」
「うん、わかった。その、お義父様、ありがとう」
胸が、じんと温かくなる。実の親以上に、マクシミリニャンは優しくしてくれる。なんだか、目頭が熱くなってきた。この年になって泣くのは恥ずかしいので、ぐっと我慢する。
「以前から思っていたのだが――」
「んん?」
「イヴァン殿は、もっと我やアニャに甘えていい」
「え、俺、めちゃくちゃアニャやお義父様に甘えているんだけれど!」
「どこが?」
「改めて聞き返されると困るけれど……」
山を下りて街に行くときも、マクシミリニャンに仕事のすべてを任せている。重たい物だって、持てなければすぐマクシミリニャンに助けを求めていた。
「他にも……なんだろう。精神的に、ものすごく甘えていると思う」
「むう」
納得していないようで、頬を膨らませている。そんな顔をされても、困るのだが。
「これからは、もっと、甘えるようにするから」
そう返すと、マクシミリニャンはにっこりと笑顔を浮かべた。
そのままの表情で、午後からのお仕事について知らせてくる。
「ああ、そうだ。昼からは開墾地を爆破しようと思っている。ツヴェート殿や、ツィリル坊が来る前に、やっておこう」
「あ、はい」
ついに、開墾地の木々の根を、火薬で吹き飛ばすようだ。
「朝から、火薬を仕掛けた。あとは、点火して爆発させるばかりである」
「そ、そっか」
いそいそとマクシミリニャンが差し出したのは、耳栓と耳当て、毛糸の帽子、それからヘルメットであった。目を守る保護用眼鏡もある。
「よし、やるか!」
「……はい」
最後まで火薬の使用について気が進まなかったのだが、開墾地の木の根はびくとも動かなかったのだ。
もう、火薬を頼るしかないのである。
「イヴァン殿、爆破は恐ろしいか?」
「まあ、うん。戦争の話を、聞いたことがあって」
「そうだな」
武力として火薬を使うことと、生活のために火薬を使うことを、同一視してはいけない。そう思いつつも、ついつい恐れてしまうのだ。
「イヴァン殿がいないときにしようか?」
「ううん、いい。これからツヴェート様がきて、開墾地に庭を造るかもしれないし。アニャやツィリルだって、爆発を怖がるかもしれない」
「我がひとりのときに、やってもいいのだが」
「ダメだよ。危険だから、誰かがいるときにしないと」
やるなら今日しかない。マクシミリニャンの背中をポンと叩き、外へ行くように促す。
まず、家畜たちは驚くので、山のほうへと離しておく。
家で待つ大型犬ヴィーテスは家の地下に避難させた。
「準備はよいか」
「よいです」
マクシミリニャンがひとりで点火に向かう。
俺は離れた場所で、布団を被って待機していた。
しばらくすると、マクシミリニャンが走ってこちらにやってくる。
そして――。
ドーーーーーーーーーーーーン!!!!!
とてつもない爆破音が、当たり周辺に鳴り響いた。続けて何度か、ドンドンドンと聞こえてくる。設置した火薬のすべてが、無事爆発したようだ。
衝撃で大地が揺れ、木々がパラパラと葉を落とす。
走っていたマクシミリニャンは、バランスを崩して転倒していた。
「お義父様!!」
すぐに駆け寄って、マクシミリニャンの体を起こす。
怪我はないようで、ホッとした。
「どうやら、上手くいったようだな」
「だね」
まだ、ちまちまとした仕事はあるものの、大地に大きく根を張っていた木は除去できた。
開墾作業も、大きく進むことだろう。




