養蜂家の青年は、親友と語り合う
ツィリルの発言後、マス料理が運ばれてきたので、ロマナの妊娠についての会話は途切れた。
アニャも笑顔で食べていたものの、どこか空元気といった感じである。
ミハルはそれを察したのか、会話が途切れないように話を振ってくれた。
来て早々、気を使わせてしまって申し訳なく思う。
食事が終わったあとは、ボーヒン湖の周囲をのんびり歩く。
途中でアニャがミハルに水切りを披露していた。アニャが投げた石は、四回ほど水面を跳ねた。
「すげーーー!!」
ツィリルは大興奮し、やり方を教えてくれという。アニャは笑顔で、ツィリルに水切りを伝授していた。
少し離れた場所で、ミハルと共に見守る。
「いやー、なんつーか、イヴァン、すまんかったな」
「何が?」
「嫁さんの前で、ツィリルがロマナの話をしてしまったから」
「ああ。ミハルのせいじゃないって」
「でも、事前に口止めすることもできたなって思ってさ」
「いいよ。子どもが、そこまで気を使う必要なんてないし」
「そうだけどさ。あの雰囲気だと、嫁さん、ロマナの子がお前の子じゃないかと疑っているんじゃないか?」
「ミハルもそう思った?」
「思った」
やはり、アニャの何かを問い詰めるような鋭い視線は気のせいではなかったようだ。
「アニャに、ロマナについてきちんと説明していない俺が一番悪いよ」
「言ってなかったか」
「言ってなかったんだな」
「ま、言えないか」
「俺がうっかりロマナの名前を言わなければ、平和に過ごせたんだけれど」
と、ロマナの話はこれくらいにして。
「あ、そうそう。お義父様とアニャから、ミハルにお土産があるんだ」
「おー!」
ラズベリージャムを使って焼いたソバのケーキと、鹿の角のナイフ。
「お、ケーキ、うまそう! ちょっと甘いものが食いたかったんだ」
ミハルはケーキと鹿の角のナイフを掲げて、アニャに感謝の気持ちを伝えていた。
アニャは淡くはにかんで、会釈を返す。
「よし、いただこう」
ミハルは二口で、ケーキを食べきった。途中、口の中の水分を持って行かれたのか涙目になる。家から持ってきていた蜂蜜水を、分けてあげた。
「はー! うまい!」
「お口に合ったようで、何より」
続いて、鹿の角のナイフを引き抜き「カッコイイじゃん!」と上から目線で評価していた。
「ケーキ、店に出せそうなくらいおいしかった。いいなー、イヴァンは。嫁さんから、ケーキを作ってもらえるなんて」
そんなことを呟きつつ、蜂蜜水を飲む。誤解があったようなので、指摘させてもらった。
「あ、ケーキを作ったのは、お義父様のほうだから」
「ぶはっ!!」
ミハルは口の中の蜂蜜水を噴き出す。天気がいいので、小さな虹が一瞬だけ浮かんだ。
「いや、にゃんにゃんおじさんお手製ケーキだったのかよ!」
「にゃんにゃんおじさんじゃなくて、マクシミリニャンのおじさんね」
そして、鹿の角のナイフはアニャ特製である。ふたりとも、手先が器用なのだ。
「そっか。あのおじさん、菓子作りが上手いんだな。人は見た目によらない」
「そうそう」
それからしばし近況を語り合う。
ミハルの家のお爺さんは、俺がいなくなったと聞いて意気消沈していたらしい。しかし、ツィリルが手伝ってくれると聞いて、元気よく漁に出かけているのだとか。
「ツィリルも、頑張っているみたいだ」
「そっか」
ミハルも、相変わらず実家に品物を届けているらしい。
「あそこも、変わったよ」
「男衆が働いているって手紙に書いていたけれど、信じられないな」
「実際に見ても、信じられんぞ」
その中でも、サシャが働いているというのが驚きである。いったいどんな顔で作業しているのやら。一回見学に行きたい。
「問題のロマナだが――相変わらず修道院で生活しているらしい。子どもは、養子に出すと、言っているってさ」
「そうだったんだ」
てっきり、働くようになったサシャとよりを戻しているのかと思っていた。
「お前のお袋さんも気に懸けて、面会に行っているようだが、最近は顔も見せてくれないってぼやいていたな」
「何もかも、上手くいくものなんてないよね」
「そうだな」
ちなみに、サシャは復縁を望んでいるらしい。だが一方で、ロマナはその気がないと。
子どもだけでも引き取りたいと望んでいたようだが、母は賛成しなかったという。気まぐれなサシャに、子育ては無理だと判断したのだろう。
「なんか、ごめん。実家がいろいろ問題を抱えていて」
「イヴァン、実は、問題はロマナだけじゃないんだ」
「え、何?」
ミハルが鞄から何かを取り出す。差し出されたのは、実家で作っている蜂蜜だった。
「これ、ちょっと舐めてみてくれないか」
「あ、うん」
花畑養蜂園では売れ筋の、アカシアの花から採れる蜜で作られた蜂蜜だ。口にする前に、蜂蜜を太陽に透かす。
「なんかちょっと、濁っているような」
蓋を開くと、独特な臭いが漂ってきた。異臭とまでは言わないが、なるべく嗅ぎたくない類いの臭いであった。
「うっわ。臭い」
「やっぱり、臭うよな?」
舐めなくても味は予想できるが――せっかくここまで持ってきてくれたので、いただく。
「やっぱりおいしくないね」
「だろう? お客さんもそう言って、返品してくるんだ。困ったもんだよ」
なぜ、蜂蜜が臭くまずいのか。それは、巣箱の管理不足である。
汚れた巣箱の中で蜂蜜を作ると、臭いを吸い込んでしまうのだろう。
巣箱はなるべく清潔さを第一に。長く使わずに、新しい物と取り替えたほうがいい。
「多分、兄さん達が巣箱を管理しきれなかったんだろうね」
「やり方が悪かったんだな」
花畑養蜂園の今年の蜂蜜は不味い。そんな噂話が流れ、売り上げは昨年に比べて三分の一以下だという。
窮地に陥ってから、兄達は俺の苦労に気づいたらしい。
「皆、口々にイヴァン、戻ってきてくれ~~なんて叫んでいるぞ」
「絶対に、実家に戻る気はないけれど」
「だよなー」
会話が途切れた瞬間に投げたツィリルの石が、湖で二回跳ねる。
ツィリルは跳び上がって喜んでいた。




