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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、蝋燭を作る

 伝書鳩を使い、商人に注文していた爆薬が届いたらしい。マクシミリニャンは嬉々としながら、取りに行くと言って山を下っていった。戻るのは明日の夕方だろう。

 最近瓶詰めした蜂蜜も、なんでも屋さんに納品してくれるようだ。

 俺とアニャは残って、蜜蜂や山羊などの生き物の世話を行う。

 今日も今日とて朝から蜜枠を回収し、蜂枠を遠心分離機にかけて瓶詰めした。


 採蜜で切り落とした蜜蓋や、枠から削いだ無駄巣――巣脾すひも、しっかり有効活用する。

 一段目は網を張った枠、二段目は木箱という二層構造の容器に、巣脾を入れる。上からガラスの蓋を被せ、太陽光の下に置いておくのだ。

 すると、巣脾に含まれる蝋が、溶けて二段目の木箱に落ちていく。木箱を斜めにしておくと、一カ所に集まるので作業がしやすくなる。

 二段目に溜まったものが、最終的に蜜蝋ミツロウとなるのだ。

 これで完成ではない。さらに、加工が必要だ。

 蜜蝋を割って鍋に入れ、水を注ぎ入れた。その後、加熱する。

 完全に蜜蝋が解けきったら、火から下ろす。それを、布に通して濾過するのだ。

 これらの工程をへて、蜜蝋は完成となる。


 実家でも、しょっちゅう蜜蝋作りをやらされていた。その後の加工も、担当は俺ひとりだった。

 作っていたのは、蝋燭である。直接うちにやってきて買う人がいるほど、人気だった。ミハルの実家の商店に出しても、すぐに売れてしまうらしい。

 なんでも、他の店の蝋燭に比べて臭くないと。ほんのり甘い匂いがすると評判だったのだ。

 なぜ、他の店の蝋燭は臭く、うちの蝋燭はいい匂いなのか。

 答えは単純明快。うちは小まめに巣脾を蜜蝋に加工しているからだ。

 臭い蝋燭は、長い間放置された蜜蝋から作っているのだろう。

 長い間そのままにされた巣脾には、幼虫の死骸や付着した蜜が残っている。中には、カビがきているのもあるという。それらの臭いが、そのまま蝋燭に残ってしまうのだ。だから、放置された巣脾で作った蝋燭はかなり臭う。

 実家の蝋燭は、すぐに作るように言われているので、蜜蝋が持つそのままの匂いがするのだろう。

 アニャやマクシミリニャンも、巣脾は放置せずにすぐに蜜蝋を作っていたらしい。

 だから、この家で使っている蝋燭も臭わないのだ。


 完成した蜜蝋は、すべてアニャに献上する。新しいものは薬や化粧品作りに利用し、古いものは蝋燭を作るらしい。

 そんなわけで、新しい蜜蝋と引き換えに去年作った蜜蝋が手渡された。

 久しぶりに、蝋燭作りをする。と言っても、工程はごくごくシンプルなもの。

 まず、用意するのは蜜蝋を溶かす鍋、それから花瓶のような細長い筒状の鍋がふたつ。

 細長い鍋の大きいほうには、湯を沸騰させておく。

 まず、蜜蝋を溶かす。なめらかになるまでくるくる混ぜたものを、細長い鍋に注ぎ入れる。それを、もうひとつの大きな鍋に重ねて湯煎する。

 蝋燭の芯となる紐を長めにカットし、真ん中を持って蜜蝋の中に浸ける。すぐに取り出し、余分な蜜蝋を振るい落とす。少し冷えたら、紐を引っ張ってピンと伸ばすのだ。

 再び、蜜蝋に紐を浸け、すぐに出す。紐がまっすぐになっていなかったら、引っ張って伸ばす。これを繰り返すと、紐に蜜蝋が付着する。アスパラガスくらいの太さになったら、蜜蝋燭の完成だ。


「アニャ、蝋燭、できたよ」

「え、もう!?」


 完成した蜜蝋燭を覗き込み、さらに驚いた顔をする。


「あなた、蝋燭を作る天才なの?」

「そうなのかもしれない」


 実際は実家で大量に作らされていただけだが、蝋燭作りの天才ということにしておいた。


「形もきれいね。お父様や私が作っても、ここまでまっすぐにはならないわ」

「お店にも出していたからね」

「まあ! そうだったの。さすがだわ。イヴァン、ありがとう」


 こんなに喜んでくれるのならば、百本でも二百本でも作れるだろう。

 アニャは収穫したソラマメを、さやから取り出す作業をしていたようだ。今夜はこのソラマメと山羊の乳を使って、ポタージュを作るらしい。楽しみだ。


 ◇◇◇


 アニャの料理はどれも絶品だった。

 子山羊が乳離れしたので、山羊の乳を使った料理が惜しげもなく並んでいた。

 中でも、パンに塗るバタークリームは天にも昇るおいしさだった。

 これからも誠心誠意お世話して、おいしい乳をいただかなくては。


 今日は、初めてマクシミリニャンがいない夜を過ごす。

 これまで、アニャに少しでも触れようものならば、もれなくマクシミリニャンの顔が思い浮かんだ。

 だが、今宵はいない。

 もしかしたら、いい感じの雰囲気になって、楽しいことがあるかもしれないのだ。

 風呂から上がり、先に寝室で待つアニャの様子を、ドキドキしながら覗き込む。


 アニャはブラシで髪を梳っていた。金色の髪が、ランタンの光に照らされて美しく輝いている。


 相変わらず童顔だけれど、伏した目やブラシで髪を梳る動作は大人の女性そのものだろう。

 いや、十九歳だから、間違いなく大人の女性なのだけれど。

 アニャは俺の存在に気づき、手招いてくれた。


「あら、イヴァン、どうしたの?」

「いや、邪魔したら悪いなと思って」

「そんなことないわよ」


 アニャは俺の髪も、ブラシで梳いてくれた。頭皮にチクチク刺さるようなブラシは、イノシシの毛で作ったものらしい。これで梳ると、髪に艶ができるようだ。


 背後にいるのでアニャの姿は見えないけれど、たまに熱い吐息が首筋にかかったり、やわらかいものが触れたりしてかなりドキドキしてしまう。

 梳る力加減も絶妙で、最初は痛いと思ったけれど、慣れたらめちゃくちゃ気持ちいい。

 髪にブラシを当てるのが、こんなにいいなんて。


「はい、これでお終い」

「アニャ、ありがとう」

「どういたしまして」


 髪の毛を梳ってもらってドキドキしていたけれど、アニャは俺のあとに愛犬ヴィーテスの毛も梳っていた。

 その様子を見て、ああ、俺もアニャにブラッシングされただけだったんだな、と思ってしまった。


 ヴィーテスのブラッシングから戻ったアニャは、上目遣いで話しかけてくる。


「ねえ、イヴァン。お父様がいないときに、してもらいたいことがあったの」

「え、何?」


 アニャは頬を染めつつ、もじもじしていた。

 いったい何をしてもらいたいのか。今すぐ話してほしい。真剣に、アニャに問い詰める。


「でも、迷惑だと思って」

「そんなことないよ。アニャのためならば、なんだってしたい!」

「本当に? いいの?」

「いいよ」

「だったら――」


 アニャは急に抱きついてきた。かと思ったが、触れた部分が硬い。

 何かと思って見たら、一冊の本が胸に押しつけられていたのだ。


「え、これ、何?」

「帝国語のロマンス小説よ。イヴァン、この前、帝国語が読めるし喋ることができるって言っていたでしょう?」

「それはまあ、多少は読めるし、喋ることができるけれど」

「この本、お母様が大好きな本なの。お父様に読んでとお願いしたけれど、お断りされたの。お願い、イヴァン、読んでくれる?」


 アニャのためならば、なんでもすると言った。

 しかし、本を読んでくれというのは、まったく想像していなかった。がっくりと、うな垂れてしまう。


 なんていうか、わかっていた。

 アニャにとって俺は夫ではなく、お兄さん的な存在なのだ。

 なんかもっとこう、異性として意識してほしいのだが。


 ジッと見つめると、アニャは淡くはにかむ。


「うっ、世界一可愛い……!」


 まあ、いい。

 いつか、一緒に眠るのも恥ずかしくなるくらい、意識するようになればいいのだ。

 急ぐことはない。俺とアニャには、時間がたくさんあるのだから。


 世界一可愛いアニャの願いを叶えるために、一ページ目を捲る。

 しかし、しかしだ。一行目を読んだ瞬間、信じがたいような気持ちになる。


 ――月明かりの晩、男は乙女の部屋へ忍び込み、乙女がまとう衣服のボタンを外す。


「ちょっと待って~~!!!!」

「え、どうしたの?」

「これ、これ……」


 いきなり色っぽいシーンから始まるとか。今のアニャには百万年早いような本だろう。マクシミリニャンが読むのをお断りするわけだ。

 他のページもパラパラと捲ってみたのだが、濡れ場がいくつもあるような本であった。

 なんだこれは。なんなんだ、これは……!

 読み聞かせるのは、無理だろう。男女のドロドロしたシーンとかもあるし。

 本は閉じて、別の方面からアニャの願いを叶える。


「アニャ、帝国語を、覚えてみない?」

「え、私が?」

「そう。嫌だったら、いいけれ――」

「やる!!」


 そんなわけで、夜はアニャに帝国語を教える時間となった。

 毎晩寝落ちしてしまい、アニャにポカポカ肩を叩かれることになるのだが、その辺は朝型人間なので許してほしい。

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