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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、事情を話す

「ツヴェート様、違うのよ! イヴァンは、私を騙して結婚したんじゃないわ」

「ええい! あんたじゃ話にならないよ! イヴァンとか言ったね? ふたりきりで話させてもらうよ!」


 ツヴェート様は俺の腕を猛禽類のかぎ爪のようにガッシリ掴み、グイグイ引いてどこかに連れて行こうとする。


「アニャ、ついてくるんじゃない。そこで待っているんだよ」

「ツヴェート様、イヴァンを怒らないで!」

「時と場合によっちゃ、怒らせてもらうよ!」

「ダメ!」


 アニャは泣きそうな表情で、訴える。俺がド健康なばかりに、見当違いの容疑がかかってしまった。


「アニャ、大丈夫。ちょっと話してくるだけだから」

「でも」

「心配しないで」


 そう言ったのと同時に、家の中に引き込まれて扉がバタンと閉まる。

 室内は、不思議な薬草の匂いで満たされていた。天井には、乾燥させた草花がつり下がっている。

 壁際にある棚には、美しい色合いに染めた布や糸が並べられていた。雑多に見えて丁寧に整理整頓された部屋である。


「そこに大人しく座ってな」

「はあ……」


 それだけ言って、ツヴェート様は奥の部屋へと消えていった。

 壁際に置かれた木製の長椅子に腰掛ける。

 しばらく待っていたら、ツヴェート様はふたつのカップを持って戻ってきた。


「ほら」


 薬草の癖のある匂いが、つんと鼻をつくようだった。半笑いで受け取る。

 なんだかんだ言いながらも、こうしてお茶を用意してくれる優しい人なのだろう。そうでなかったら、家に連れ込んだ瞬間怒鳴りつけていたはずだ。

 喉の渇きを覚えていたので、ありがたい。しかし――。


「どうしたんだい?」

「アニャが外で待っているのに、俺だけ飲むわけには……」


 アニャだって、喉が渇いているだろう。買い物が終わったあと、どこかで休憩すればよかった。

 カップをジッと眺めていたら、ツヴェート様は「はーー!」と盛大なため息をついて外に出る。そして、アニャを部屋の中へと引き入れた。


「え、何?」

「これを、飲みな」

「あ、ありがとう。喉が渇いていたから、嬉しいわ」


 ツヴェート様は勢いよく振り返り、「これでいいだろうが!」と視線で訴える。

 会釈したのちに、お茶を飲んだ。


「にっが~~い!!」


 心の叫びが口から飛び出てきたのかと思いきや、アニャの叫びであった。

 ツヴェート様はアニャに、ポケットに入れていたビスケットを差し出す。


「それを飲んで、食べたら、外で待っているんだよ」

「わかったわ」


 アニャはツヴェート様の言葉に従い、ビスケットを食べ、お茶を飲んだら出て行った。

 ちなみに、俺にはビスケットはくれなかった。アニャみたいに、「にが~い!」と言えばよかったのか。


「さて――」


 ツヴェート様は手をゴキゴキ鳴らしながら、話しかけてくる。ごくんと、最後の苦いお茶を飲み干した。


「何が、目的なんだい?」

「目的?」

「そうだ。アニャと結婚した目的を、聞かせてもらおうか」

「目的って、単に俺は、実家に居場所がなかったから、お義父様――マクシミリニャンのおじさんに拾ってもらっただけなんだ」

「そんな都合がいい話を、信じると思っているのかい?」


 勢いに呑まれ、「たしかに……!」と返しそうになる。


「話したら、長くなるんだけれど」

「前置きはいいから、話しな」

「わかった」


 ツヴェート様に、我が家の事情を端から端まで話す。

 十三人兄弟だということ。男はまったく働かない家庭だったこと。女性陣に囲まれて、働いていたこと。ロマナを拾ったこと。双子の兄サシャがロマナと結婚したこと。ロマナは実は俺が好きだったこと。それが歪みとなって、サシャと喧嘩してしまったこと。


「――というわけで」

「頭が痛くなってきたよ」

「俺も、話していて具合が悪くなってきた」


 ツヴェート様は本日二回目の、盛大なため息をついた。


「あんたが詐欺師ではないことは、充分理解した」


 ホッとしたのもつかの間のこと。ツヴェート様はとんでもないことを主張する。


「マクシミリニャンは、あんたを騙そうとしているんだよ!」

「え?」

「あの男、純朴そうに見えて、やることはやるからな」

「それは、どういうこと?」


 急に、ツヴェート様は押し黙る。明後日の方向を向き、ポケットの中からビスケットを取り出して二つに割った。片方を、俺にくれる。


「ありがとう」


 お茶を残しておけばよかったと思いつつ、ビスケットをかじる。素朴なおいしさがある、ビスケットだった。


 ビスケットを食べ終えたツヴェート様は、口の中の水分がすべて奪われてしまったからか、実に話しにくそうに喋り始める。


「アニャは、子どもが産める体ではないんだよ」

「知ってる」


 驚いた顔で見られた。その辺の話はマクシミリニャンから聞いていたし、アニャからも説明があった。わかっていて、結婚したのだ。


「あんた、本当に意味をわかっているのかい?」

「わかっているよ。これまで、義姉あねの出産を何度も見てきた。正直、出産は大怪我と同じなんだ。血をいっぱいだして、苦しんで、涙をたくさん流して。傷を縫ったあとは、数日安静にしなくてはいけないのに、生まれたばかりの子どもは母親を求める。立ち上がれないほど憔悴しているにもかかわらず、すぐに、子育てが始まる。出産は、喜びだけではない。奇跡でもない。感動の一言で、片付けていいものではないんだ。義姉さん達は、寝る間も惜しんで、子どもを育てる。自分のことは、後回しにして。もしも、出産をしなくていいのならば、しないほうがいい。俺は、そう思っている。個人的な、意見だけれど。もちろん、出産を悪と思っているわけじゃなくて。生命の誕生は、とてつもなくおめでたいことで……でも、女性側の犠牲があまりにも大きくて……。なんて言えばいいのか、難しいな」


 なんだか、一ヶ月分くらい喋った気がする。

 一方で、ツヴェート様は言葉を返さず、黙り込んでいた。

 そろそろアニャのところに戻ってもいいのかと聞いたら、コクリと頷く。

 出て行こうとした瞬間、小さな声で「疑って、悪かったね」と言ってくれた。

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