番外編 蜂蜜カフェを開こう 第一話
ある日、思いがけない企画が飛び込んできた。
なんでも、村で二日限定で蜂蜜カフェを開かないか、というものだった。
村の収穫祭の日で、毎年食堂がてんてこまいになるらしい。もう一軒、お店があったら助かると。
山に若夫婦を派遣するので、俺とアニャでカフェを開いてくれないか、というものだった。
「面白そうじゃないか。ちょうど蜜蜂たちも落ち着いてきたから、やってみるといいよ」
「でも、お父様とツヴェート様を残して、家を空けるわけには……」
あまり仲がよろしくないふたりである。果たして、家を空けていいものなのか。
「何を言っているんだい! あたし達は仲良しさ! なあ、マクシミリニャンよ!」
「う、うむ……」
ツヴェート様はマクシミリニャンの肩を抱き、仲良しアピールをしている。
マクシミリニャンが萎縮しきっていて、まったく良好な仲には見えなかった。
「冗談はさておき。村から若夫婦がくるって話だから、心配は無用だよ。それに、皆が思っているよりも、あたし達の仲は悪くはない」
たしかに、ツヴェート様のマクシミリニャンに対する態度は厳しい。けれども、嫌っているようには見えなかった。
別にふたりきりというわけでもないから、問題ないだろう。
「あたしらの不仲問題はどうでもいいから、あんた達はどうなんだい?」
「私は――」
アニャはちらりとこちらを見る。瞳から「私は挑戦してみたいけれど、イヴァンはどうかしら?」という感情を読み取った。
「俺もやってみたいけれど、自分達だけで営業が成り立つのか不安で」
「私は大丈夫よ」
去年、収穫祭に参加したが、食堂は行列ができるくらいの大盛況だった。
あのお客さんの三分の一がやってきたとしたら、果たしてふたりだけでさばききれるものか。
というか、俺がアニャの足を引っ張りそうで恐ろしい。
「うーーーん」
腕を組んでどうしたものかと考えているところに、伝書鳩がやってくる。足には手紙がくくりつけられていた。
差出人はミハル。手紙には気晴らしに遊びに来たいと書いてあった。今回はひとりで。
何か手伝うことがあれば、働くともある。
「あ、ミハルの手を借りたらいいのか!」
調理場はアニャ、接客はミハル、俺は状況に応じて調理や接客をする。これならば、なんとかやれなくもない気がした。
「ミハルに聞いてみてからでも、判断は遅くないかな?」
「ええ、大丈夫だと思うけれど」
早速、ミハルにお伺いの手紙を書いた。すると、すぐに返事が届く。
なんと、手を貸してくれるらしい。
そんなわけで、アニャと俺、それからミハルの三人で蜂蜜カフェを開くこととなった。
◇◇◇
蜂蜜カフェのオープンが決まってからというもの、アニャは張り切って試作品作りをしている。
目玉は、蜂蜜パンケーキ。
山羊のバターを載せて、蜂蜜をたっぷり垂らす。
味見をしたが――表面はカリッと、中はもっちりな味わいのパンケーキに、蜂蜜がよく合う。間違いようがないおいしさだった。
他に、蜂蜜蒸しケーキに、蜂蜜プリン、蜂蜜焼きリンゴに、リンゴの蜂蜜パイと豊富なランナップとなった。
しょっぱいメニューも欲しいとのことで、マスの蜂蜜タルタルソース焼きに、蜂蜜チキンサンド、蜂蜜ヨーグルトサラダ、蜂蜜ニンジンスープなどなど、村の特産品を使った料理をアニャは考える。
試作品が仕上がるたびに味見をしたが、どれもおいしかった。
頭の中にレシピを叩き込み、当日バリバリ動けるようにしておく。
作り置きできるお菓子は、窯が空いている時間にどんどん焼いていった。
台所の周囲は甘い匂いで包まれる。焼きたてを味見しているひとときは、至福の時間であった。
収穫祭の前日に、若夫婦がやってきた。入れ替わるように、俺とアニャは山を下りる。
アニャがいつもより元気がないような気がしたので、休憩を早めに取った。
「アニャ、どうかしたの?」
「あ、えっと、お店を開くのははじめてだから、上手くいくのかと思って」
「ああ、そういうことか。俺は上手くいくことしか考えてなかった」
正直に答えると、アニャに笑われてしまった。
「イヴァンが羨ましくなるわ」
「能天気なだけなんだと思う」
「前向きなのよ」
アニャが考えた料理はどれもおいしかった。きっと、収穫祭にきた人達にも喜んでもらえるだろう。
自信を持っていいと、アニャを励ます。
「そうよね! 上手くいくに決まっているわ」
「アニャ、その調子だ!」
明日、蜂蜜カフェがオープンする。
たくさんのお客さんが来たらいいなと思った。




