養蜂家の青年は、家族に迎えられる
五日ぶりに、我が家に戻ってきた。
マクシミリニャンとツヴェート様が、笑顔で迎えてくれる。
「アニャ、イヴァン殿、よくぞ戻ってきた」
「おかえりなさい」
アニャと一緒に、「ただいま!」と元気いっぱい返す。
すると、無事な帰宅に感極まったマクシミリニャンが、俺とアニャをぎゅーっと抱きしめる。
「お父様、苦しいわ!」
「なんという、強さ……!」
冬なのに暑苦しい。けれども、愛を感じる抱擁だった。
「どうだったか?」
「楽しかったかい?」
「楽しかったわ!」
「うん、楽しかった」
「それはよかった」
「心配していたんだよ。イヴァンの家族と出会って、もめ事になっていないか」
ツヴェート様の言葉に、アニャとふたり思わず遠い目となる。
「何か、あったのか?」
「まさか、誘拐されかけたんじゃあ」
「いやいや、ツヴェート様が考えるような物騒な事件は起きていないよ」
「イヴァン、でも、ロマナさんが」
「あっ、そうだ」
「いろいろあったようだな」
「家で、ゆっくり聞かせてもらおうか」
「そ、そうだね」
ツヴェート様が薬草茶を淹れてくれた。連銭草という野草を煎じて作ったらしい。苦みがあるので、蜂蜜を垂らして飲むようだ。
「たしかに苦いけれど、おいしいわ」
「渋い味わいだね。ちょっと風味が独特だけれど」
「田虫の治療で、余ったものだよ」
「ツヴェート様、田虫って何?」
聞いた瞬間、アニャとマクシミリニャンが微妙な顔になる。
何か、聞いてはいけないものだったのか。
「田虫は、菌が皮膚に移る感染症だよ。足にできたものは、水虫。股間にできたものは、陰部白癬、それ以外にできるものを、田虫と呼んでいるのさ」
「へえ、そうなんだ」
「酷く不衛生にしていると、かかるんだよ。獣と接触するのも、注意が必要だね」
「な、なるほど」
「ちなみに、田虫にかかったのは我である」
マクシミリニャンがそっと、挙手した。
俺とアニャが新婚旅行に行っている間に、お風呂に入るのをサボっていたらしい。
その結果、感染してしまったと。
「まったく! 男という生き物は、風呂が嫌いな奴が多すぎる!!」
「すみません」
別に風呂は嫌いではないが、男を代表して謝っておいた。
ちなみに、マクシミリニャンの田虫は、ツヴェート様特製の薬のおかげでほぼ完治しているようだ。
「いつもは、私がお父様にお風呂に入るよう、うるさく言っていたのよね」
「お義父様、アニャがいなかったら、まともに生活もできないんだ」
「非常に恥ずかしい。昔から、入ろうという気持ちはあるものの、面倒に思ってしまって」
ツヴェート様の亡くなった旦那さんも、お風呂に入るのが大嫌いだったらしい。
「田虫はまだマシだよ。股間に感染したら、死ぬほど辛いって言っていた」
部位が部位なだけに、医者に行くのも恥ずかしい。
そのためツヴェート様は古い民間療法の本を読み、治療薬の作り方を調べたようだ。
マクシミリニャンは、お尻が猛烈に痒くなったと。
涙を流しながら、ツヴェート様特製の薬を塗ったらしい。
それにしても、マクシミリニャンは完璧な大人の男だと思っていたが、お風呂が苦手だったとは。
人は見かけによらないなと、思ってしまった。
「ちなみに、連銭草の茶は、陰萎にも効果があるらしい」
それを聞いたアニャとマクシミリニャンは、同時にお茶を噴き出した。
「ちょっと、ツヴェート様!! なんてものを、私に飲ませるの!? イヴァンにも!!」
アニャは文句を言っていたが、マクシミリニャンは頭を抱えていた。
いんい、とはいったい?
気になるが、聞いていいような空気ではない。
「イヴァン、それ、飲まなくてもいいから!」
「え、でも、せっかく淹れてくれたものだし」
「飲まなくて、いいの!」
「はい」
ツヴェート様は大笑いしている。
知らないのも怖いので、恐るおそる聞いてみた。
「なあに、滋養強壮にいいだけの茶だ。気にせずに、飲むといいよ」
「ツヴェート様!!」
「アニャ、大丈夫だ。そこまで強いもんでもないし」
立ち上がったアニャは、暖炉に吊されたヤカンを手に戻ってくる。
俺のお茶を、お湯で極限にまで薄めてくれた。
「どうぞ、めしあがれ」
「あ、ありがとう」
お茶会がお開きとなったあとで、マクシミリニャンに「いんいってなあに?」と聞いたら、答えてくれた。
「男性の、その、不能状態である」
「あっ……」
思わず、口を両手で押さえてしまった。
ツヴェート様、なんてものを飲ませるんだ。




