旅立つ前に友人と会話を交わす。
「あはははははははっ、もうエステルってば面白い」
聖剣を連れて行かずに魔王討伐をするという事を国王に約束させたエステルは、まだ王宮内にとどまっていた。
勇者が出発する大々的な式を行うということで、とどめさせられていた。客室に案内されたあと、つけられた侍女たちをすべて追い返して、エステルはまたリィナの元へやってきていた。
エステルを出迎えたリィナは笑いが耐えられないとばかりに、大笑いをした。
どうやら千里眼でエステルの事を見て遊んでいたらしい。
王女だというのにはしたなくも声をあげて笑うリィナをとがめる存在は周りには存在しない。
「あ? 何がだよ」
「何がってあの聖剣にあんな態度をして、聖剣を魔王討伐に連れて行かないってことよ。それ以外ないじゃない。あー、もう本当に面白いわ。あの聖剣ってば、正直あんまり好きじゃなかったから良い気味ってしか思わないけど、流石エステル」
リィナはそれはもう愉快そうに笑っている。
「エステル様ですからねぇ」
「あの聖剣自意識過剰だからリィナが嫌いなタイプよね」
フローラとヴェネーノが声をあげれば、それに対してリィナは答える。
「あの方、聖剣であることにただならぬ誇りを持っているようで……、千里眼で過去を見ていてもいつもあの調子でしたわ。エステルより前の勇者たちは彼女をあがめ、彼女を大切にしていたようですから、そのこともあってあれだけ自分に自信満々なのでしょう」
「あの聖剣のババア、絶対リィナの事知ったら反発するだろうな」
「そうね。私たち魔人のことをあの聖剣はよく思っていないようですもの。まぁ、あの聖剣にどう思われようと正直言ってどうでもよい事ですけど」
ふふっと微笑むリィナは、本気で王女でありながら神聖なる聖剣のことをどうでもいいとさえ思っているようだ。しかし、その意見にはエステルも同意であった。
何せ、何百年も聖剣に宿っているババァのくせに頬を染めて、契約はキスをすることなどというような気色の悪い存在である。そんな自意識過剰で、頭の悪い聖女を相手にするだけでも疲れる。
「魔とつくものをすべて嫌悪しているみたいだからな、あの聖剣のババア」
「まぁ、当たり前ね。聖剣であることを誇りにし、聖なる存在だけが好きなのでしょう。だから勇者は清らかで綺麗な魂の持ち主だった。でもエステルは聖も魔も持ち合わせている、綺麗な部分だけに反応して、聖剣は抜かれたんでしょうけど。あははははっ、本当エステルってば思い出すだけで爆笑しちゃうわ。あの聖剣の聖女に向かってあんな態度ってもう」
「リィナ、精神世界の時も見ていたのか?」
「ふふ、私の千里眼に死角はなしよ。それも見ていたわ。エステルの魂の形に凄い驚愕してたわね」
どうやら、リィナは精神世界の様子まではっきり見えていたらしかった。有能な少女である。王家に伝わる千里眼を持ち、本来ならこんな隠された王女となるはずではなかった。
ただ母親である魔人の女性の血が流れ、それが身体にあらわれてしまったからこそ、幽閉されている。
もし、リィナに魔人としての特徴が現れなければ―――千里眼を持つ偉大なる王女として、もてはやされたはずである。
「ま、聖魔法も暗黒魔法も使える存在なんてそうはいないって話だからな」
「エステルは色々と異常だものね」
「リィナみたいな規格外にそんなセリフ言われてもなぁ…」
「それ、エステルには言われたくないわ」
一般人からしてみればどっちもどっちである。どちらにせよ、隠された王女もお金大好きな勇者も普通ではない。
「つか、仲間にするならリィナを連れていきたいって言えばよかったかもな。それの方が面白そうだったかも、あいつらの反応が」
「ちょっと、お父様は私とエステルが友人だなんて知らないんだからそんなことしたら驚愕で固まっちゃうわよ、きっと」
リィナはくすくすと悪戯をする子供のように無邪気にほほ笑んだ。
「それはそれで楽しそうじゃないか」
「そうねぇ……。まぁ、でも私はセィンを見守るっていう重要な使命があるからここから出る気はしないけど!」
弟を見守ることが重要な使命などとふざけた事を口にして、リィナはにこにこと笑っている。
エステル・ユーファミアは様々な存在に畏怖されている異常者である。魔人を連れ歩き、お金に執着し、非情な存在だ。国王相手でも躊躇いもせずに脅しをかけ、一般的に考えて、恐ろしい存在だ。
しかし、そんな存在相手に軽口をたたけるリィナは貴重な存在と言える。
魔人と人間のハーフで、魔人としての見た目の特徴を持ち、それでいて王家に伝わる千里眼まで身に宿す少女。
そんなある意味異質な少女であるからこそ、エステル・ユーファミアと友人であれるのかもしれない。
「エステル、貴方の旅路、じっくり千里眼で見ててあげる。だから私の退屈しのぎにぐらいはなってよね?」
「俺は俺のしたいようにするだけだ。金が欲しいから魔王はどうにかするけどな」
そうやって、二人は笑い合うのであった。




