ルゥと人間のお兄様
馬車がリコリス城に到着すると、他の馬車とは違う入り口に案内される。
まぁ、人間の姿にはなっているけど魔族だからね。
じいじに差し出された手をとり、馬車から降りる。
綺麗に整備された庭園を進むとガゼボに人間の姿が見える。
銀の髪、青い瞳。
片耳に青いイヤリングをつけている。
……ルゥによく似ている。
だから、じいじが一目でお兄様だと分かったんだね。
「ルゥ……? ルゥ……」
お兄様がわたしに気づいて話しかける。
わたしの名前がルゥだって、おばあ様に聞いたのかな?
何て言ったらいいんだろう?
ルゥの身体を勝手に使っている事を謝らないと。
「……あの、わたし」
上手く言葉が出てこない。
……どうしよう。
「ありがとう。妹を助けてくれて、ありがとう」
お兄様が優しく微笑んでくれる。
ルゥを助けた?
わたしが?
「違うよ……わたしは……」
身体を奪い取ったんだよ。
「違わないんだ。ルゥ……本当にありがとう」
お兄様……
優しい人間だ。
でも、優しいだけじゃ王の座は守れない。
魔族の種族王の皆も優しいけど、滲み出る冷酷さが……
冷酷さ……?
あるよね?
ウェアウルフ王とグリフォン王がお腹を出して寝転んでいる姿しか思い出せない……
「お兄様……は、幸せに暮らしてきたの?」
わたしは幸せに暮らしてきた。
お兄様も幸せに暮らしていて欲しいよ。
「海賊が育ててくれたんだ。辛い事もあったけど、幸せだったよ」
海賊か……
そういえば、ルゥは海賊船で産まれたんだよね。
「ルゥは幸せに暮らしてきたんだね」
「え?」
どうして知っているの?
「絵本……素敵だったよ」
絵本?
「ルゥが幸せなのが、よく分かったよ」
ドワーフのおじちゃんが作った絵本を見てくれたんだね。
「お兄様……ありがとう。ずっと捜してくれて、父親からも守ってくれて……嫌な事をさせてごめんね」
わたしを守る為に予定より早く父親を討ったんだよね。
「ルゥ……抱きしめてあげたいけど……できないんだね」
人間避けの魔石……
「今だけなら外せるぞ?」
じいじが握っている手を離してネックレスを外そうとしているけど……
じいじ……
ありがとう。
でも……
「わたしね? 魔族にお兄ちゃんと弟みたいな存在がいるの。皆、優しくて一緒にパンを焼いたり空を飛んだりしてくれるの。皆は……本当はわたしを宴に来させたくなかったの。わたしが帰って来ないんじゃないかって……心配して……」
涙が止まらない。
せっかくお化粧してもらったのに……
ごめんね。
おばあちゃん達……
「だから、わたしを信じて宴に参加させてくれた気持ちを裏切りたくないの。わたしは魔石を外さない。ごめんね……お兄様。わたしはもう人間じゃなくて……魔族に……」
ごめんね。
ずっと捜してくれていたのに、ごめんね。
「いいんだよ……会いに行くから。国が落ち着いたら必ず会いに行くから。その時には、抱きしめていいかな?」
お兄様……
「うん……うん。ごめんね。ごめん……」
「よし! 頑張って早くルゥを抱きしめに行こう!」
にっこり笑うお兄様の顔が眩しくて、嬉しくなる。
本当だったらルゥもお兄様もこのお城で幸せに暮らしていたのかな?
「不思議だね。たくさん泣いたのに涙が消えているよ?」
お兄様がわたしの顔を覗き込んでいる?
何?
どうしたの?
「ルゥの化粧が崩れないように、涙を蒸発させていたのだ」
じいじ……
いつの間に。
「ありがとう。じいじ」
じいじは、いつもすごいな。
先の先まで考えている。
「前ヴォジャノーイ王、それと……あなたがイフリート王でしょうか? これからも妹をよろしくお願いします」
お兄様はじいじを知っていたんだね。
おばあ様に会わせたのは、じいじだったらしいし。
「それにしても……ルゥと前ヴォジャノーイ王は仲良しなんだね」
お兄様がいたずらっぽく笑っている?
「え? どうして分かるの?」
おばあ様から聞いているのかな?
「ずっと手を繋いでいるから……」
「え?」
あれ?
さっき離した手を、いつの間にかまた繋いでいた……?
「今回の誕生祭は民への感謝を伝える宴も兼ねているんだ。ルゥが幸せな姿を見れば民も喜ぶよ」
「……わたしは前ヴォジャノーイ王妃として参加するのに、民は喜んでくれるのかな?」
宴に参加する人間は、じいじとイフリート王が魔族だって知っているのかな?
「ルゥの絵本を見た多くの民が、ルゥの幸せを願っているんだよ?」
「お兄様……」
「誕生祭の時のお兄様は少し今と違うけど、嫌いにならないでね?」
「……え?」
お兄様が少し不安そうな顔をしている。
どうしたのかな?
もしかして、誰かにいじめられているのかな?
お兄様は優しいから……
「誕生祭が始まるまでここで休んでいてね? もうすぐ、レオと叔父上がここに来るからね」
そう言うとお兄様は行ってしまった。
レオンハルトに会うのは久しぶりだな。
ヴォジャノーイ族のおじちゃんに殴られたところは平気か訊いてみよう。




