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ドワーフと絵本

 あれは、じいじが温泉の島を魔力で引き寄せた日の深夜の事。



「やっと見つけた! オレの島! はあ!? 勝手にいじったのは誰だ!?」


 少し離れている温泉の島から誰かの声が聞こえてきた。 

 ガゼボで話し合いをしていた、わたしとじいじが声に気づいて温泉の島に行くと……

 背の低い、髭の生えたおじいさんがいる?

 人間なのかな?

 少し違うようにも見えるけど……


「お前らか!? オレの温泉をこんなにしやがって! ってヴォジャノーイ族!? ……と、人間?」


「もしかして、この温泉の島を作った人?」


 温泉の島にあったテーブルも椅子も全部小さかったし……


「これはドワーフだ」


 じいじが教えてくれたけど……

 小人なのかな?

 身長は百センチくらいだけど顔はおじいちゃんだ。


「ドワーフ? 魔族なの?」


「いや、妖精だ。エルフの類いだな」


「ええ!? エルフもいるの!?」


 エルフって、すごく綺麗なんだよね?

 マンガで見た!

 でも、この世界にいる魔族が前にいた世界で漫画になっているって……

 どういう事?

 うーん……

 考えても分からないや。


「会ってみたいな。一番綺麗な妖精なんでしょ?」


「いや、ルゥの方が綺麗だ」


 ……!

 じいじ……

 どうしてかな?

 ドキドキしちゃうよ……


「なんだお前ら、そういう仲か。エルフは見てくれはいいが性格は最悪だ」


 そういう仲?

 どういう仲?

 

「エルフって意地悪なの?」


「意地悪というよりは……自分達が一番偉いと思ってるんだ。だが我らドワーフ族の方が器用なんだぞ?」


 ドワーフのおじいちゃん……

 エルフの事が嫌いなのかな?

 でも、おじいちゃんは本当に器用だと思うよ。

 

「この温泉の島を見た時に思ったの。作った人は天才だって! 小さい火山もかっこいいし!」


 夜に見ると綺麗なんだよね。 


「なんだ。人間のくせによく分かっているじゃないか」


「ドワーフのおじいちゃんは何でも作れるの?」


「オレに作れない物はないぞ?」


 じいじと顔を見合わせる。

 もしかしたら……


「ドワーフのおじいちゃんは絵本とかを大量に作れたりする?」


「絵本? 子供が読むあれか?」


「うん。人間用なの。人間はね、文字の読めない大人も大勢いるの。そういう人間達が絵を見ただけで分かるような絵本を作りたいの」


「どうしてそんな事をするんだ? 売って金儲けしたいのか?」


「違うよ? タダで配るの」


「タダ? 金を取らないのか? そんな事して何の得になるんだ?」


「お金よりも大切な事なの」


「まぁ、オレも金なんかいらんが。人間は金儲けばかり考えるだろう?」


「わたしは魔族の中で育ったからね」


「魔族の中? 人間なのにか?」


「うん。赤ちゃんの時に、気づいたら幸せの島の波打ち際にいたの」


「幸せの島?」


「前は死の島って言われていたけど、今は幸せの島になったの。家族で暮らしているんだよ?」


「それじゃあ……まさか、聖女様……?」


「……そうみたいだね」


 魔族じゃなくても知っているんだね。

 もうかなり前から人間にも知られていたのかな?


「……オレ達ドワーフ族は偉い奴に媚びたりはしない。聖女だからって崇めたりしないぞ?」


「うん。わたしもその方が嬉しいよ?」


「……どうして人間に絵本を配るんだ?」


「それは……わたしが人間だからかな? 人間だけど、これからもこの島で魔族の家族と暮らしたいからだよ」


 わたしは長くは生きられないはず。

 最期は家族と過ごしたいんだ。


「分かるように話してくれ」

  

 ドワーフのおじいちゃんが真剣な顔で尋ねてきた。


「わたしは最近になって自分が聖女だって知ったの。この事を人間が知ったら、特に権力者が知ったら無理矢理家族から引き離されると思うの。それだけは絶対に嫌なの」


「……魔族と一緒にいたいと、どうして絵本を配るんだ?」


「人間の世界で一番偉いのは王様でしょ? でも、民はただ黙って従っている訳じゃないの。悪い王は民の力で玉座から引きずり下ろされるの」


「まぁ……確かにそういう事もあるだろうが。それでどうして絵本なんだ?」


「権力者は更に力を求めるの。わたしを手に入れれば聖女の力だけじゃなく、魔族の力も手に入ると思うはず。わたしを欲しがって人間同士で戦になるかもしれない。そうなれば真っ先に傷つくのは力のない民なんだよ。それよりももっと酷いのは、偉い人間にわたしが幼い頃に魔族に連れ去られたとか嘘をつかれる事なの。そうなれば民は聖女を取り戻す為の戦に強制的に駆り出される事になる。そして、魔族と人間が戦えば人間は簡単に殺されてしまう」


 それだけは避けたい。


「王の欲の為に弱い民が犠牲になる……か」 


「でも、民はただ弱い存在じゃないの。本当に賢い王は民を大切にして、恐れてもいる。民が王をすげ替える力を持っている事を知っているの」


「平民や奴隷に絵本を渡して、暴動を起こさせるのか?」


「違うよ? わたしが望むのは力による支配じゃないの。心で繋がり合う事なの」


 あれ?

 じいじが嬉しそうに微笑んでいる……?


「まずは力のない人間達に、聖女のわたしが魔族と幸せに暮らしているって知ってもらうの。そういう力のない人間達は、神様とかに心の支えを求めているの。聖女のわたしが心から魔族と暮らしたいと分かれば応援してくれるはず。それが少しずつ他の人間に広がってくれたらって……」


 これは賭けだ。

 人間の善意を信じるという賭け。

 上手くいかないかもしれない。

 魔族達は、わたしが無理矢理人間に連れ去られたら人間の国を滅ぼすだろう。

 正直、その方が簡単だ。

 一瞬で終わるんだから。

 でも、それはやってはいけないの。

 わたしが幸せになる為に誰かを犠牲にしたくはない。


「信じたいの。人間の真心を」


 協力してくれるかな?


「……ドワーフの島に帰って、協力してくれる奴を募ろう。オレ一人じゃ時間がかかり過ぎる」


 え?

 じゃあ……


「協力してくれるの?」


「仕方ないだろう? この火山をかっこいいって言ってくれた奴を見捨てられないからな」


 ドワーフのおじいちゃん……

 顔が真っ赤だ。

 ぶっきらぼうだけど、心は温かいんだね。


「内容はじいじとドワーフで決めよう。ルゥは光の力の抑え方を練習しておくのだ」


 じいじ……

 いつもありがたいな。


 

 こうして、じいじとドワーフのおじいちゃんはあっという間に絵本を完成させた。

 世界中に散らばって人間の姿で情報収集をしているヴォジャノーイ族が多くの民に配ってくれた。

 わたしが産まれた時に何があったのかも絵本に描きたかったから、じいじは人間のおばあ様にも相談したらしい。

 もちろん、魔族と幸せに暮らしている姿も描かれている。

 わたしは絵本を作っている時はまだ、ルゥが人間の父親に見捨てられた事は知らなかった。

 だから、わたしが出来上がった絵本を見たのは人間のおばあ様に会って全てを知った後だった。


 すごく綺麗で悲しくて……幸せな絵本。

 いつか、じいじとわたしに子供が産まれたら見せてあげたいな。

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