大切な存在の為にできる事
夕方になって、ママとパパが起きてきた。
すっかり顔色が良くなっているね。
安心した……
「ママ、大丈夫?」
「ああ。すっかり楽になった。ありがとう」
ママが髪を撫でてくれたけど……
無理していないかな?
「ルゥに話があるんだ」
「話?」
悪い話じゃないよね?
「卵を産んだらしばらく動けなくなるからな。その前にオークと旅行でもしてこようと思うんだ」
新婚旅行か……
楽しそうだね。
でも……
「身体は辛くない?」
「大丈夫だ。ばばあが連れて行ってくれるんだ。無理はしないぞ?」
ばあばが一緒に行くなら安心だね。
卵を産んだらずっと温めないといけないし、行くなら今しかないのかな?
「気をつけてね」
「ああ。三日で帰るよ」
三日か……
そんなに離れるのは初めてだよ。
「じゃあ、今すぐ出発よ?」
ばあば……
いたんだね。
全然気づかなかったよ。
さすがドラゴン王だ。
「今すぐ行くの? ばあばも気をつけてね」
「ルゥが作ってくれた、ばあばのパン……食べるのがもったいないから永遠に腐らなくしちゃった。食べ物にも使えたなんて知らなかったわ。子孫繁栄の実にも使えたのね。残念……」
ばあばもパンを食べなかったんだね。
「たくさん術を使わせてごめんね」
「あのくらい、魔力を使ったうちに入らないわよ?」
ばあばはいつも優しいね。
「いつもありがとう。ばあば……大好きだよ」
「ふふ。ばあばもルゥが大好きよ」
ばあばが抱きしめてくれたけど……
三日もお別れなんて寂しいよ。
でも、そんな事を言ったらダメだよね。
こうして、ばあばとパパとママが旅行に出かけた。
寂しいけど今がチャンスだ!
パパとママが一緒に使っている部屋は赤ちゃんと三人で使うには少し狭いんだよね。
パパとママの部屋の間の壁をなくして、もっと大きいベットも用意して。
安心して赤ちゃんを産めるようにしたいんだ。
他にもできる事はあるかな?
「聖女様、クロモジの木を運んで来ました」
グリフォン王?
魔王城で働かされているんじゃなかったの?
「グリフォン王……魔王城で大丈夫だった?」
「はい。聖女様にクロモジの木を頼まれたと言ったらわたしとウェアウルフ王は解放されました。ケルベロス王は分かりません」
解放って……
ケルベロス王……
災難だね。
もう遊びに来なかったりして……
「もうすぐウェアウルフ王とレモラ族が到着するはずです」
「グリフォン王。いつもありがとう」
グリフォン王に抱きつくと、胸のドキドキが聞こえてくる。
ひんやりしているじいじと違って、グリフォン王は温かいね。
モフモフしているからかな?
「聖女様……今は我らグリフォン族しかいないので言わせてください」
……?
何かな?
従者の二人も真剣な顔をしている。
「人間が……聖女様を人間の国に連れ去ろうとしています。人間は聖女様が赤ん坊の頃に魔族に無理矢理連れ去られたと思っているのです」
人間がわたしを連れ去ろうとしている?
ルゥは父親に見捨てられたのに?
勝手な事ばかり言うんだね。
ルゥのおばあ様やお兄さんはちゃんと分かってくれているから、その説明は人間達にしてくれたはず。
それなのに、わたしを無理矢理連れ戻して聖女の力を利用するつもりなんだ。
……やっぱり、こうなるのか。
「グリフォン王、ありがとう。わたしはね……自分が聖女だって分かった時からこうなる事を予想していたの。魔族の皆は、わたしの力を利用しなかった。でもね、人間は弱いから少しでも力を持っておきたいの。わたしが……ルゥが見捨てられたのをなかった事にしようとしているんだよ。全部魔族が悪い事にしようとしているのかも……」
「そんな! 魔族は皆、聖女様の幸せを願っているというのに!」
「……この問題は避けては通れないの。人間はね、わたしが何を言っても無理矢理連れて行こうとするはずだよ。もちろんおばあ様みたいに心配してくれる人間もいると思う。でも地位が高い人間は、その力を維持する為に更に力を求めるの」
「ならば、我らグリフォン族とその傘下で人間を皆殺しにします。そうすれば聖女様は幸せに暮らせます」
「……ありがとうグリフォン王。でもね、全ての人間がわたしを利用しようとしている訳じゃないの。力のない人間達は、何かにすがらないと生きていけないの。そういう虐げられている人間達は、生きる希望を神様のような存在に求めたりするの。それが聖女っていう存在の場合もあるの」
「聖女様……?」
「いつも虐げられるのは力のない弱い立場の人間達なの。そういう人間達は、戦になれば真っ先に死んでしまうんだよ」
「それなら……わたしは聖女様の為に何もできないのですか?」
「本当にグリフォン王は、わたしの為に何もしていないと思っているの? こんなにいつも大切にしてくれているのに? わたしはいつもグリフォン王に守られていて……すごく感謝しているんだよ?」
「……聖女様は人間の国に行きたいのですか?」
「グリフォン王……わたしの幸せは、いつもこの島の中にあるの。大切な家族のいるこの場所がわたしの生きる場所なの。もちろん大切な家族の中にはグリフォン王も入っているんだよ? わたしはグリフォン王の事を頼れるお兄ちゃんみたいに思っているの」
「……聖女様」
「それに、もう始まっているの」
「……? 何がですか?」
「絵本だよ?」
「絵本……ですか?」
「この世界は人間の識字率が低いってじいじが教えてくれたの。地位が低い人間は字が読めない。だったら絵本なら絵を見ただけで理解できるでしょう?」
「え? 申し訳ありません。わたしにはよく分からないのですが……」
「あのね? わたしはこう思うの。王や貴族はお金も権力も持っている。でもそこに心がなければ、力のない民に全てを奪われるの。団結した民には、王ですら勝てない……」
「団結した民……ですか?」
「国を治めるのは王だけど、国を動かすのは民なんだよ」
「聖女様……?」
「じいじが温泉の島を引き寄せた日の深夜にあった事を聞いてくれるかな?」
「聖女様、何のお話をされているのですか?」
ウェアウルフ王達がレモラ族に乗って戻って来たね。
ちょうどよかった。
ウェアウルフ王達にも聞いてもらおう。
温泉の島の本当の持ち主との話を。




