つがいの宴とお父さん~後編~
「本当に魔王様なのですか?」
ヴォジャノーイ王が泣いている。
そういえばヴォジャノーイ王は、お父さんの事が大好きだって言っていた。
「久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
お父さん。
こんなに優しく話す人だったんだ……
写真のお父さんしか知らなかったから……
「ヴォジャノーイちゃんったら知ってたのね?」
ばあばが、じいじに尋ねている?
ばあばも知っていたの?
「ヴォジャノーイ王国でオークのバスケットに入った時から分かっていた」
え?
そうなの?
「ヴォジャノーイは、どうして知らない振りをしてくれたの?」
お父さんがじいじに尋ねたけど……
言われてみればじいじはマンドラゴラ達に優しかったよね。
「何か理由があるのだと……いつか時が来れば話してくださると待っていました。わたしが魔王様を分からないはずがありません」
じいじは幸せの島に他人が入り込むのを嫌がるけど、マンドラゴラ達の時は違った。
お父さんが自分から魔王だって言うのを待っていたんだね。
「ルゥにも黙っていて悪かった」
じいじが謝っているけど……
謝らなくていいんだよ。
悪いのはわたしなの。
娘なのに気づかないなんて。
ずっと守られていたのに……
「お父さん……ごめんね。気づかないなんて……わたし最低だ……」
お父さんの小さい手が涙を拭ってくれた?
「月海……お父さんの宝物。やっと名乗れた……」
お父さん……
お父さんなんだ。
前世の時はただ会いたくて、友達にお父さんがいるのが羨ましかった。
今世ではお父さんが魔王として苦労していて、それがわたしの為だって知って……
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「お父さん、わたしの為に……ごめんね。無理させてごめんね」
お父さんが小さいマンドラゴラの手でずっと髪を撫でてくれている。
小さい身体で背伸びをして手を伸ばして……
優しい手だ。
心が温かくなる……
「お父さんは月海の為なら何だってできるんだよ? 月海が大切な皆の為に天使を倒そうとしたみたいにね」
お父さん……
ありがとう。
おばあちゃんが言っていた通り、本当に優しいね。
「ありがとう。お父さんのおかげで幸せだよ」
「それは違うよ? 月海が今、幸せなのは月海が頑張ったからだよ」
お父さんの小さい身体を抱きしめる。
少しひんやりして気持ちいい。
これからはずっと一緒にいられるのかな?
「魔王様。今、魔王の座は空いたままになっています。揉め事にならないように今後の事をこの場で明言しておくべきです」
じいじの言う通りだ。
でもマンドラゴラの姿だけど魔族の皆は話を聞いてくれるかな?
「魔族の皆。久しぶりだね。ボクは……ボクが魔王になったのは転移して来る娘がこの世界で苦労しない為だったんだ。だから娘が幸せになった今、もう魔王でいる意味はないんだ。それに今はマンドラゴラだしね。これからは幸せの島でのんびり暮らしていくよ。血の契約書を作りたいけど、マンドラゴラだから血が出なくてね。……あれ? でも涙は出るよね? うーん?」
ずっと一緒に暮らせるの……?
嬉しいよ、お父さん。
「少しよろしいですか?」
ケルベロス王が話し始めた?
まさか、戦が始まったりしないよね?
船で会った時のケルベロス王は優しかったけど……
「できれば次期魔王が正式に決まるまで、魔王としてこの魔王城で過ごしていただきたいのです」
ケルベロス王?
お父さんと対立していたんだよね?
どうして?
「わたしも同じ意見だ」
イフリート王まで?
憎み合っていたんじゃないの?
「今なら果たせるでしょう。あの時は魔王の『力ではなく心で統治したい』という言葉を理解できませんでした。ですが今は違います。マンドラゴラの身体でも心が温かければ世界を統べる事ができるはずです」
心で統治?
イフリート王?
どういう事?
イフリート王が話を続ける。
「今、聞いた話だと天族がマンドラゴラの姿にしたという事ですね? もしかしたら……かなり上位の天族が、暴力ではなく心で世界を治めるように力の弱いマンドラゴラの姿にしたのではと思ったのですが……」
心で世界を治める?
確かに、わたしも思ったよ。
魔族の皆はすごく優しいんだ。
ルゥの人間の父親は、ルゥを今まで捜しもしなかったのに聖女だと分かると利用しようとしたらしい。
人間の方が酷いよ……
魔族の中で育ったからかな?
そう思えて仕方ないんだ。
「でも……ボクは幸せの島で月海と一緒に暮らしたいんだ。ごめん……」
お父さん……
「魔王様、今なら叶えられます。もちろんルゥの為に魔王になったと分かっています。ルゥが苦労しない為に始めた魔王が……いつの間にか苦しむ魔族を幸せにする為……となっていませんでしたか? 魔王様はお優しい。わたしはそういう魔王様だからこそ忠誠を誓ったのです」
じいじ……
「ヴォジャノーイ……ボクは……」
お父さん……
迷っているんだね。
「お父さん……おばあちゃんが言っていたの。お父さんは傷つく海の生き物を減らす為に海洋学者になったって。この世界でお父さんは困っている魔族の為に頑張ったんだね」
マンドラゴラのお父さんの小さい手を握りながら話を続ける。
「わたしはお父さんにいっぱい幸せをもらったよ? だから、これからはお父さんのやりたい事をやって欲しいの」
「月海……」
「いつでも会えるよ。だって……わたしとお父さんは家族なんだから」
海でお父さんが行方不明になって、もしかしたらいつか帰って来るんじゃないかって思う事もあった。
でも、そんな事はなかったんだ。
そして、わたしは死んだ。
まさか死んだ後に異世界でお父さんに会えるなんて思わなかった。
世界を越えても会う事ができたんだから、これからはいつでも会えるよ。
「月海……そうだね。ボク達は家族だ」
涙を流しながら抱きしめ合った。
今までの寂しさを埋めるように……




