マンドラゴラの姿で
今回は、お父さんが主役です。
ボクはあの時、死んだ。
魔王として。
ただ月海の幸せだけを願っていた。
月海がこの世界に転移して来ても幸せに暮らせるように、できる限りの事をしてきた。
そして、ボクはヴォジャノーイ王国に埋葬されたんだ。
どれくらい経ったんだろう。
見当もつかない。
長い間、眠っていたようだ。
目を覚ますと、天使がいた。
この天使……
月海が聖女に憑依すると言った天使だ。
前に会った時、ボクの残された魔力をあげるから月海がこの異世界で苦労しないように……
それと、ボクの生きるはずだった寿命を月海に分けてあげて欲しいとお願いしたんだ。
叶えてもらえたのか?
「思い残した事はないか?」
天使の声に空気が振動する。
思い残した事?
そんなもの、たったひとつだ。
月海……
もうこの世界に来ているのか?
無事なのか?
幸せに暮らしているのか?
「娘に……会いたい……」
その言葉に、天使は微笑みながら頷いたんだ。
次に目を覚ますとボクはキッチンにいた。
ヴォジャノーイ王国で、ボクはマンドラゴラになっていたんだ。
もう少しで鍋に放り込まれそうになった時、命からがら逃げ出した。
そして出会った。
銀の髪、青い瞳。
見た目こそ変わっていたが……
月海……
夜の海を照らす月のように美しく育って欲しくて『月海』と書いて『るみ』と名づけた。
ボクは転移してしまったから一歳までしか一緒にいられなかった。
寂しい思いをさせただろうな。
大きくなった月海は笑っていた。
幸せそうに可愛く笑っていたんだ。
隣にはヴォジャノーイがいた。
約束を守ってくれたんだ。
月海を守るという約束を……
ありがとう。
ボクはオークのバスケットに逃げ込んだ。
そして、そのまま死の島に行ったんだ。
魔素が薄くなっていてダリアの花が綺麗に咲いていた。
不思議だ。
とても人が住める環境ではなかったはずなのに……
明け方になって月海の部屋にこっそり入った。
かわいい寝顔だ。
大切にされているのが一目で分かる。
涙が溢れてきて我慢できなくて砂浜を歩いた。
その時、思い出したんだ。
月海とバーベキューをしたかったんだと。
朝起きて来たらバーベキューをしよう。
そこでボクが父親だと打ち明けよう。
でも、今はマンドラゴラの身体だから一人だと大変だ。
確かマンドラゴラはクローンで増やせたはず。
気づくと百を超えるマンドラゴラができた。
しかも全く制御できなくてオークを火あぶりにしたあげく、家が燃えて月海を泣かせてしまった。
もう父親だと名乗る事なんてできなくなってしまった。
情けないな……
結局、ボクは話せる特殊なマンドラゴラだと嘘をついて島に残る事になった。
そして『ダディ』と呼んでもらう事になった。
嬉しかった。
月海にダディと呼ばれるたびに幸せな気持ちになった。
ヴォジャノーイは王を辞めて前王になって月海を守っていた。
そして誰が見ても月海とヴォジャノーイは……
お互い惹かれ合っていた……
もう名乗らない方がいいと思った。
ずっとこのままマンドラゴラとして月海の近くにいよう。
そう決めたんだ。
月海は、賢く優しい子に育っていた。
本当はボクが読んであげたかった絵本を、月海の膝で読んでもらうのが日課になった。
愚の骨頂なんて難しい言葉も知っているし、確実にボクの娘は天才だ。
その月海が堕天使に殺されるんじゃないかという時、ボクは何もできなかった。
今のボクは魔王じゃない。
ただのマンドラゴラだから……
無力だった。
悔しかった。
一番守りたかった月海が危険な時に、ボクはただ祈る事しかできなかった。
そして……
ヴォジャノーイが月海を真剣に愛しているのが分かった。
もう名乗らない。
これでいいんだ。
ドラゴン王はボクが魔王だと気づいたみたいだけど、誰にも言わないだろう。
月海が結婚か……
本当だったらボクが父親としてバージンロードを一緒に歩くはずだけど、無理だよな……
でも、月海の花嫁姿を見られるだけでも幸せだ。
ヴォジャノーイなら月海を安心して任せられる。
どうか月海を幸せにしてくれ……




