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もう取り戻せない

 それからの事は記憶にモヤがかかったみたいになっていた。

 確かにわたしは、あの天使を殺した。

 光の力で誰かを傷つけたのは初めてだった。

 いつもは光の力で傷を治したり、命を与えたりしていた。


 でも……

 目の前には横たわり、もう動かないベリアルがいる。

 

 どうやったのかは分からない。

 でも、わたしはこの天使の生命力である光の力を全て奪い取ったみたいだ。

 身体にあり得ないくらいの光の力を感じる。


 ただ立ち尽くした。

 何も考えられなかった。


「姫様……」


 ピーちゃん?

 でも、いつもと違う声……


「ピーちゃん……? 生きているの……?」


 振り返ると人間の姿のピーちゃんがいる。

 日本人……?

 元の姿に戻れたのかな……?

 でも……

 身体が透けている。

 顔の部分だけがぼんやりとして、よく見えない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……姫様」


 ピーちゃんが膝から崩れ落ちた。


「ピーちゃん……生きていられてよかった……」


 ピーちゃんを抱きしめようとしたけど……

 すり抜けた?

 これが魂なの?

 座り込んでいるピーちゃんの隣に座る。

 そして……

 二人で大声を出して泣いた。

 異世界に来てから初めて日本人として泣いたんだ……



「終わったのですね」


 ウリエルが静かに現れた。

 倒れているベリアルを見て微笑んでいる。

 ……?

 安心したような優しい表情に見える?

 ベリアルを憎んでいたようには見えないけど……


「……ずるいよ。天使はずるいよ! 自分達は殺せないからって異世界から人間を呼んで、姫様に天使殺しをさせるなんて!」


 ピーちゃんがウリエルに大声で叫んだ。

 でも……


「ピーちゃん……違うよ。わたしは誰かにやらされたんじゃないの。自分の意思でやったの」


 ウリエルが無言でわたしを見つめている。


「今回の事に……魔族は関係ありません。全てわたしの独断でした事です。わたしだけを罰してください」


 これでいい……

 魔族は巻き込んじゃダメだ。

 

「何か誤解されているようですが……?」


 ウリエルが微笑みながら話し始めたけど……

 誤解って?


「ベリアルは生きています。悪しき心は永遠に眠り続けるでしょう。ベリアルは元々、天界で高い地位にありましたが堕天使になってしまいました。力のあるベリアルを止める事が我ら天族に難しかったのは事実です。ですが、天族殺しを人間にさせようとは思いません」


 え?

 じゃあ、どうして二兵衛さんやお父さんを転移させたの?


「一人の人間の力でベリアルを止められるとは考えていませんでした。小さな出来事が波紋が広がるように大きくなり、今回のようにベリアルを止める事ができればと……そしてやっと……」


「やっぱりずるいよ! 自分達の事は自分達で解決するべきだよ! 全部他人任せにしてるのが分からないの!?」


 人間の姿のピーちゃんが泣きながら怒っている。

 

 ピーちゃん……

 辛かったよね。

 ずっと一人でこの異世界で戦ってきたんだから……


「ウリエルは、これで満足なの? 邪魔なベリアルを倒して、これで全てが終わったの? ピーちゃんや二兵衛さんやお父さんがどれだけ辛い思いをしたか分からないの?」


 わたしの言葉にウリエルが辛そうな顔をしている。

 わたし達以外にも転移者はいたはずだ。

 どんな辛い目に遭ってきたか……

 いきなり知らない場所にいて、魔族に襲われたりした人間もいたはずだよ?

 転移させるだけさせておいて、あとは放っておいたくせに波紋が広がるように……?

 

「ふざけるな!」


 今まで出した事がないくらいの大声に、自分でも驚いた……

 でも……

 悔しくて涙が止まらない。


「ふざけるな……人間はオモチャじゃない! 傷つけられれば痛いんだよ! 悲しむ心を持っているんだよ! 生きているんだよ! ふざけるな!」


 ウリエルだけが悪いわけじゃない。

 ベリアルを止める為だった。

 それは分かるけど……

 でも……

 何の関係もない人間を苦しめたのは赦せない。

 天使達が人間を巻き込んだのは間違っているよ。


「申し訳ありませんでした。前世の身体はもう存在していないので、元の世界に帰る事はできません。お二人には、このままこちらの世界にいていただく事になります。……できるだけの事はさせていただきます」


 そんな事を言っているんじゃない。

 そうじゃないんだよ。

 

「天使なら人間に何をしても赦されるの? 偉ければ何をしても赦されるの? そんなのは違うでしょ? もう取り返せないんだよ! オモチャにされてきた人間はもう帰ってこないの!」


 もう帰ってこないんだよ……

 お父さんも二兵衛さんも……

 ハーピー族長も、皆死んじゃったんだよ……

 一人の堕天使の為に多くの命が奪われたんだ。

 ピーちゃんもずっと苦しみながら生きてきた。

 赦せないよ。

 赦せるはずがないよ。


「ボクは絶対に赦せない! 三千年も苦しんできたんだ。お腹の子に憑依するたびに苦しんだんだ。ボクがお腹の子を殺したんだって! ずっと苦しんできたんだ!」


 わたしもピーちゃんも涙が止まらない。


「ウリエル、わたしはもう帰るよ。このまま話しても何も変わらない。死んだ人間はもう生きて帰ってこない。それに、わたしもベリアルを殺そうとした。わたしも赦されたらダメな人間なんだよ」


 そうだよ。

 わたしはベリアルを殺そうとした。

 命が大切なんて言える立場じゃないよ。


「ボクはウリエルと話があるから、姫様は先に行って」


 ピーちゃん……

 そうだね。

 三千年も苦しんできたんだから、話しておく事がいっぱいあるよね。


「幸せの島で待っているね」


 そう言って、わたしはブレスレットを壊した。


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