ルゥと人間のおばあ様(2)
「着いたぞ」
海の中を進んでいるじいじが空を見上げている。
顔だけ出して周りを見ると……
広い海の真ん中に船が一隻見える。
人間の船?
これに乗るのかな?
じいじが水で階段を作ってくれる。
船に乗ると数人の人間とケルベロス王、イフリート王、ヴォジャノーイ族のおじちゃん達がいる。
「前王妃様、お美しいです」
「オレが先に言おうとしたのに! 前王妃様、すごく綺麗です」
おじちゃん達……
いつの間にか前王妃って呼んでいるね。
「ありがとう。嬉しいよ。でも今まで通り姫様って呼ぶのはダメ?」
少し恥ずかしいんだよね。
「前王妃様、それはできません。前王様のつがいになられたのですから……」
わたしの言葉におじちゃん達が慌て始めた。
そうだね……
慣れれば気にならなくなるのかな?
「宴の準備ありがとう。大変だったでしょう?」
「前王妃様……」
おじちゃん達が涙ぐんで喜んでいる。
冷酷なヴォジャノーイ族の戦士のはずだけどすごく優しいよね。
「ふふ。幸せなのね」
え?
声がする方を見ると……
人間の老女がわたしを見て微笑んでいる。
誰だろう?
「ルゥちゃん? 前に一度会った事があるのだけれど……忘れてしまったかしら?」
前に?
この人間に?
どこでだろう?
「あの時は大切な島に向かって大砲を撃ち込んでごめんなさい」
え?
大砲……
あぁっ!
あの時の!
「思い出した! あの時の人間だ!」
ウェアウルフ族とグリフォン族が攻めてきた時に大砲を撃っていた人間だ!
あれ?
大声を出すわたしを見て、老女が嬉しそうに笑った?
「ドレスがよく似合っているわ……あの子も喜んでいるわね」
あの子?
誰の事?
「ルゥ、この人間はルゥの身体のおばあ様だ」
じいじが優しく微笑みながら教えてくれたけど……
え?
ルゥの身体のおばあちゃん?
どういう事?
「突然の事で驚かせてしまったわね。前ヴォジャノーイ王からルゥちゃんの事を教えてもらっていたの。結婚式をすると聞いたら我慢できなくなって……もしかしたらいつか渡せるかと思って作っておいたドレスを、どうしても着て欲しくなってしまってね」
ルゥのおばあちゃん……
「ごめんなさい……」
「あぁ……嫌だったわね。いきなりおばあ様なんて言われても困るわよね。……ごめんなさい」
違う。
そうじゃないよ。
「そうじゃないの。ごめんなさい……わたし、ルゥの身体を勝手に使っているの。だから……ごめんなさい」
申し訳なくて謝る事しかできないよ。
「ありがとう、ルゥちゃん。ルゥちゃんがいてくれたおかげで、わたくしは今かわいい孫に会えているのよ?」
老女が抱きしめてくれる。
温かい。
優しい匂い……
大きな愛に包み込まれている感覚に涙が溢れてくる。
「お……ばあ様?」
つかえそうになった声を絞り出す。
「ルゥちゃん……」
おばあ様も、他の人間の老人達も泣いている。
ルゥ……
ルゥはきちんと愛されていたんだね。
捨てられて忘れられてはいなかったんだ。
良かった……
良かったね……
「おばあ様……このドレスの宝石は……?」
「それはね……ルゥちゃんの母親。わたくしの娘の形見なのよ?」
形見……
ルゥの母親は亡くなったの?
「どうか、持っていて欲しいの。娘もきっとそれを望んでいるわ」
「おばあ様……」
「人間を捨てたとしても、持っていて欲しいの。あの子が……娘がずっとルゥちゃんを守ってくれるはずよ? お守りだと思って欲しいの」
お守り……
いいのかな?
種族王達に、人間である事を捨てるって言ったのに。
「聖女様、我ら魔族に気を遣われているのでしょうか? だとしたら、今まで通りその宝石を身につけてください」
イフリート王が悲しそうに話しかけてきた?
どうして?
わたしは嫌われていると思っていたのに。
「我ら魔族は聖女様を憎んでいるのではありません。幸せを願っているのです。我らが憎いのは勇者だけなのですから」
ケルベロス王まで……
本当に魔族は優しいよ。
「ありがとう……ありがとう皆……」
涙が止まらないよ。
このイヤリングは、ルゥのお母さんの形見だったんだね。
「おばあ様……ルゥのお母さんはどんな人間だったの?」
「優しくて、強くて、自慢の娘だったわ」
優しくて強い……か。
「どうして亡くなったの?」
おばあ様の顔が険しくなった?
訊いちゃダメだったかな?
「かたきは討ったわ……ルゥちゃんのお兄様が見つかったの。双子だったのよ。その子がね……かたきを討ったの。悪い人はもういなくなったわ。安心して幸せになってね」
『お兄様』が見つかった?
いなくなっていたの?
それに、悪い人を討った?
「じゃあ、お父さんは?」
おばあ様が悲しそうに目を閉じた。
どうしたんだろう?
「父親は……お兄様が討ったわ」
……え?
どういう事?




