田中のおじいちゃん
普通よりも少し厚みのある紙と小刀が用意される。
最初からこうさせるつもりだったのか。
命を奪われないだけよかったと思うべきかな。
小刀を手に取ると、指の先を少し切る。
「あぁ……聖女様」
グリフォン王とウェアウルフ王が辛そうにしている。
そんなに痛くないから大丈夫だよ。
心配してくれてありがとう。
紙に指を押しつける。
「ルゥ、もう血は足りた」
じいじがハンカチで止血してくれる。
あとは、この契約書にドラゴン王以外の七人の王様がサインすれば終わりか。
ドラゴン王はきっと来ないだろうし……
「この契約書は我がヴォジャノーイ王国で管理しよう」
黙っていたヴォジャノーイ王が話し出す。
低い声だ。
いつもの優しい王様と違う。
「前魔王様に姫様を任されたのは我がヴォジャノーイ王国だ。この契約書は姫様の命と同じ重さをもつ。わたしが管理すべき物だ」
ヴォジャノーイ王……
じいじと打ち合わせしていたのかな?
契約書の血を調べられないようにしているんだ。
「わたしもそうすべきだと思うが」
「わたしもだ」
ウェアウルフ王とグリフォン王も賛成してくれる。
王様は七人。
残り四人か……
多数決とか、この世界にもあるのかな?
「では、この考えに賛成の者は手を挙げよ」
ヴォジャノーイ王、ウェアウルフ王、グリフォン王が手を挙げる。
反対が四人か。
でも誰が管理する事になるんだろう?
「わたしも賛成しましょう」
ベリス王が手を挙げる。
おかしいな。
何か企んでいそう。
じいじを見ると怪訝そうな顔をしている。
じいじも何か感じたみたい。
契約書か……
前世で田中のおじいちゃんが詐欺師から高い布団を買わされた時……
「契約書をよく読んでおけばよかった。小さい字で書いてあったんだ。返品できないって……」
ってペラペラの布団に入りながら言っていたな。
あまりにかわいそうだから老人会のおばあさん達が綿を足してあげたんだよね……
皆パンチパーマだったな……
「オレが死んだ時はこの布団にくるんで棺桶に入れてくれ」
って泣いていたっけ……
でもその後、詐欺師がサービスだって置いていった宝くじが当たって世界一周クルージングの旅に行っていたよね……
外国の綺麗なお姉さん達との楽しそうな写真が送られて来たっけ。
田中のおじいちゃん……元気かな?
この契約書は大丈夫だよね?
「じいじ? この契約書、魔族の古代文字で書いてあるけど……なんて書いてあるの?」
じいじが驚いた顔をしている。
魔族の古代文字は、じいじが教えてくれたから全部読めるんだ。
「……読み上げるか?」
察してくれたみたい。
「うん。ありがとう」
「待て、読み上げる必要はない!」
ベリス王が慌てて止めに入る。
やっぱり何かあるみたいだね。
「契約書。我、前魔王のむす……」
じいじが途中まで読むとベリス王が慌てて契約書を取り上げようとする。
あれ?
高級そうな服とアクセサリーを身につけているけどブローチはかわいい物なんだね。
「待て! 読み上げる必要は……」
「これは……」
契約書を黙読していたじいじの表情が険しくなった?
「この契約書はベリス王が用意した物か? ルゥが子をもうける相手はベリス王族のみと書いてあるがどういう事だ?」
え?
そんな事が書いてあったの?
うわぁ……
裏面にすごく小さく書いてある。
だから王様達に急いでサインさせる為に賛成したんだね。
「この契約書は無効だ」
じいじが火の魔術で契約書を燃やす。
火の上位精霊が呼び出されたんだね。
「ベリス王よ。全魔族王会議の規則を知っているか?」
じいじ……
怖い顔……
たぶん、あれだよね。
全魔族王会議の場での殺生はとがめられない……
「ルゥ? 防御膜に入って目を閉じていなさい」
あぁ……
おばあちゃんが言っていたな。
嘘をつくとバチがあたるって……
田中のおじいちゃんありがとう……
防御膜の中で静かに目を閉じた。




