残念王子と詐欺師王子
「グリフォン王、お願いがあるの」
どうしてもやってみたい事があるんだよね。
「聖女様のお望みなら。どこを攻め落として来ましょうか?」
うわ。
グリフォン王が怖い事を普通に言っている……
「いや、そうじゃなくて。背中に乗せて飛んで欲しいの」
ダメかな?
「背中にお乗りいただけるとは、光栄です」
大きい猫みたいなフワフワの背中に乗っていいの?
嬉しいっ!
「ありがとう!」
背中に乗ると……
うわあぁ!
ばあばとは、また違う感じ。
想像以上に背中の毛がフワフワしている。
ゆっくり翼を羽ばたかせると、空に吸い込まれるみたいに高く昇って……
風が気持ちいいっ!
あ!
幸せの島が小さく見える。
いつの間にこんなに高い所まで来たんだろう。
うぅ……
フワフワの背中に顔をうずめたい。
あと、肉球をプニプニしたい。
……?
変だな。
グリフォン王の猫みたいなかわいさに興奮している?
この前島に攻めて来た時も血まみれのグリフォン王を見てかわいいと思ったし……
普通なら恐ろしく感じるはずだよね?
うーん……?
「おや? あれは……?」
グリフォン王が遠くに何かを見つけたみたい。
……何?
すごいスピードで何かが飛んで来る。
あれは……小さいドラゴン?
ん?
まさか残念王子?
でも、もう一匹小さいドラゴンがいる。
誰だろう?
「聖女様、島に戻りましょう」
グリフォン王がゆっくり島に降りる。
楽しかったのに……
残念。
島に降りると遊びに来ていたウェアウルフ族とグリフォン族、魚族長が臨戦態勢に入っている。
まぁ、前に来た時に家も島もボロボロにしたから警戒されても当然だけど……
皆、いつもはニコニコして優しいけどわたしを守る為にこんなに真剣になってくれるんだ。
ありがたいな。
「おい! 魔王の娘! お前何に乗ってたんだよ! あれ? 見た目が違うぞ?」
あぁ……
やっぱりあの時の残念王子だ。
この前は日焼け止めを塗っていなかったかな?
今日は髪も身体も日焼け止めで茶色いんだよね。
それにしても残念王子は、小さいドラゴンから飛び降りてさっそく威張っているね。
魔族の皆が殺気立っている。
この前は島を焼かれたけど、今度はちゃんと守るんだから!
「まぁ、そう警戒しないでください」
あれ?
もう一人いたんだ。
人間みたいに見えるけど頭にヤギの角みたいな物がある。
「わたしは、ベリス王国の王子です。はじめまして、お美しい聖女様」
ベリス?
何の種族なんだろう?
黒い髪に緋色の瞳。
きちんとした赤と黒の服を着ている。
礼儀正しくて、優しそうに笑っている。
でも……
わたしの前世での経験が警告を出している。
この魔族は信用したらダメだ。
わたしは群馬の田舎で生まれ育った。
訪問販売や詐欺師が、田舎者だとバカにして何度も集落に来ていたんだ。
あの時の詐欺師達の目と同じだ。
一見優しそうに見えるけど目の奥が笑っていない。
前世と今世を合わせればもう三十歳なんだから!
簡単には騙されないよ!
「お気をつけください。こいつは……」
「聖女様はお美しいですね。まるで宝石のようです」
詐欺師王子がウェアウルフ王の言葉をわざとさえぎったね。
それにしても、やたら話しかけてくる。
詐欺師は、よくしゃべるっておばあちゃんが言っていた。
それに、わたしに取り入ろうとするのが見え見えなんだよね。
「聖女様はお好きな食べ物は……」
この詐欺師め。
詐欺師が話す内容に返事をしてはいけない。
いらないですの『結構です』を、欲しいですの『結構です』に無理矢理持って行っちゃうんだから。
「聖女様は良い香りがしますね。少し遠いですが温泉が……」
温泉?
あるの!?
温泉行きたい……
ってダメだよ!
騙されそうになっちゃった!
近所の田中のおじいちゃんは騙されて高い布団を買わされちゃったんだから!
騙された事に気づいてペラッペラの布団にくるまりながら泣いていたんだから!
詐欺は赦さないよ!
あきらかに不機嫌なわたしに、魔族の皆がオロオロしている。
相手が攻撃していないのにわたしから攻撃したら問題になるかも。
困ったな。
誰から見ても不機嫌に見えるはずなのに、詐欺師王子は気づかないのかな?
「聖女様の明日の予定は……」
まだ話している。
こういう時は……
確か、おばあちゃんが塩をまきながらこう言っていたね。
「警察呼ぶぞ! この詐欺師めが! おととい来やがれ!」
よし、これだ。
でもこの世界に警察はあるのかな?
それに、おととい来やがれって……
本当におととい来ても過去のわたしには意味が分からないよね?
うーん。
今は屁理屈を考えている場合じゃないか。
怖い人の名前を出してみる?
一番怖い人……
魔王は……今はいないから。
……あ!
「じいじを呼ぶよ!?」
どうだ!
じいじは最恐の魔族なんだから!
でも『最強』じゃなくて『最恐』なんだよね。
あのじいじより強い魔族がいるっていう事なのかな?
「え? じいじとは?」
詐欺師王子が首を傾げている。
隣にいる残念王子は顔が青ざめていくね。
「オ……オレ、帰る」
残念王子が慌てて小さいドラゴンに乗った?
逃げるんだね。
またジワジワされそうで怖いんだろうな。
「おや? イフリート王子は帰るのですか?」
詐欺師王子め……
一緒に帰ればいいのに。
「聖女様、それで明日の予定ですが……」
もう、しつこい!
「じいじー! 変な人がいるよー! わたしが良い匂いがするって言っているよー!」
これだけ大声で叫べは魔族のじいじなら聞こえたよね?
「え? 聖女様? どうされ……」
詐欺師王子が驚いて、わたしに手を伸ばしたね。
あ……
いつの間にか詐欺師王子の背後にじいじが立っている。
うわ……
じいじの赤黒い瞳が赤く光っている。
これって怒っている時なんだよね?
気配を感じた詐欺師王子が振り返って目を見開いた。
じいじの顔を見てあきらかに慌てているよ。
「え……? 前ヴォジャノーイ王……?」
「さて、どうしてやろうか?」
じいじの低い声にこの場にいる全員が震え上がった。
そして、今度はベリス王国からお詫びの品が大量に届く事になる……




