幸せの島のルゥ
「ルゥが会いたいのは、人間のおばあ様だな?」
ハデスが優しく微笑んでくれる。
「うん。ルゥの身体のうちに話しておきたいの」
「今頃は、今日の浄化予定だったマグノリアに船で向かっているはずだ」
ハデスの言う通りだね。
ココちゃんとマグノリアに行くはずだよ。
「伯父上、海の事ならヴォジャノーイ族にお任せください。今どの辺りにいるかを調べます」
ヴォジャノーイ王がヴォジャノーイ族の戦士達に指示を出している。
もう立派な王様だね。
ハデスも嬉しそうだ。
「じゃあ、ルーは支度をしねぇとなぁ。ほらほら、急いでかわいくしてやるからなぁ」
床屋のあん姉が大急ぎで聖女らしく見えるようにしてくれる。
おばあ様からのプレゼントのネックレス、お兄様からの髪飾り、片耳にはルゥの母親の形見のイヤリングをつける。
「じゃあ、行ってきます」
「ルゥ、ばあば達は後からマグノリアに向かうから。気をつけてね?」
ドラゴン王のばあばが、人間の姿で手を振っている。
イナンナ……
幸せそうで嬉しいわ。
ずっとルゥを守ってくれてありがとう。
わたし達のせいで……巻き込んでしまってごめんなさい。
ベリアルの空間移動でハデスと、おばあ様の船に向かう。
目が開けていられないくらいの光が消えると、船の上にいる。
「あれ? やっぱりルゥだ! ヒヨコ様が連れて来てくれたんだね」
ココちゃんが眩しそうに目を細めながら喜んでくれる。
「え? ルゥ様?」
あれ?
この声は……?
「アンジェリカちゃん!? どうして!?」
「はい。すっかりココちゃんと仲良くなりまして。リコリス王妃になる為のお手伝いをさせていただく事になりました」
「ええ? そうなの!?」
まさか、吉田のおじいちゃんの事が好きだから、お兄様と結婚したくない……とか!?
「まだヘリオスには話してないの。だから……」
ココちゃんが恥ずかしそうにしている。
「うん。ココちゃんから話した方がいいと思って、お兄様には話していないよ? それに……」
「あら? ルゥちゃん! 来てくれたのね?」
おばあ様が甲板に出て来る。
「おばあ様……」
「あらあら、ルゥちゃん? 目が腫れているわ? どうしたの?」
「……おばあ様に大切な話があって、会いに来たの」
「……少し中で話しましょうか?」
おばあ様が船室に案内してくれる。
二人きりの船室で抱きしめられる。
「……いつかは、こうなると思っていたわ? ヘリオスから使いがあったの。ルゥちゃんの身体が限界を迎えたようね……」
「……ごめんなさい。わたしがもっと大切に……」
「違うわ? 産まれてすぐに亡くなるはずだった孫の身体を生かしてくれたのはルゥちゃんよ? 本当にありがとう」
「ありがとう……?」
「もう泣かないで? 元の身体に戻るのでしょう? これでお別れではないわ?」
「うぅっ……おばあ様……ルゥの身体は幸せの島で大切に預かるから……ごめんなさい……」
「あぁ……泣かないで? ルゥちゃん……」
ダメだ。
笑顔でお別れしたかったのに。
ルゥの笑顔を覚えていて欲しかったのに……
涙が止まらないよ。
「元の身体に戻っても、わたくし達からの贈り物を身につけて欲しいわ?」
「おばあ様……」
「ルゥちゃん……どんな姿になってもルゥちゃんは、おばあ様の大切なルゥちゃんよ?」
「うん。おばあ様、絶対に会いに来るからね?」
「ええ。約束よ」
おばあ様が右手の小指を立てて差し出す。
え?
これって、指切り?
「ココちゃんがね? ヘリオスに教わったらしいの。大切な約束をする時にするらしいのよ?」
お兄様……
そういえば、わたしとした指切りをココちゃんともしていたね。
「ふふっ……」
笑いが込み上げてくる。
右手の小指を絡ませる。
「絶対に会いに来るから……」
こうして、船上での女子会が始まった。
船室にはフカフカのソファーがあって、おいしそうなお菓子もたくさん用意してある。
ヒヨコちゃんのベリアルがお菓子好きな事を知っているココちゃんが、もしかしたら会えるかもって準備してくれていたらしい。
おばあ様も嬉しそうにニコニコ笑っている。
ココちゃんとアンジェリカちゃんもすごく仲良しで、これならココちゃんが王妃になっても助けてもらえそうで安心だよ。
「ルゥ、もうすぐマグノリアだ。我々は空間移動で城に向かおう」
ハデスが船室に呼びに来てくれる。
「……うん。おばあ様、また絶対に会いに来るからね……」
「ええ、待っているわ。かわいいルゥちゃん……わたくしの愛しい宝……」
おばあ様に抱きしめられると温かくて涙が溢れてくる。
本当にありがとう。
本当にごめんなさい。
大切なおばあ様……
本当にありがとう!
こうしてわたしとハデスは、ベリアルの空間移動でマグノリア王国に向かった。
浄化はほぼ終えたけど、一応挨拶だけはしておかないとね。
……え?
何これ……
ベリアルの空間移動先が王様達がいる部屋の真ん前で、歩かなくて良かったと喜んでいたら……
どうして、吉田のおじいちゃんが裸踊り……いや、よく見たらふんどしを着けているから、ふんどし踊り? をしているのぉぉお!?
しかも、マグノリア王は四大国の中で一番厳格な王様のはずだよね!?
一番喜んでいるんだけど!?
「あーはっはっ! ヨシダ殿は、なかなかの踊り手ですなあ!」
大喜びしているよ!?
かなりのおじいちゃんだけど大丈夫かな?
笑い過ぎて身体が震えているよ!?
「王様は、この踊りの良さが分かるんか!? これは我が家に伝わる……って、あれ? ルー、来てたんか?」
「あれ? ルー、来てたんか? じゃないよ!? 何をしているの!?」
ふんどしは締めているけど、ほぼ裸だよ!?
捕まらないの!?
「これは聖女様、こちらのヨシダ殿は素晴らしい踊り手ですな!」
社交辞令じゃなくて本気で言っているみたいだよ?
いや、でも怒りを隠している可能性もあるよね。
「……あ……はい……あの……捕まえないでください! このおじいちゃんは変態だけど、すごく優しくていい人なんです! 親のいないわたしの父親代わりをずっとしてくれて……だから……」
「聖女様……そうでしたか。わたしは、見ての通りの年寄りです。善人か、狡猾な愚か者かは一目見れば分かります」
「……え?」
「聖女様が、魔族の為に浄化をしているのは事実かもしれません。ですが、人間を愛しておられる事もまた事実。……この年寄りには分かるのです」
「マグノリア王……」
「聖女様、浄化を終えられたのですね。まさか、この世界の清らかな姿を見られるとは……長生きはするものですね」
……この人間は、心からそう思っているみたいだ。
この世界を愛している気持ちが伝わってくるよ。
「わたくしは、まだ全ての浄化を終えたわけではありません。魔素が濃く残る場所の浄化を終えたら……長い眠りにつくでしょう」
「……聖女様?」
「もう……わたくしの身体は限界のようです。四大国の王達に頼みがあります。どうか、人々を正しくお導きください。そして、春の日の温もりのような優しさで愛してください」
「……はい。聖女様……必ず……」
マグノリア王が優しく微笑んでくれる。
アルストロメリア王もデッドネットル王も頷いている。
「聖女様……」
リコリス王のお兄様が悲しそうな顔をしている。
皆がいるからルゥって呼べないんだね……
「リコリス王……縁とは不思議なものです。出逢うべき者同士は、必ずまた出逢います。きっとまたどこかで……必ず」
だから、お兄様……
辛そうな顔をしないで?
ルゥの身体は大切に預かるから……
本当にごめんなさい。
たった一人の妹の身体を勝手に使って本当にごめんなさい。
こうして、わたし達は第三地区に帰って来た。
翌日は、朝から残りの浄化をして、聖女としての役割を完全に終わりにした。
そして、その夜……
ついにわたしはペルセポネの身体に戻る事になった。
幸せの島で、天族の家族と魔族、第三地区の皆に見守られながら……
世界一周の旅に出ていた前グリフォン王も帰って来てくれた。
そして、ハデスは最後まで手を繋いでくれていた。
ルゥ……ありがとう。
ルゥの身体は幸せの島で眠り続けるからね。
大切に守るから。
月海……ごめんなさい。
巻き込んでしまって本当にごめんなさい。
苦しめてごめんなさい。
静かに閉じた瞳をゆっくり開けると……わたしの魂はルゥの身体からペルセポネの身体に戻っていた。
その時から、わたしは幸せの島のルゥではなく……
冥王ハデスの妻、ペルセポネに戻った。
長い時を経て、やっと巡り逢えた。
わたしの……愛しいハデス。
これからは、ずっとずっと一緒にいてね。
約六ヶ月半、毎日更新してきましたが今回が最終話となりました。
最初の頃には名前すらでてきませんでしたが、この物語は神話に出てくる冥王ハデスと、妻である神の娘ペルセポネの物語でした。
ハデスは遥か昔に引き離されたペルセポネの魂の持ち主のルゥを、そうとは知らずに愛し、全ての出来事が二人を引き寄せ合うように進んでいきました。
離れ離れになり長い時を経て再会できた二人はこれからも魔族や第三地区の人達と賑やかで楽しい時を過ごしていきます。
その物語は
『誰もが恐れる冥王ハデスの妻ですが今日もモフモフ愛が止まりません』
に続きます。
~続編のあらすじ~
魔族と人間が暮らす世界。魔族は規律正しく真面目に、人間は厳しい身分制度の中で過ごしている。
主人公は天界の神の娘『ペルセポネ』として産まれたが、天界で殺害され魂だけが異世界の日本に逃がされた。長い年月をかけ群馬県の秘境の地に辿り着いた魂は、父親である『ゼウス』が『田中のおじいちゃん』として暮らしながら守っていた。『ゼウス』はペルセポネの新たな身体を作り出す為に、集落の人間達を魂の無い天使と結婚させ子を何代にも渡り産ませ続け、ついに娘の魂に耐えられる身体の『月海』を作り出す事に成功した。『ゼウス』は『月海』に魂を入れ込んだが過去の記憶は思い出される事も無く普通の人間として暮らしていた。
高校二年生の夏『現在の神』の『過去の恋人』で群馬に追放されていた『イナンナ』の子孫である祖母が天界の大天使に魔素の毒で命を奪われ、共にいた『月海』も魔素に侵されてしまう。ちょうどその頃、魔族と人間の世界に『聖女』が産まれた事を知った『ゼウス』は『月海』を溺死させ、産まれたばかりの『聖女』に『ペルセポネ』の魂を入れ込んだ。こうして『聖女』の身体に憑依させられた『月海』はこの世界で『ルゥ』として、なぜか魔族の中で育つ事になる。十四歳になった『ルゥ』は、群馬で行方不明になっていた父親がこの世界で『魔王』として亡くなった事を知らされる。魔族は『魔王』の娘である『ルゥ』を大切に育て愛してくれた。中でも『最恐の魔族』と呼ばれる『じいじ』は『ルゥ』を溺愛していたが、実は遥か昔冥界で『ペルセポネ』の夫として過ごした『冥王ハデス』だった。
色々あり、お互いの気持ちを確かめ合った二人は幸せに暮らしていたが、消滅したはずの『ペルセポネ』の身体が隠されていたと知る。そしてついに『ペルセポネ』の魂が本来の身体に戻る時が来た。
ここまで『異世界で、人魚姫とか魔王の娘とか呼ばれていますが、わたしは魔族の家族が大好きなのでこれからも家族とプリンを食べて暮らします。~ルゥと幸せの島~』のあらすじです。
本来の身体に戻った『ペルセポネ』は穏やかに過ごすはずだったが『ルゥ』の兄が問題に巻き込まれていると知り助ける為に人間のアカデミーに通う事になる。でも十五年間魔族の中にいた為、普通の人間とはかけ離れた行動をして周囲を驚かせる日々を過ごす事になる。『ペルセポネ』は無事に人間の揉め事を解決する事ができるのか?
ルゥと幸せの島の物語はこれで終わります。
ありがとうございました。
続編も読んでいただけたら嬉しいです。




