ハーピー族長と人間と花火~ハーピー族長の昔話~
今回はハーピー族長が主役です。
あれは、わたしがまだ若かった頃___
「あーあ。まったく嫌になる」
空を飛びながら強そうな男を探す。
日に当たると緑にも見える短い黒髪。
赤黒い瞳。
血が染みついて黒くなった翼。
上半身は人間、下半身は鳥。
ハーピー族は美しい種族だが、わたしはその中でも特に美しいと言われてる。
今は、一年に一度のハーピー族の産卵に合わせてパートナーを探してるんだが……
ハーピー族は元々男が産まれにくい。
今は一人もいないしな。
なんとか男のハーピー族が産まれてくるように強い男を探して来いって族長が言うから……
はぁ。
面倒だな。
グリフォン族に頼んでもいいんだけど、あいつら偉そうだから嫌なんだ。
ん?
お、いたいた!
人間か……
男は男だけどなぁ。
人間は弱いから……
崖から落ちた人間……か?
あんな所にどうやって行ったんだ?
パートナーには無理だけど食糧にならできるな。
座り込んで動かない人間の前に着地する。
……?
怪我でもしてるのか?
まぁ、いい。
さっさと食っちまおう。
「うわあ、送り雀かい? 夜雀かい?」
人間が目を輝かせながら妙な事を話しかけてきた?
何だこいつ?
人間ならわたしを見れば怖がるはずなのに。
「天女さん? 妖怪さん? ここはどこなんだい?」
「は……?」
テンニョさん?
ヨウカイさん?
誰かと勘違いしてるのか?
「それとも、死んだのか……ここはあの世……」
「……」
今は生きてるぞ。
安心しろ、今から食ってやるからな。
「母ちゃん……一人にしちまったな」
泣き始めた?
うぅ……
話を聞くくらいならいいか。
「お前、何でこんな所にいるんだ?」
「分からねぇんだ。疫病の悪疫退散の為に花火を上げようとしたところまでは覚えてるんだ」
何言ってるんだ?
「噴き出し花火だ! 綺麗だぞ! ほら」
手に持ってる筒を見せてきたけど。
……?
その筒が綺麗?
人間はよく分からないな。
「天女さん、名前は何ていうんだい? おいらは二兵衛ってんだ」
「……?」
名前?
従魔にしようとしてるのか?
気に入らないな。
もう食うか。
「……おいらを食おうとしてるんだろう?」
よく分かってるじゃねぇか。
じゃあ今から食ってやるよ。
「どっちにしろ、もうダメみてぇだ。なるべく痛くねぇようにしてくれよ」
仰向けに倒れ込みながら話してるが……
息苦しそうだ。
この辺りは魔素が濃いからな。
人間は長くは生きられないだろう。
それにしてもこんな所までどうやって来たんだ?
「なぁ、名前は何ていうんだ?」
こいつ、また……
でも、もう食うし族名だけなら……
「ハーピーだ」
人間が何かを考え込んでる?
「あーいー? おあいちゃんか」
何だ?
おあいち……?
「お前……頭でも打ったのか? それとも魔素にやられたのか?」
だから、さっきから妙な事ばかり言ってるのか?
「おあいちゃんは、赤い糸って信じるかい?」
何なんだ?
こいつは、わたしが怖くないのか?
「さっきから何を……」
「左手の小指には見えない赤い糸があるんだ。その糸は運命の相手と繋がってるんだ」
は?
何だ?
やっぱり魔素でおかしくなったか……
「おあいちゃんが空から現れた時、天女かと思ったんだ。その……綺麗だったから」
「綺麗……?」
わたしが?
まぁ、よく言われるが……
人間に言われたのは初めてだ。
「おいらはもうすぐ死ぬけど、その前に小指が糸で繋がった相手が現れた。勝手にそう思ってもいいかい?」
何だよ?
意味が分からない。
「お前……ずっと何を言ってるんだ?」
「おあいちゃんにもこの花火を見せてやりたかったな。赤橙色で綺麗なんだ。火があればな……」
「火? ハナビ?」
ハナビって……?
「そうだ!」
人間がフラフラと立ち上がると石を集めて筒を空に向けて固定し始める。
何やってるんだ?
苦しそうなのに。
変な奴だな。
「これでよし。おあいちゃん、もしも火打石が手に入ったらこれに火をつけておくれよ。綺麗なんだ」
「は……?」
ヒウチイシ?
何だそれ?
「ふぅ……」
苦しそうにまた倒れ込んだな。
じっとしてればいいのに。
変な奴だ。
「おあいちゃんは、おいらの事をどう思う?」
どう思うか?
そんなの訊いてどうするんだ?
「おしゃべりな奴だな。変な人間だ」
「変な人間か……やっぱり、おあいちゃんは天女か妖怪なんだね。おしゃべりなのは生まれつきだよ。あはは……」
笑ってる?
今まで会った人間は悲鳴をあげて逃げ出したが。
「……わたしが怖くないのか?」
「おあいちゃん……花火はね、この世の物とは思えねぇくらい綺麗なんだ。おあいちゃんと一緒に見たかった……」
はぁ。
何なんだこいつ。
さっきからペラペラしゃべりやがって。
……火か。
火なら手に入りそうだ。
「人はさ……病気にならなきゃ長生きできるんだ。四十年も生きられる。でも、おいらはそんなには生きられねぇんだな……生きてる間に天女みてぇに綺麗な、おあいちゃんに会えて良かった……」
「四十年?」
たった四十年……か。
魔族は何もなければ永遠に生きられるのに……
人間はそんなに早く死ぬのか。
「死んだら、父ちゃんに会えるのか。先にあの世で待ってるんだ……」
「父ちゃん……? 父親は死んだのか?」
人間は長くは生きないから当然か。
「……」
あれ?
静かになったな。
「……死んだか?」
「ありがとう……最期にひとりぼっちじゃなくて……嬉しかった」
人間の目から涙がこぼれた。
生きてたか……
「そうか……火を持って来てやるよ」
人間からランタンを奪ってくればいいだけだ。
「行かないで。傍にいて……寒いんだ……」
唇が紫色だ。
もうダメだな。
仕方ない。
腕の羽毛で温めてやるか。
「あぁ、温かい……ありが……と……」
死んだか……
ぐっと力が入って動かなくなったな。
食ってもいいが……
埋めてやるか。
埋め終わって、ハーピー族の島へ帰ろうと空へ羽ばたく。
墓を空から見おろすと……
あれはさっきあいつが綺麗だって言ってた筒か。
……火。
火だ。
人間からランタンと藁を奪って来る。
筒に火をつけるってどうやるんだ?
とりあえず藁を筒の近くに置いて……
うーん。
藁に火をつけてみるか。
藁に火が燃え移り、筒が火に包まれる。
……!!
美しい赤橙色の火が筒から噴き出した。
火の雨が降り続けてるみたいだ。
「綺麗だぞ。お前の言った通りだな……」
胸が苦しい。
何だ?
締め付けられるみたいに苦しい……
「一緒に見たかった……」
それから数年経っても、あいつの事が頭から離れなかった。
魔族の長過ぎる寿命にうんざりした。
毎日食って寝て起きて、それの繰り返し。
あいつと話したあの時間が懐かしい……
あいつ、指に糸とか言ってたな。
テンニョ?
ヒウチ……なんだっけ?
そんな時、見つけたんだ___
あいつの墓に赤いハナビみたいな花が咲いてるのを。
引き抜いて族長に持って行って見せた。
族長でさえ知らない毒が根にあるらしかった。
ハーピー族は誇り高い種族。
自害なんてあり得ない。
わたしは強いから戦で命を落とす事もない。
でも……
「この根を食えばあいつに会えるのか?」
あいつが言ってた。
死んだら、先に死んだ父親とまた会えるって……
わたしも死ねば、あいつに……
あいつからの贈り物だと思った。
悩みもしなかった。
口に入れて、飲み込んで……
それで終わりだ。
それから、わたしは毎日少しずつ老いていった。
後悔なんてしないさ。
またあいつに会えるなら。
そう。
これは……恋。
誇り高きハーピー族のわたしが……
人間に恋をした……




