規則と自由
「陛下……ぴよたんも堪能しましたし、本日はこれで失礼します」
宰相がお兄様の寝室から出て行くと海賊が秘密の通路から入って来る。
「海賊の皆は、どうしてそんなにすぐ隠れられるの?」
「ああ、それはお兄様が部屋に入る前にノックの数で教えているからだよ? 誰かいる時には二回。誰もいない時には五回ノックするんだ。それに、魔族の兄ちゃんは耳がいいからこのドアくらいの厚さなら呼吸で誰か分かるみたいだよ? スーハー……」
お兄様……
ずっとわたしを吸い続けているね……
「呼吸で? すごいね」
「魚族長には敵わないけどな。……でも、魚族長はなんで魚人族なのに陸に上がれなかったんだ?」
魚人族の一人が尋ねてくる。
「うん……誰にも分からないの。陸に上がれないから皆、魚族長の事を魚人族とは思っていなかったの。でも、呪いを解いたら陸に上がれたっていう事は……赤ちゃんの頃に誰かに呪いをかけられたっていう事だよね?」
誰がそんな酷い事をしたんだろう?
「そうだな……陸に上がれない呪い……か」
「天族がやったのか?」
魚人族の二人が話しているけど、天使が呪いをかけたの?
どうして?
そういえば、お兄様と海賊達はハデスが天使だって知っているのかな?
「天族以外にそんな事をできる奴がいるかよ!」
「でも、何で天族が赤ん坊の魚族長に呪いなんてかけたんだ?」
「知るかよ! あいつらの考えてる事なんてオレら魔族に分かるはずないだろ?」
この感じだと……
知らないみたいだね。
ハデスの事を、人間の姿になっている前ヴォジャノーイ王だと思っているのか……
海賊の皆が天使の悪口を言い出す前に話題を変えよう。
「海賊の皆はリヴァイアサン王国の領海にいたから、今まではヴォジャノーイ王国の領海には入れなかったの?」
最近、リヴァイアサン王とヴォジャノーイ王で話し合って自由に行き来できるようになったんだよね。
「オレは人間だから船で入ってたけど、魔族はヴォジャノーイ王国の領海には入ってなかったな」
魔族はちゃんと決まりを守れるんだね。
偉いな。
……あれ?
そういえば、ハデスはヴォジャノーイ族だった時に世界の全ての島に行って醤油を見つけて来てくれたんだよね?
世界中の色々な人間の国に人化したヴォジャノーイ族の戦士達がいるとも聞いた事があるけど……
今は黙っていよう……
「今まで入れなかった場所に自由に行き来できるようになって、何も問題は起こらないのかな?」
また戦になったら嫌だよ。
「大丈夫みたいだな。軽い揉め事くらいはあるけど……大昔の、でかい戦の時に離れ離れになってた家族とか知り合いに会えて喜んでる奴らの方が多いな」
魚人族の一人が嬉しそうに教えてくれた。
戦で離れ離れ……か。
「そうなんだね……」
確か、遥か昔は全ての海をヴォジャノーイ族が支配していたんだよね。
でも、リヴァイアサン族の族長が王になった頃に領海の半分を奪い取ったらしい。
それからだいぶ経ってハデスがヴォジャノーイ族長になって、王になって……
ハデスは天使だった頃の記憶があったから領海に興味がなかったらしいけど、今のヴォジャノーイ王は領海を取り戻そうとしているんだ。
領海を自由に行き来できるようにはなったけど……
もう戦が起きないといいな……




