種族とは
リコリス王国の浄化に行った夜___
幸せの島のガゼボで一人で涼んでいると魚族長が陸に上がってくる。
「姫様、お兄様はお元気でしたか?」
「うん。すごく元気だったよ。あ……お兄様が明日魚族長に会いたいって言っていたよ? 魚族長のお母さんの事を何か話したいみたい。座って話そう?」
「はい。ありがとうございます。母の事を……ですか?」
魚族長が隣に座ると話を続ける。
「うん。お兄様は海賊に育てられたでしょう? 海賊の中に魚族がいたらしくてね? お兄様はその魚族に海の中での動き方を教えてもらっていたらしいんだよ」
「魚族……ですか?」
「明日の朝、一緒にリコリス王国に行けるかな?」
「はい。もちろんです。ですが……わたしは魔族の姿で行っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ? お父さんが人間に見えるようにしてくれるって言っていたから」
「魔王様が……そうですか」
「……魚族長? 今日ね……?」
「はい。何かありましたか?」
「……うん。わたしは人間の揉め事には関われないんだなって思ったの。魔族から見ればわたしは人間でしょ? でも、人間から見れば……人間じゃないのかなって……」
「姫様……」
「それが辛いとかじゃないの。わたしは、前にも話したけど魔族に生まれたかったくらい魔族の事が好きなの」
「はい。姫様は魔族の中で育ちましたから……」
「うん。でも、結局わたしは人間でも魔族でも天使でもないんだよね。何の生き物かって問われたら……わたしは何て答えたらいいのかなって……」
「……わたしも、同じ道を歩んで来ました。魚人族のわたしが魚族の中で育ち……自分が何者なのかと思い悩みました。ですが……わたしは、わたしです」
「……? わたしは、わたし?」
「はい。魚族の中で育った魚人族。それがわたしです」
魚族長が満足そうに笑っている。
「正直、こう考えられるようになったのは最近です」
「最近?」
「はい。姫様を赤ん坊の頃から近くで見守ってきました。初めは魔族の中で人間が生きられるはずがないと思っていました。ヴォジャノーイ様だったハデス様は我慢できるとしても、オークとハーピーは……その……」
「うん。分かるよ? 人間は魔族から見たら食べ物だからね」
「……姫様が魔族の愛に包まれて育つ姿に、種族の違いなど愛情の前では無意味だと分かったのです。わたしを育てた母は、ずっとその姿を見せてくれていたのに……今になってそれに気づくとは。わたしは愚かです」
「魚族長……」
「姫様は人間で……天族で魔族なのです」
「……人間で天使で魔族……?」
「はい。どれかひとつの種族だけではなく、全ての種族から愛される存在。それが姫様なのです」
「愛される……?」
「はい……もしも、姫様が何の種族かと尋ねられたらこう答えればよいのです。わたしは幸せの島のルゥだと」
「幸せの島のルゥ?」
「はい。そうです」
魚族長が満面の笑みになる。
確かにそうだね。
この幸せの島にわたしの大切な全てのものがあるんだ。
この島では、人間も魔族も天使も仲良く過ごしている。
まさに楽園だ……
そんな素敵な島のルゥか……
「うん……わたしは、幸せの島のルゥ……だね」
種族の違いは愛情の前では無意味か……
こんなに素敵な家族に囲まれて、本当にわたしは幸せ者だね……




