鍛錬の島で説教だ!
「……え? 今、ハデス舌打ちしなかった?」
お父様にも聞こえちゃったんだね。
もしかして、ハデスはお父様が嫌いなのかな?
確かにお父様は、だらしなくてクズでろくでもないけど……
「……そうだな。舌打ちしたら何か問題でもあるのか?」
ハデス……
怒っているの?
何かあったのかな?
「ハデス? どうかしたの? 疲れちゃった?」
もしかして、皆でお出かけするのが嫌だったのかな?
「いや、疲れてはいない。もっと魔法石に力を入れておけばよかったと思ってな……」
え?
ハデス?
まさか、お父様の命を狙っているんじゃないよね?
こんなだけど一応神様だよ?
「前から一度叩きのめしたいと思っていたのだ。この腐りきった弟をな……」
ハデスの周りの空気が変わった?
ヴォジャノーイ族のじいじの時も怒るとこんな感じだったよね……
ハデスが天使の光の力よりも魔族の闇の力に近いのが分かる。
「かっこいい……」
じいじの時もだったけど、今も怒るとかっこいいな……
それに……
ずっと魔族の中で育ってきたからか、この闇の感じが心地いい。
「え? ルーは怒っているハデスの事をかっこいいと思うの? じゃあ、お父様も怒ったらかっこいい?」
「……ゼウス? 意味もなくルゥに怒ったら赦さないわよ? それに、ルゥはハデスの強いところが好きなのよね? もちろん優しくしてくれるところも好きでしょうけど」
お母様は、よく分かっているんだね。
「うん。わたし、ハデスの強くて優しいところが好き」
恥ずかしいけど、言葉にして伝えたいんだ。
大好きだよって……
「ハデスは真面目だし浮気しないし、最高の結婚相手よね。誰かさんとは大違いね?」
ヘラがお父様の悪口を言っている……
「そうね。ゼウスは一度きちんと叱られた方がいいわ。今のままではヘラもデメテルも不幸になるわよ」
ヘスティアの言う通りだ。
お父様はどう思っているんだろう?
「……そんな事を言われても困るよ。だって、皆の事が大好きなんだもん。誰か一人だけなんて選べないよ」
お父様……
それは口に出したらダメだよ。
「お前はそれでいいかもしれないが、ヘラとデメテルにとっては苦痛でしかないぞ? 分からないのか? 愛しい者が他の誰かに心変わりするかもと思うだけで……心は苦しくなるものだ」
ああ……
好きになったのがハデスでよかった。
それにしても、お母様もヘラもどうしてこんなお父様を好きなんだろう?
「お母様、ヘラ? 前から訊きたかったんだけど……どうしてお父様を好きになったの?」
「そうね……自分でも不思議だわ。うーん。あぁ、あの時……かしらね?」
ヘラが話し始める。
「あの時?」
このお父様を好きになった理由って……?
「ゼウス以外のわたし達、姉弟は父親に呑み込まれていたの。それを助け出してくれたのがゼウスだったのよ……暗闇だった腹の中から外に出た時、外の世界の光の中のゼウスがキラキラ輝いて素敵だと思ったわ」
父親に呑み込まれていたのはハデスから聞いていたけど……
辛かった場所から助け出してくれたお父様を好きになったんだね。
「わたしは愚かだったわ。まさかゼウスがこんな女好きで、どうしようもないクズだったなんてね。でも、好きな気持ちは簡単には変えられないわ」
ヘラがお父様のほっぺたを触ると、お父様が笑顔になる。
ヘラは、お父様を好きになった事を後悔しているのかな?
でも今も文句を言いながら、攻撃を受けたお父様の身体を心配しているね。
嫌いなわけではないんだ。
「ルゥ? お父様は今でこそこんなだけど、昔は素敵だったのよ?」
お母様が懐かしそうに昔を思い出している。
「頼れる存在……ではないけど、きちんとして……もいないけど、執務は……ウリエルがいないとダメね……うーん(何か良いところはないかしら? 思い出せないわ。いや、ないのかも……)」
お母様……
お父様の良いところを絞り出そうとしているけど……
小声で良いところがないって言った?
「憎めない奴だ……」
ハデスが、わたしの髪を撫でながら微笑んでいる。
憎めない奴?
ハデスはお父様を嫌いじゃないのかな?
さっき舌打ちしていたけど……?
「ルゥは『タナカのおじいちゃん』としてのゼウスを見てきたでしょう? ゼウスは変な事ばかりしていたはずよ? でもね……いつも一生懸命なの(特に女遊びはね)」
お母様……
今、女遊びって……
確かにお父様は真っ直ぐだよね。
ほぼ間違えた方向に真っ直ぐ……だけど。




