幸せな距離
お父さんは魔王の仕事があるから、朝食後に魔王城に帰った。
吉田のおじいちゃんとおばあちゃんの事が、かなり気になるみたいだった……
二人は仲良しだからね。
わたしはハーピーちゃんを起こさないようにハデスとずっと第三地区にいて、おばあちゃん達に料理を教わっている。
「ただいま帰りました」
お兄ちゃんの小さい声が聞こえてくる。
帰って来たんだね。
でも、どうして小さい声なのかな?
「あ……雪あん姉は寝ちゃったんだね」
雪あん姉が、お兄ちゃんに抱きかかえられて気持ち良さそうに眠っている。
「はい。ずっと穴堀りをしていたので疲れたようです」
「そうなんか。泊まってくればよかったんに。狼人間は意気地がねぇなぁ」
吉田のおじいちゃんが笑っている。
「まだ家が建っていないので、お雪さんに寒い思いをさせたくないのです」
お兄ちゃんは、やっぱり優しいね。
「寒けりゃ抱きしめ合えばいいだろ? 狼人間は真面目だなぁ。あははは」
「だっ……抱きしめ合う!? そんなハレンチな! ヨシダのおじいさんはマンドラゴラの姿の時からハレンチな事ばかり言いますね!?」
ハレンチ?
ハレンチって何かな?
「んん? あははは。狼人間が慌てる姿がかわいくてなぁ。わざと言ってたんだ」
「もうマンドラゴラではないのですから、ハレンチな事ばかり言うのはやめてください。ハレンチな言葉を聖女様とお雪さんには言わないでくださいっ!」
「あははは。ルーだけじゃなくてお雪ちゃんにも言っちゃダメなんか? あははは」
「お雪さんはわたしの大切な女性なので絶対にダメです!」
お兄ちゃんに抱っこされている雪あん姉が真っ赤になっているような……?
「あれ? お雪さん……いや、あの……これは」
お兄ちゃんのピンと立った耳が倒れてきたね。
お兄ちゃん……
すごく、うろたえている……
大きい身体でオロオロしていてかわいい……
ナデナデして吸いたい……
でも、雪あん姉に悪いからもうできないね。
あとでハデスに見られていない時に、こっそりベリアルを吸おう……
後ろから、そおっと近寄って……
フワフワの羽毛に顔をうずめて……
ぐふふ……
想像しただけで幸せだね。
あっ!
ベリアルが何かに気づいてピクッてした。
かわいいっ!
しまった。
ニヤニヤしちゃった。
誰にも見られなかったかな?
いや……
背後からハデスの視線を感じる。
ベリアルは、わたしの視線じゃなくてハデスの殺気にピクッてしていたのか……
「狼の兄ちゃんはかわいいな……」
雪あん姉が嬉しそうに笑っている。
「もう二人で一緒に住んじまえばいいんに」
おばあちゃんの言う通りだね。
幸せの島にお兄ちゃんの家があるから、島に来て一緒に暮らせば楽しいだろうね。
「わたし達は距離感を大切にしようと決めたのです。だから、きちんとお互いを尊重し合える距離感を掴めるまでは一緒には住まない事にしました」
「お兄ちゃん達の距離?」
何かな?
「肉食で魔族のわたしと、人間のお雪さんがお互いを傷つけず楽しく暮らせる距離です。もちろん口喧嘩をしたりする事はあるはずですが、それはお互いを知る為に必要な事だと思います。ですが、魔族と人間という根本の部分は歩み寄る事ができません。わたしは肉を食べないわけにはいきませんので。だからお互い我慢する事なく楽しい時を過ごせるようにするにはどうしたらいいかを、ゆっくり見つけていくつもりです」
……魔族と人間との距離感か。
確かに難しい問題だよね。
お兄ちゃんと雪あん姉が幸せそうに笑っている。
二人の距離感……か。
すぐにでも見つかりそうだね。




